第二十八話 誇りとは
ギルス共和国クラウディウス領当主ペレス=クラウディウスは欝々とした気分を晴らせずにいた。無論、家臣や兵士達の前でそのような顔をしていると士気に悪影響を及ぼすので、可能な限り普段通りか明るい顔を崩さずにいる。幸いここはデウスマキナ『ニクス』の中であり、誰にも顔を見られずに済むため、張り付けた当主としての責任を引き剥がして物思いに耽る。
悩みの種は勿論、息子のパトロクスと甥のアキウスが一向に戻ってこない事だ。あの二人だけなら一月音沙汰無くとも、どうという事は無いが、問題はあの二人に預けた二騎のデウスマキナと百名近い兵士達が誰一人として、あの森から戻っていない事だ。
あの森、数百年前の文献に記されていた、不浄の種族たる『黒エルフ』の住処。それを古文書から知り、祖国と当家の繁栄の為に一大捕獲作戦を画策した。
―――全て順調にいくはずだった。相手は呪いに長けたエルフだが、こちらには百の精鋭とクラウディウス家の至宝にして最強兵器であるデウスマキナ二騎を投入する。負ける要素など微塵も無かった。
華々しい凱旋の後、奴等を議会に差し出すもよし、自ら手元において牧場経営に乗り出すもよし、どの道デウスマキナの制御系に最適なエルフを纏めて供給する事が出来れば、クラウディウスの発言権は飛躍的に高まる。そうなれば元老院から遠ざけられて田舎で燻ぶる自身や息子は五十年ぶりに元老院議長にも手が届くかもしれない。
だが、そんな甘い夢はとうに消え去った。若い英雄の凱旋を祝うために宴の用意をしていたが、一向に戻ってこない捕獲軍に何かあったと思い至り、家に残された最後のデウスマキナ二騎に自ら乗り込み、第二陣として黒エルフの森へと進む。
「――――御当主、あまり気を病まれますな。お二方の実力は貴方自身が誰よりもご存じのはずです。きっと、まだ生きていて、あるいは不覚を取っても逃げ出して潜伏しているのでは?」
「気遣いは嬉しいが、二、三日ならともかく、こうまで遅ければ最悪の結末は受け入れる覚悟はある」
僚騎から接触回線が入る。これは騎体の動きに感情が漏れ出てしまったのだろう。兵士達は誤魔化せても、竹馬の友であり共に戦った戦友の目までは誤魔化せなかった。
隣を歩く白のデウスマキナ『ヒュノー』を駆るペイドロスは長年仕えた主の心中を思い心を痛める。主は既に実の息子と甥の命を諦めていた。その上で、残された二騎の至宝だけは回収する事を第一とした。
もはやエルフの捕獲は関係無い。デウスマキナ損失は共和国内でのクラウディウス家の発言権低下に直結するので絶対に避けねばならない。如何に損失を最小限に抑え込めるかで今後の進退が決定される。酷い言い方だが、アキウスもパトロクスもデウスマキナに比べれば、替えの利く人材でしかない。それを実の父親であり伯父であるペレスが認識しているのは甚だ不幸と言える。
しかし全ては家の存続の為、より多くの人間を抱える当主は常に非常な決断をし続けねばならない。
「それにしてもエルフとはデウスマキナすら倒しうる怪物なのでしょうか?でなければパトロクス様とアキウス様が不覚を取るとは思えません」
「それを確かめる為にも我々が直接現地に赴かねばならん。何せ我が国にエルフは居ないからな。ただ、息子達が一方的にやられ、一人も兵が戻ってこないのが不可解よ。何か我々の知らないナニカがあるのかもしれん」
中央のアカデミアなら素材として各亜人も確保しているだろうが、残念ながら辺境のクラウディウス家では古い文献が精々あるだけ。事前情報の乏しさから二人が遅れを取った可能性もあるだろう。そうなれば自分達も同じ轍を踏むかもしれないが、息子を失ったペレスにあえてそれを進言する気がペイドロスには起きなかった。
唯一こちらがパトロクス達に勝っている膨大な実戦経験に賭けるしかない。そして、いざとなったら自分が盾になってでも主を生かす。家臣として命を投げ出す準備は既に整っていた。
事態に動きがあったのは森まで目と鼻の先の場所だった。先に放っていた斥候が息を切らして驚愕の事実を伝えた。
「馬鹿なッ!ヘリウスが帝国の、いや異端者のデウスマキナと交戦しているだと!?」
「はっ、間違いございません!あれは確かに当家のアキウス様の搭乗騎ヘリウスでした」
斥候からの報告にペレスは動揺を隠せない。なぜ今になって戦闘などあるのか、しかも相手は異端者のデウスマキナ。
異端者もエルフを狙って漁夫の利を画策、エルフを勢力下に組み込むために助太刀を演出、最初からエルフと異端者は繋がっていた。多様な憶測が脳裏を駆け巡るが明確な答えは出ない。自制心を総動員して冷静さを維持するものの、動揺が操縦に顕れペイドロスから諌言が飛ぶ。
おかげで少し余裕が生まれた。心を落ち着け、すぐさま部隊の采配を振るう。部隊は一時この場で待機。デウスマキナ二騎で現地に急行する旨を伝えた。
デウスマキナの脚に通常の兵は着いて来られないどころか、デウスマキナ同士の戦闘に兵など一切役に立たない。馬ならどうにか着いて来られるが、どの道戦力として大して差は無い。デウスマキナを倒せるのはデウスマキナだけ。それがこの世の摂理、不文律、常識だ。
ペレスはペイドロスと共に最大速度で大地を駆ける。クリスタルの消費は惜しいが、今は一秒でも早く真相を確かめるのが先決。
一歩一歩近づくごとに、かすかな剣戟の音が騎体の耳を通して二人に届く。確かにこれはデウスマキナ同士がアダマンチウム製の武器をぶつけ合う天にも届く強大で重厚な金属音。
明らかな戦闘音に気が逸るが、ここより先は命を奪い合う戦場。決して感情的にはならず冷静さは失わない。それは歴戦の古強者である二人の骨身に染み付かせた習慣であった。
そしてようやく音源地に辿り着くとそこは紛れもなく戦場であった。
「――――確かにアレは我が甥のヘリウス。だが、あの戦い方は一体……」
ちょうど二人に背を向けた状態だったが、長年見続けた後ろ姿を見間違えるような事はしない。紛れもなくあれは先祖より伝えられたクラウディウスの至宝の一つ。そして、その至宝を始終圧倒する見慣れない青い騎体。酷く武骨で優美さの欠片も無いフォルムは、明らかにギルスの意匠ではない。何よりその盾にはボルド帝国を詐称する、東の蛮夷の紋章が描かれている。
すぐさまヘリウスへと加勢したかったが、何かがおかしいと戦士の勘が囁き足を留める。ヘリウスの動きは甥の戦い方と似ても似つかない。勿論息子の動きでもない。二人の師である自分にははっきりとそれが分かる。何か重大な怪我や意識が朦朧とする中で戦っていればその限りではないだろうが、現状のアキウスがそうとは言えない。誰が乗っているのか、なぜボルドのデウスマキナと戦っているのか、それが分からない内は安易に手を出すべきではない。
「御当主の言う通り、あの動きは妙ですが、ヘリウスは高位騎体ゆえに乗り手を選びます。戦闘機動が可能なほど適合率が高い者となると容易には見つかりますまい。つまりあの騎体にはアキウス様かパトロクス様が乗っていると思って良いのでは?」
ペイドロスの言う通り、デウスマキナは極めて搭乗者の資質に左右される兵器だ。それも高位騎体となれば、ごく限られた人間しか適合しない。代々伝えられているクラウディウス一族でもアプロンとヘリウスに適合する人間は十名に一人程度。古来より連綿と続く血族であっても全てが適合者に選ばれる事はなく、全く関係の無い人間なら尚更適合などしない。それこそ兵士全てに検査は実施しているが、過去から現在までの統計を紐解いても適合するような兵士は千人に一人、それもかろうじて戦える程度の低い適性しか持たない。
仮に最悪の事態として、既にヘリウスが異端者共の手に落ちており、こちらを油断させるためにあの青いデウスマキナと芝居を打って戦っているように見せかけるとも考えた。しかし乗り手の問題が想定を否定する。同じギルス人でさえ無関係の血筋の者は適性が著しく低い。他国の者ならより適性が落ち、万に一つあれば良い方だ。しかも今戦っているヘリウスは極めて劣勢ながら戦い方や反応の速さそのものは高適合者のそれだ。つまりクラウディウスの血に連なる可能性が高いが、そんな人材が都合よく他国に転がっているとは考え辛い。
あるいは同じギルス貴族内での足の引っ張り合いから、邪魔な家を追い落とすために異端者と通じた裏切り者の可能性もあるが、この捕獲作戦は極秘に進めた物。他家に漏れ出たとは思えない。
以上の事から非常に納得し辛いが、騎体に乗っているのは息子のパトロクスか甥のアキウスのどちらか。ペレス=クラウディウスの結論はそこに行き着く。
しかし他に結論は無いのだが、ペレスはどうしても自分の考えに自信が持てない。長年の戦いで培った勘が結論に待ったを掛ける。かと言ってこのまま騎体があの異端者に破壊されるのを黙って見ているわけにはいかない。
ここでペイドロスが主の葛藤を見抜き、自分が加勢すると申し出た。
「仮にあれが罠であっても損失は私とヒュノーだけ。御当主に比べれば無視して良い損失です。私を試金石としてヘリウスが敵か味方かを見極めてください」
「済まないペイドロス、危険だがお前にしか頼めない。無事に帰ったら私が酌でもしよう」
「ははは、それは良いですな。では武運を祈っていてください」
危険な役目を当主が真っ先にするわけにはいかない。最初に命を張るのは家臣の役目。ペイドロスは笑って戦闘準備を整えた。
白い騎体ヒュノーの得物は剣とラウンドシールド。デウスマキナの武器としてはごくごくスタンダードだ。あの青い騎体も同様に剣とヒーターシールドを有している。ヘリウスもアプロンも同様だが、捕獲作戦には必要ないと言って伐採用の長柄の鉞しか持っていかなかった。その為、今はその鉞で敵の攻撃を防いでいる。普段と戦い方に差異があるのはそれも理由の一つだろうか。
「いや、どの道剣で確かめればいいだけの事。ペイドロス、これより突貫する」
答えは戦場にある。今はそれを確かめるだけだ。
白い騎体ヒュノーは最大速度で突撃する。そして青と黒のデウスマキナの戦いに割って入った。
「我はクラウディウス家家臣ペイドロスっ!これより蛮夷を討伐する!」
騎体の拡声器を使い、叫喚する。これで何かしら反応があるだろう。
変化はすぐに表れた。こちらに気付いた青い方の騎体はすぐさま新たな闖入を警戒して距離を取り、背を向けたヘリウスはこちらを味方と思って一切警戒していない。
これで警戒の優先順位は青の騎体が第一と考えていい。無論まだ声を聴くまでは油断しないが、今は明確な敵である青の騎体を優先させた。
ヘリウスの隣に陣取ったペイドロスが声をかける。だが返事は無い。ただ、荒く不規則に吐く呼吸音だけが拡声器を通して聞こえるだけだった。やはり身に何かあったのだろう。
「パトロクス様かアキウス様かは分かりませぬが、ここは私と共にあの異端者を屠りましょう!」
だが、忠言に対してヘリウスは鉞を横に薙ぎ払う。大質量の金属によって金属が切断される大音量の不協和音と共に、白い左腕が盾ごと地面に転がった。
「ちっ、紙一重で躱されたか。やはり完全には騙せなかったな」
聞いた事の無い男の声がヘリウスから流れる。男の言う通りペイドロスは完全に油断したわけでは無かったので、すぐさま飛び退けるように備えてはいた。だが、予想以上にヘリウスの一閃が速く躱しきれなかった。それでも致命傷は避けたのだから、これはむしろペイドロスの蓄積された戦闘経験からくる咄嗟の反応を褒めるべきか。
「おのれ異端者めッ!姑息な手を使いおって、貴様には騎士の誇りが無いのかっ!」
「兵は詭道なり――――ソンシの言葉だ。俺は兵隊だからな、誇りを大事にしたいなら他を当たれよ」
侮蔑を嘲りで返されたペイドロスは怒りに身を任せて斬りかかろうとするが、一歩を踏み出す前に冷静さを取り戻して、もう一騎を警戒して残った右腕の剣で防御の構えを取る。
「じゃあお兄さん、あとは任せたよ。僕はあっちの黒い騎体を相手にしないといけないから。終わったら助けに行くからね」
「それはこっちのセリフだぞ、リシャール。俺がこの白いのを倒して加勢しに行ってやる」
リシャールと呼ばれた幼い声の少年が乗る青い騎体が急速に近づくペレスの乗るニクスへと向かう。それを止めたかったが、目の前のヘリウスが許しはしなかった。
「それじゃあ、俺達もやるとするか。折角の模擬戦を台無しにした礼儀知らずはさっくり討伐してやるよ」
ヒュノーとヘリウス。共にギルス共和国クラウディウス家の騎体は戦場で敵同士として相まみえる。使う側の都合で敵味方に別れるのは兵器の宿命であった。




