もう恋をすることはないって思ってた
私は呆然と舞台を見続けた。優ちゃんとあのいじめの主犯格の高井みさきが結婚する?
私は?私は優ちゃんのなんだったの?今までの9年なんだったの?私は人生の全てを優ちゃんに捧げようとしたのに。
舞台上では囃し立てられキスをする2人が見える。優ちゃんと目はあわない。そういえば優ちゃんは朝から私を見なかった。私は舞台に乗り込めるほど勇気も度胸もなく、かと言って舞台の2人を笑顔で見られる程大人でもなかった。
ただ1人ふらふらと虚構から逃げた。
家に帰っても私の現実は帰ってこず、私を待っていたのは、荷物も何もない空になった優ちゃんの部屋と手紙と封筒に入った大金だった。
手紙には、
手切れ金として三百万とこのマンションをやる
もう名義も変えてやった書類も同封してある
俺はお前の学力といつでもやれる女がほしかっただけだ
まあ会社にいるのは許してやってもいい
だがもう俺とお前は関係ない
これだけ?もっとないの?私の青春全てをかけた恋がこれだけ?優ちゃんは最初から好きじゃなかったの?
私は一睡もできず、筆をとって退職届を書き会社に向かった。上司は一瞬ぎょっとしたが、引き留めるでもなくただ分かったと言い、残りの出勤日は有給を消化してやると、言ってくれた。
そしてその足で、首を吊るためのロープを買い家に帰った。扉の手すりにロープをかけ首にまわす。目の前が見えにくくなってきて私は目を閉じた。
「さん!ずさん!ゆずさん!」
「優ちゃん?」
そう言って手を伸ばす。手が握られ安心する優ちゃんが帰ってきたんだ!
目を開いて確認する。私を見る目は優しいけど優ちゃんではなかった。
「えっと。あなただれ?」
「僕、僕はあのその、ストーカーです!そう!ストーカーなんです!あなたの!」
「ストーカーってそんな自信を持って言うこと?」
「あっ確かにそうだな。」
「ふふ、ふふふ。」
「僕は中澤礼二です。あなたは佐野柚子さんですよね?」
「はい。ストーカーなのに私が誰かを確認するんですか?」
「あっストーカー初心者なので。」
礼二くんは4歳年下で起業したての社長さんだった。まだ礼二くん合わせて5人の会社に、私を連れていき新しい秘書だと連れまわした。仕事を与えられると、あれ程死にたがった体にやる気がみなぎった。秘書といえどやることは何でも屋に近く、私以外は皆、技術職なので事務方の仕事は全てこなした。優ちゃんを忘れるために目の前の仕事を、ひたすら処理し続けた。ある日は健康診断を手配し、ある日は一日中営業の電話をかけ続け、ある日はただ礼二くんの横で笑って立ち続けた。
礼二くんはいつでも私への好意を隠さなかった。誕生日にお花をくれたり、新しい仕事をとったり会社が少し大きくなると冗談で私にキスをねだった。
お給料が少しずつ少しずつあがり2年を過ぎたところで前の会社の給料を上回った。皆それぞれ帰り際に、給料のお話しで社長室へ呼ばれた。皆、足早に帰ってしまって、もう誰もいない会社で私は名前が呼ばれるのを待った。
「柚子さん、入って下さい。技術職と比べると少し少なくてすみません。」
「いいえ、会社は皆の技術で大きくなったのですから。それに充分にいただいております。」
「柚子さんあなたが頑張ってくれたから今のこの会社があります。それだけは忘れないで。」
「ありがとうございます。社長。」
「もういつも言ってるでしょう。お礼はキスでお」
願い、といつもなら続くのだが私は思いきって頬にキスをした。礼二くんはただ固まっている。頬なのに。
「柚子さん、そのキスの意味を聞いても?」
「お礼はキスでとおっしゃるので。そのように。」
「じゃあ僕もお礼にしてもいいですか?」
「はい。お礼ですから。」
礼二くんは右手で私の左頬をさすり、その後、場所を確認するように親指で唇をなぞった。優しく唇に触れるか触れないかのキスをした。それが1度目、2度目も優しいキス、3度目は劣情を感じるキスで、これ以上するともうキスだけでは済まないと分かっていても、私たちは4度目のキスを交わした。私はもう礼二くんから離れようとせずただ身を委ねていた。