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僕は妹をMAZyOにした  作者: 赤雪 妖
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第20話 陽介のマンション

いつものように玄関の扉は開けたままにした。

 なにをおいてもお父様に挨拶をしたいという美月を、仏壇がある玄関脇の六畳に通しておいて、陽介は、東と南のバルコニーに面した掃き出し窓を解放した。


 風が抜け、レースのカーテンが翻った。

 仏間に戻り線香を手向け、美月と並ぶ。

 美月が合掌して般若心経を唱え始めた。

 陽介は慌てて美月の声に併せて、ようやく最近になって覚えた般若心経を唱和する。


「驚いた。美月はその歳でお経が唱えられるのか」

「お経はこれだけです。宗教の事を知りたくなったときが有ったから。キリスト教も、回教や仏教も広く浅く。雨耕さんには悪魔教を教えて貰ったし」最後の声は呟きになり、陽介の耳には届かなかった。

 何か、救いを求めたかったのかと訊こうとしたが、苦い顔を見て言葉を呑んだ。

 求めたとすれば、その答えは得られなかったのだろう。 

 

「素敵。広いし天井が高いから開放感があるわ。見晴らしが良いのね」

 南と東のバルコニー越しに遠くの山を見て美月が言う。

「松本って所は城の景観を維持するために高層建築に制限がある。ここらがアルプスを望めて城も見える、規制の限界じゃないかな」

 広く感じるのは、リビングの二面に景色が広がっているからだ。

 家具も少ないので生活感もない。

「陽にいのいる場所って感じがする。私の好きな場所になりそうだわ」

「場所の感じ方は、そこでどう過ごしたかだな。まあ、くつろいでくれ」

 美月は座る前のソファを注意深く見ながら、

「彼女さんとはここで?」と言った。

「いや。友梨が来たのは葬式の後一度だけだ。俺が彼女のマンションに行く。そう言えばそれ以外ではみつきがここに来た初めての女性ということになるな」

「わっ、嬉しい。光栄です」

「そんなことの何が嬉しいんだ」

「いいの。ふふ。もし友梨さんが来るのなら髪の毛とかに気をつけなければと思っただけです」

「ああ、そういうことか。気遣いは有り難いが気にしないでいい」

「はい。そうでしたね」

「それよりどうして?」

「何がですか」

「恋人になるのなら逆だろう。わざと髪の毛を落としてライバルを牽制する。なんてよくありそうな手口じゃ無いのか」

美月の口が僅かに綻ぶ。陽介は一瞬「しまった」と思い、何か言い足そうとするが遅かった。

「陽にいは私をそんな低俗な小技を弄する女にしたい?」

 遠慮の無い突っ込みに返す言葉を失う。

「陽にいには、もう誰も叶わない、素敵な友梨さんという恋人が居るんだから、張り合うにしてもそれなりの女性でなきゃ友梨さんに失礼でしょう。第一、私言いましたよね。陽にいと友梨さんの間を邪魔する気なんか無いってこと。それに私、友梨さんにはとても感謝してるし」

「友梨に感謝してる?話したこともないのに。何故」

「それは……私の大好きな陽にいの恋人で居てくれてるからだわ。今はそこまでしか言えないけど」

 それは明らかに、兄を思いやる妹の言葉だ。

 陽介は、複雑な思いでその言葉を聞いた。

 恋人にしろと迫った美月は五日過ぎれば居なくなる。

 そのあとに存在するのは妹としてだ。

 陽介を兄として好きなのと、恋人として好きになるのは違う。

 恋人には『愛』が加えられている。


以前、陽介は美月の質問に答えて、友梨の希望で別れるときには、愛は断ち切り『好き』だけで関わっていく。と答えた。


 美月も同じように、残された『好き』だけで陽介に関わって行くのだろう。そしてその『好き』も、美月に恋人ができたときに変質する。

 それが少し淋しくもあった。

「そうだな。俺が悪かった」

「えっ。まあ驚いた。陽にいが私の言う事を聞くの?恋人モードの時に」

「そりゃあお前が正しいのだから当然だろう。いや、お前性格が変わってないか。あの装具着けてから」

 黙っていれば変に威圧感があるし、口を開けば理路整然と、言いたいことを言う。

「変わったのなら装具よりも誰かのキスのせいだわ。」

美月は陽介の顔をまじまじと見ながらそう言った。

「それは……気に入って貰えたようで何よりだ」

「ええ。ほんとうに。でも大丈夫。別荘に帰るまでには元の美月に戻りますから」

 陽介は美月が言った言葉の深い意味を理解せぬまま、

「別に構わないけどね」と言った。

「陽にい。お台所の調理道具のある場所、確認させて貰って構わない? 戸棚を全部開けて何があるか見たいの。良かったら収納の場所も変えたりしたいのだけど」

持ってきた食材を、モーターが動き出したばかりの冷蔵庫に一時保管しながら訊いた。

「好きにしていいぞ。キッチンは任せるから」

 陽介はエアコンが効いてきたので、ドアと窓を閉めた。


          *

 

 別荘で、美月はジャガーに乗るとき、シートに女性の髪を一筋見つけた。

「友梨さんの髪だ」

 初めて見る。だが、友梨の髪だと確信して、乗り込むときの「失礼します」という言葉は友梨に向かって言った。今、このシートは彼女のシートなのだ。

 嘗ては母のシートでもあった。その後、長く空席だったと陽介に聞いていた。


 絡みついたのか、風にも飛ばされず、何時からかそれはそこに存在している。

 降りるときも、その髪がそのままあること。自分の髪が落ちてないことを確認した。

 このシートの主が友梨であることに、羨望も、妬みも無く友梨が陽介の恋人である事が嬉しくて、感謝した。


キッチンの調理器具を、自分の好みと動線に合わせて配置を変える。

 それが自分のテリトリーを作っていくことだと美月はまだ気がついていない。

 食卓の上に持ってきたシーツをかける。

「わざわざ?」

「綺麗でしょ。五芒星って言うのよ」

 よく見ると普通の星の形と天地が一八〇度変わっている。一芒が下で二芒が上になっている。

「変わった五芒星だな」

「そうね」

それだけ言うと、美月は、

「よし。準備できた。始めるから邪魔しないで」と陽介をキッチンから追い払った。

美月は調理に取り掛かり、陽介は自室でパソコンを開き、大学のHPから学部に入り、諸事項を処理していった。

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