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セレニアの物語  作者: さなか
第1章 アルソリオのトゥヴァリ

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1 精霊と人の町

挿絵(By みてみん)



 鳶色(とびいろ)の髪の少年は、トゥヴァリと名乗った。

 ペルシュが差し出した手をトゥヴァリが掴みかけた、その時だった。


「ペルシュ、そいつは親なしだぜ!」

「ルーディー!」


 同じ西地区に住むレニスたちが、二人のやり取りを見て、面白がってはやし立てた。


「なんでそんなこと言うんだ!」


「放っておけよ。慣れてるから」


 トゥヴァリはぷいとそっぽを向いた。


(気にしてるじゃないか)


 ペルシュは心の中で怒る。


(このまま帰ったら、もう一緒に遊んでくれなくなるかも)


「トゥヴァリ、明日行こう。さっきの話! 出口探し! 朝の食事が終わったら、ここだからね!」


「わかった」


 振り向いたトゥヴァリが嬉しそうに笑っていたので、ペルシュは驚いた。無愛想で有名な少年の、髪と同じ鳶色の瞳が細められている。


(なんだ、ちゃんと笑うじゃないか)


 トゥヴァリはまた背を向けて、走っていった。

 ペルシュは歩いて西の林を出た。鼻歌を歌いながら町に戻った。


 陽が落ちると、アルソリオの町の中を飛び回る、丸くぼんやりとした精霊の光がよく見える。日中も光っているけれど、やはり陽が暮れてからの方がきれいだ。


 焼けた肉の香りに誘われ、広場へ向かう。みんな、もう集まっていた。

 家族を見つけて、輪に入って座る。大体いつも決まった場所だ。


 精霊――光の球が飛んでくると、目の前に食事が現れる。

 ペルシュは肉を掴み、かぶりついた。


「あなた、どこかのルディと遊んだんですって?」


 母親は付け合わせのミズハ草を千切りながら言った。さっきあの場にいた誰かが告げ口したのだ。絶対、レニスに違いない。


「遊んじゃいけない?」


「ルディに近付くとよくないことが起きるわよ」


「なんで? 何が起きるの? 誰が近付いたことあるの?」


 ペルシュが言うと、母親は肩をすくめる。


「昔からそう言われてる」


「ん、んん。水をくれ、今日はいつもより喉が渇くんだ」


 咳払いをしながら父親が言うと、精霊が白い光を点滅させながら近付いてきた。水の入ったコップが現れ、父親はそれを飲んだ。


「いい子だよ。みんなが知らないだけで」


 母親も父親も、ペルシュの言葉を取り合わない。ペルシュの両親だけではない。大人とはそういうものだ。


「昔の誰かが言ったんだから、何かあったのよ」


 姉のミルシュカがペルシュを嗜める。


「近付かないに越したことはないね」


 兄のアーチも同意した。両親に代わって、この二人がいつもペルシュの話し相手になる。


「ルディの子ってどこで生まれたの?」


「どこだっていいじゃないか。僕たちが知る必要はないよ」


 アーチの面白くない返事にふてくされていると、誰かが後ろからペルシュの頭に手を置いた。


「知りたいと思うことは大事だ。でないと、何もすることがないからね」


「ジェニマスじいさん!」


 ペルシュは笑顔で振り返った。

 ジェニマスじいさんは、同じ地区で一番年上だ。食事以外の時間にも広場に座り、ペルシュやどうしようもないレニスたちに伝説の本を読み聞かせてくれる。ペルシュはその時間が大好きだった。ジェニマスじいさんに字を教わり、自分でも本を読めるようになった。

 ほかのみんなは、伝説にまるで興味がない。だから、ペルシュが不思議に思うことを誰もわかってくれない。


(ジェニマスじいさんなら、出口のことも知っているかもしれない。明日の冒険に誘ってみよう)


「ねえ、明日さ……」


「私の番になったんだ。みんな、今までどうもありがとう」


 ジェニマスはそう言って、立ち上がった両親や兄姉と握手を交わす。


「そうですか、さようならジェニマスさん」

「こちらこそありがとう」


 言葉の意味がすぐには頭に入らず、ペルシュはぽかんと見上げた。


「え……ジェニマスじいさん、順番なの?」


 ジェニマスの頭の後ろには、精霊が飛んでいた。ぼんやりと赤い光を放っている。赤い光は、人の順番を知らせる色だ。何度見ても恐ろしくて、好きになれない。ペルシュは立ち上がり、ジェニマスの腕にしがみついた。


「嫌だよ、いなくならないで!」


「ありがとうペルシュ。元気でな」


 ジェニマスはペルシュの赤毛の頭を撫で、穏やかに笑った。


 その晩、ペルシュは眠れなかった。


(どうして人は死んでしまうんだろう?)


 赤い精霊が来た人は、みんなにお別れの挨拶をする。

 大体、五十歳くらいになると死ぬ順番が来る。順番が来た人は、夜のうちに生気が抜けて、宮殿の精霊王の元に運ばれる。その抜け殻は、動物の食事になるらしい。


“人が動物の死骸を食い、動物が人の死骸を食う。自然のサイクルに人は還ったのだ。しかしそれさえ精霊の魔法で行われている。”


 昔の人たちが書いた【精霊王の物語】は、家ごとに伝わっている。書かれていることは一冊ずつ違う。ペルシュは自分の家の本をジェニマスのところへ持って行ったり、ほかの家の本を借りてきたりして、その内容を一緒に語り合った。

 その時間が大好きだった。


 窓辺がぼんやりと光っている。白い光の精霊が、寝付けないペルシュを覗きにきたのだ。その光が、だんだんと目の前いっぱいに広がっていった。


(魔法……)


 頭の中のごちゃごちゃはかき消され、ペルシュは心地よい眠りについた。


 夜が明けた。

 目覚めたペルシュは身支度を調え、走って広場へ向かった。いつもの場所に人影が座っている。


(ジェニマスじいさん!)


 近付いてみると、人影はいつもより小さく、座り方も違った。ジェニマスではない。


「レニス」


 ペルシュはがっかりした声で呼んだ。

 レニスはそこに膝を抱えて座っていた。ジェニマスじいさんの孫だから、金髪と顔だけはちょっと似ている。


「寝てるかと思ったのに、一回も動かなかった」


 昨日、ペルシュたちにちょっかいをかけていたときの元気はなかった。


「それからパッと消えたんだ。もう動物に食べられちゃったのかな」


 鼻を啜るレニスを見て、ペルシュは決めた。


「ジェニマスじいさんがどうなったか、探してくる!」


「え?」


 レニスが顔を上げる前に、ペルシュは駆け出した。

 今日はトゥヴァリと冒険に行く約束だ。精霊の光がふわりとその後を追った。

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