第二十九話 歩兵から騎士へ
赤い騎体ヘリウスと白の騎体ヒュノーが交戦を開始したのをよそに、エクウスを駆るリシャールは黒いデウスマキナと対峙する。しかしそれは戦う為ではない。まず自分から剣を鞘に納め、戦う意思は無いと相手に示す。ただし備えとして左手の盾だけはいつでも使えるようにはしていた。
「そこの騎士殿、槍を収めてください。僕はリシャール=ルイ=ボルテッツ。ボルド帝国皇帝ローランの末弟です」
「―――ギルス共和国貴族ペレス=クラウディウスだ。残念だが当主として家臣を助けねばならんのでな。例え貴殿が本当に皇族だったとしても簡単には槍は収められん」
互いに立場のある人間だった事に少々驚きがあったものの、それで事態が収束する事は無く、決して友好的な雰囲気にもならない。未だ剣呑な闘志を纏わせるペレスに、リシャールも警戒は解かずに語りかけた。
「助けるとはおかしな事を言いますね。あの白い騎体はこちらが模擬戦をしている所にいきなりやって来て、戦いを中断させたどころか僕を討伐するとまで言ってのけたんですが。ニコラが止めてくれなければどうなっていた事か」
「何を馬鹿な。そもそもあの赤い騎体は本来当家のデウスマキナです。それを勝手に乗り回して、我が家臣を攻撃したのはどう申し開きをなさるのですかな?」
「ああ、ヘリウスの事ですか。あれは帝国に寄贈された騎体ですから、どう使おうが家の自由です。寄贈した者の話では、この地で悪逆非道な行いをした恥知らずと正々堂々と戦って打倒した末に鹵獲した騎体ですので、返還要求をするなら道理に則り正式に使者を帝都まで寄越してください。それとあの白い騎体にはあくまで自己防衛で攻撃したにすぎませんよ」
ペレスは怒り狂いそうな自分を必死で律する。一騎士なら激情に任せて戦うのもまた良しとするが、今の自分はクラウディウス家の当主。好き勝手に振る舞う事は憚られる。
この生意気な子供の言う事を信じるなら、息子のパトロクスや甥のアキウスはその人物に倒された。そしてヘリウスとアプロンは異端者の国へと渡った。これは由々しき事態であるが、汚らわしい亜人と共に生きる狂った国だが国は国。今ここで正式な手順を踏まずに事を荒立てれば、他の貴族からの攻撃の口実を与える醜聞となる。
苛立つ心を抑え、どうやって目の前の皇弟とやらを丸め込むかを思案していたが、それを許すほどリシャールは甘くなかった。
「そうそう、言い忘れていましたが、貴方達は帝国の国土を侵害していますので、即刻立ち退いて頂けませんか。この土地は既に我が国の領土に編入されました。そこにただの商人や旅人ならともかく、武装した兵士やそれこそデウスマキナを侵攻させるなんて。宣戦布告と受け取っても宜しいのですか?」
「貴方は何を言っている?いったい何時ここが貴国の領土となった?そもそもここは無人の平野。人の住まない土地を勝手に領地宣言など、貴方こそ道理を外れている」
「領土になったのは三日前です。この先の森に住むエルフの方々が半月前に自発的に帝国への帰順を申し出ました。理由は貴方達ギルス共和国が理由も無しに村に攻め入って大勢の負傷者を出したので、自衛から我が国の庇護を求めて来たんです。全く酷い事をする。
ですから僕が皇族として領有の立ち合いと鹵獲したデウスマキナの引き取りを命じられて、この地に派遣されました。それと既に貴国の首都にも特使に書状を持たせて送り出していますので、後ほど通達があると思います」
ふざけるな、とペレスは叫びたくて堪らなかった。日頃から不浄の生き物である亜人を人と同じように扱い帝国を詐称する異端者には怒りと不快感を持っていたが、これほど愚かで度し難い選択を選ぶほどの気狂い集団とは思わなかった。それも言うに事欠いて、聖なる使命を背負った一族の若者を恥知らずの悪逆非道などと非難するとは、全く以て許し難い。
このリシャールにも憎しみが湧き始めているが、それ以上に憎悪を掻き立てられる相手が他にいる。
不浄の種族であるエルフを助けるために我々に盾突いた人物。そいつが誰なのか、そしてどこにいるのかを聞き出さねばならない。勿論パトロクスやアキウスの最後も知っているはずだ。
「――――仰る事は分かりました。ところで当家のデウスマキナを倒した者はどちらに居られるのですか?その者なら兵達や息子達の所在もご存じのはずですが」
「兵達は残念ですが、彼に全て刈り取られました。一応埋葬は済ませてあります。ただ、デウスマキナに乗っていた二人、アキウスとパトロクスという方は現在捕虜として帝都に護送中です。そちらも後々帝都に赴いて返還交渉に当たってください。
あと、あちらで赤い騎体で戦っているのがクラウディウス殿の探しているニコラです。正式な任官はまだですが、既に帝国に仕える事が決まっています」
今ほど神と運命を呪いたいと思った事は無い。よりにもよって邪悪なエルフに肩入れして大事な兵を殺し尽し、息子や甥を捕らえた相手に、よりにもよって至宝が穢されるとは。それもペイドロスが押されるほどにヘリウスを使いこなしている。あれはもしかすればアキウスより適合率が高い。何と言う理不尽か、どこの馬の骨とも知れない輩が一族の者より至宝を使いこなすなどあってはならぬ。
しかし現実はそれを無慈悲に裏切る。ペレスはどうしようもないほどに世の不条理を突き付けられて、恥も外聞も無く嘆きたい気分だった。
この上は、どうにかペイドロスに勝ってもらい、皇弟の少年から何かしら譲歩を引き出すしか無かった。
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一方、ニコラはと言えば、戦い自体は優勢に運んでいるが、さして余裕は持っていなかった。やはり実際にデウスマキナを動かすのはVRゲームの感覚とは違うし、模擬戦とは相手から伝わる気迫が違う。
相手の白い騎体はこちらの騎体より性能で劣るが、それを搭乗者の技量が補って余るほどに強かった。精々三日程度動かした自分とは年季が違う。最初の不意打ちで左腕を斬り落としていなかったら、こちらのほうが既に負けていたかもしれない。
「やっぱり実戦は訓練とは違うな」
デウスマキナ同士の戦いは人間の戦いとは少々異なる。無論人体の脳に当たる中枢制御系を集約してある頭部を破壊されれば動かなるのは同じだ。それとエンジンと搭乗者の乗る胸部を破壊するか、乗り手を気絶させるほどの衝撃を与えれば自然と勝負は決まる。あるいは武器を持つ両手を破壊して戦闘力を喪失させるのも一つの手だ。
逆に言えば脆弱な人体と違って、デウスマキナはそれぐらいしか戦闘で破壊する手段が無い。失血死のような緩慢な死は無く、全身装甲に覆われた巨人は疲れもしなければ、馬のようにちょっとした事で機嫌を損なうような事も無い。
つまりどういうことかと言えば、デウスマキナ戦においてはニコラが今まで修めてきた地球軍式の格闘術はさほど役に立たない。あれは基本、防具などを身に纏わない暴徒や暴漢を相手に銃を使わず殺さずに無力化する技術だ。勿論基本的な体の動かし方は無駄にならないが、技術面では差異が有過ぎて一から勉強しなおしているような物だ。圧倒的に技量と経験が足りない。
今も敵はこちらの攻撃を剣で捌き、無理と判断したら装甲のあちこちに傷を作ってでも紙一重で躱すか、さらに一歩踏み込んで鉞より内の柄の部分で受けている。こうした咄嗟の判断もニコラにはまだ無理だ。
(だからこそ貴重な実戦訓練を積むいい機会だ)
ニコラは戦い自体はさして好きではない。だが今後はデウスマキナで飯を食っていく以上、可能な限り技量は上げておいた方が戦場での生存率も高まる。今回のような比較的安全なスキルアップの機会は逃したくない。
事実、ニコラは目の前のヒュノーという格好の教材と戦う事で、どのように動けばより効率的な攻撃と回避が出来るのか身を以って知る事が出来た。おかげで技量も少しずつ上がり、より機敏さと正確さが増していた。
ヒュノーの剣は精確で速いが片手の分だけ軽い。反対にリーチと破壊力はヘリウスの方が圧倒している。距離を詰められても長柄で力任せに払ってしまえば、再び距離を稼いで優位に戦えた。しかも時が経つごとにニコラの技量が上がっていくので、ヒュノーの損傷は一方的に増えるばかり。いずれは決定打を浴びて勝敗は決まるだろう。
それは二十年を超える戦闘経験を有するペイドロスも分かっていた。このままでは自分は遠からず敗れる。仕掛けるならば早い方が良い。
幸い相手はヘリウスの持ち味をあまり生かしていない。あの騎体は本来、装甲を削った軽量な騎体特性を生かした機動性と運動性を持ち味とする速攻型。あのように足を止めて重量武器を振り回すような運用は向いていない。勝機を見出すとすればそこだ。
そこでヒュノーは一旦リーチの長いヘリウスでも届かない距離まで離れた。
二騎は機を窺い対峙する。戦場に奇妙な沈黙が流れる。まだどちらも動かない。
――――五秒後、仕掛けたのは白。地響きを立てながら一直線に赤へと突撃しつつ、突きを放つ。距離を離したのはこの為、全重量に助走の突進力を上乗せした一撃必殺の突きに全てを賭けた。
だがそれはヘリウスに当たればの話だ。ニコラはこの突きに対し、鉞を右手だけで持ち目一杯伸ばしてリーチを稼いだ横薙ぎで迎撃した。ヒュノーの剣の三倍近い射程の薙ぎ払い、迎撃として極めて妥当な判断だが、この対応をペイドロスは読み切っていた。
突撃しながら倒れ込むほどに体勢を可能な限り低くして、紙一重で死神の鎌に等しいヘリウスの一撃を回避。そのまま大きく踏み込んだ右足膝へ剣を突き入れた。
『獲った』
ペイドロスは己の勝利を幻視した。だが、そこにヘリウスは居ない。剣は足を貫かず空を突く。
次の瞬間、横からの強烈な衝撃によってヒュノーは跳ね飛ばされた。
ペイドロスは脳を激しく揺さぶられながら相手の非常識な対応に、戦いの神を呪わずにはいられなかった。
(蹴りだとぉ!!)
ニコラは鉞の横薙ぎを囮にした。古来から重量武器は破壊力に秀でても、取り回しに難があり、攻撃の後の隙が大きいと分かっていたので、相手の白いデウスマキナもそこを突いて来ると予想していた。故に相手が大きく距離を取った時、勝負に出ると察しが付いた。
案の定、こちらの薙ぎを躱して肉薄する騎体。こちらは攻撃を躱され、深く踏み込んだ代償に大きく体勢を崩していた。
そう、敢えて大きく身体を崩す事を次の一手の布石にした。鉞の遠心力に引っ張られて体全体が右から左へと流れる。その体重移動を利用して、一回転しながら跳び、相手の剣を躱しつつ右足の回し蹴りで迎撃した。
そしてヒュノーはきりもみしながら大量の草と土を巻き上げ平原を転がる。しかし相手も然る事、転がっても受け身を取ってすぐにでも起き上がる態勢を整え剣も失わない。対してこちらは邪魔だったので鉞を放り投げており、今は完全に素手だった。このチャンスを逃せば形勢はこちらに一気に不利になる。ニコラは即座に次の行動に移った。
今まさに起き上がろうとするヒュノーに突進。向こうもこちらに気付いて剣を繰り出すが、立ち上がったばかりで碌に勢いの乗っていない剣戟など腕の装甲だけで防げた。
ヘリウスは剣を防ぎつつ勢いのままに左脚のローキックで相手の体勢を崩し、ぐらつくヒュノーの頭部を後ろから掴んで離さない。 密着したヘリウスの膝蹴りがヒュノーの腹部を襲う。二度、三度、四度。蹴りの度に白い騎体が浮き上がり、中にいるペイドロスは揺さぶられ、意識が混濁する。
七度目の膝蹴りに、遂にはヒュノーから剣が落ちた。騎体も力なくぐったりした様子。おそらくペイドロスは吐瀉物をまき散らして意識を失っている。勝敗は決した。
多分に泥臭く優美さの欠片も無い戦いだったが勝ちは勝ち。
ニコラの初めてのデウスマキナ戦は勝利で飾られた。




