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事件

読みにくい所が多々あるとは思いますが、最後まで頑張って読んでみてください。

また、ちょっと残酷な模写だと思われる部分が数箇所あります。お気をつけ下さい。

6月の始め。一年生がやっと学校に慣れ始め、弛み始める時期になった。

いつもより早めの梅雨が始まって、もう一週間になるのか。そう、僕は思った。場所は五階の図書室。まだ朝の早いこの時間は開いているはずが無いのだが、図書室の常連である丹波三沙子は、特別に中に入る事ができる。

僕は彼女に付いて来ただけだ。とは言っても、彼女の許可は得ていないが。

何の為かと言うと、彼女が本当に丹波三沙子かを確かめるためだ。実は彼女は双子の妹がいるのではないか、そして入れ替わっている事があるのではないか、という噂が、このところ頻繁に流れている。

そんな噂を、新聞部の一人であるこの僕が放って置くわけにはいかない。

薄暗い部屋。だが朝日が差し込み、座る場所によっては眩しいくらいだ。カウンターの返却ボックスにある『赤毛のアン』も光っている。

しかし、彼女の座る位置には光は一切当たっていない。

そこでさっきから何かを書いている。ここからだと何を書いているのかは分からない。だが、彼女の目を見れば普通の事、例えば小説や日記を、書いてはいないことは誰でも分かるだろう。

彼女が目を上げる。僕と目があった気もしたが、彼女はまたすぐに元の姿勢に戻った。

一応ほっとする。何となく見られてはいけない気もした。

彼女は三枚目の紙に何かを書いている。前の二枚よりも明らかに長いのだが、すぐに書き終わってしまった。

それを確認して、僕は身を潜めながら図書室を出た。



二年三組の教室に戻った頃には、中には既に生徒が何人かいた。そのうちの一人、大沢大樹に声をかける。彼は今来た所らしい。

「おはよー、タイキ」

「んあ、ああ、おはよう、ヒカリ」

僕の名前は谷崎潤一。某詩人に名前が似ていて、その詩のイメージからヒカリと呼ばれている。

目の前に座っているタイキは、なんだかしどろもどろだ。

「どうした、そんなにしどろもどろして」

思った事を言ってみる。彼は目線を左下に向けると、不貞腐れたように言った。

「なんか手紙が来てた」

「手紙? 誰から」

「丹波三沙子」

実は、彼女とタイキは一年以上付き合っている。

「いつ」

「今朝」

「どこに」

「下駄箱」

「内容は」

「恋文。初めてだよ、三沙子が手紙なんてくれたの」

そこまで言われて、今朝の事が思い出された。図書室にいた丹波さんは、変だった気がする。いつもの彼女がああだ、という可能性も、無くは無いのだが。

「一通か?」

そう聞いてみる。タイキは怪訝な目つきを向けてきた。

「ラブレターって、二通も同じ日に渡すものか?」

確かにそうだ。彼女は、他の二通をどうしたのだろう。



二年六組の佐々木萌子は何となく嫌な予感がした。

これといって根拠は無いが、彼女のそれは良く当たるのだ。

「モエ、どうしたの。いつものあれ?」

田中さや子が聞いてきた。いつもの、とは虫の知らせの事である。

「うん。なんか今日のはヤバイよ」

「あれ、いつものも結構やばくなかった?」

私は首を横に振った。

「今日のは、今までに無いくらい」

サヤコはじっとこっちを見てから口を開いた。

「考えすぎよ。最近いつものあれ、無かったじゃない。相対性理論よ」

相対的に強く感じるだけだ、と言いたいのだろう。だが違うと思う。

「それよりさ、先生、遅くない?」

サヤコに言われて、初めて気付いた。もう八時四十五分を少し回ったくらいだ。朝の会は、八時四十分から十分間である。

「そうね。珍しいこともあるものね」

そう言ってからはたと気付く。何か臭う。私の席は廊下側の一番前。廊下を出てすぐの所には階段があり、廊下に直交するように渡り廊下がある。その渡り廊下を挟んだ反対側には二年七組である。

その方向から血生臭い、いや、本当の血の臭いがする。

がたん、と音を立てて、私の椅子が後ろに飛ぶ。教室にいる生徒全員がこっちを向いた。

しばらくの沈黙の後、やっと出てきた言葉がこれだった。

「先生、呼びに行こう」



そう言ったは良いものの、皆の頭からはクエスチョンマークが浮かんでいた。

「えっ」

誰かがそう言ってくれたことで、体を動かすという事に思い至る。

急いで廊下に出て、七組に走った。

七組に、生きている人は一人もいなかった。みんな背中や喉元から鮮血を滴らせている。生徒も、教師もだ。

そんな中、誰かが動いた気がした。

しかし、後ろから誰かがぶつかってきたせいで、その姿を目にする事はできなかった。

床に手を突いたまま顔を少し動かして、ぶつかってきた誰かの足下を見る。スラックスの裾が見えた。上履きには青い線が入っている。つまり二年の男子である。

「ごめん。急いでるんだ」

そう言って、彼は階段を駆け上がっていった。

後ろからサヤコが追いかけてきて、悲鳴をあげた。中を見たのだろう。

「みんな、死んで……る、の?」



部活が終わったのが、八時二十分。それから自主練をしていたら、いつの間にか五十分になってしまった。

この部室棟から教室までは歩いても十分、走っても四分はかかる。まあ、これはただ彼の歩くのが遅いからで、一般女性が歩いても五分とかから無いだろう。

授業に間に合うかなー、なんて暢気に喋りながら、いつも通りに教室に向かっていっていた。いつものほほんとしている彼である。

部室棟から渡り廊下を経て体育館の周囲を巡ると、左手には教室棟が見える。三階から一階にかけて一年から三年、手前から奥に向かって、一組から八組まで並んでいる。四階には手前から生物室、被服室、社会科室、地学室。五階には視聴覚室、図書室、音楽室とある。階段は三つ。手前と中央と奥。ちなみに、五階の図書室の所にはベランダのようになっている廊下が存在し、音楽室と視聴覚室を繋いでいる。

上を見上げながら彼はそんな事を考えていた。

右手に体育館がなくなった頃、左手の五階にはベランダが見えてくる。そして、そこには生徒が二人いた。

彼の目には二人が言い争っているように見える。

直後、男子生徒が投げ飛ばされ、ベランダから外に落ちた。その後を追うように、女子生徒も飛び降りていった。そういう風に、彼には見えた。



6月××日の○○新聞より抜粋

6月×△日に発生した☆☆高校殺傷事件について、□□警察は先日、被疑者死亡の上送検した。

被疑者の名前は明らかにされていないが、おそらく自殺した女子生徒だろうとみられる。

(中略)

教室で殺害されたのは、生徒三十五名、教諭一名。図書室で殺害されたのは、生徒一名、職員一名。ベランダから飛び降りたのは、生徒二名となり、あわせて四十名もの命が奪われる結果となった。

このことに関して学校側は「生徒一人一人の心のケアと、再発防止に向けての努力をする」と発表した。

(中略)

図書室には遺書の様な物が置いてあったが、これが本人の筆跡かはいまだ特定できていない。そこには、虐められた恨み辛みが原稿用紙一枚分に渡って書かれていた。

(後略)



結局、僕には三通の手紙が何だったのか、知る事はできなかった。張本人である丹波三沙子が、あの日殺されたからだ。たまたま図書室にいるところに、犯人である笹野原芽守がやってきたせいで殺された。彼女は、そのあとタイキと共に自殺したらしい。

僕は、タイキは彼女に殺されたと思っている。彼が見ず知らずの人間と一緒に死ぬとは思えない。あのラブレターのせいで、丹波さんと共に殺されたのかもしれない。

自分で、自分は冷淡だなと思いながら回想をする。

事件の経過をたどってみると、このようになる。

まず、朝の会の始まった頃、笹野原は自分のクラスでもある二年七組で生徒と先生を全員、何らかの方法で悲鳴を上げさせずにフルーツナイフで殺した。その後、彼女は五階にある図書室に行くわけだが、このときに二年六組の佐々木萌子と田中さや子が目撃している。

五階に上がった笹野原は図書室に駆け込んだ。図書室の扉には、血の後が乱暴に付いていた。図書室の中でまず司書を刺す。続いて、中にいた丹波三沙子と大沢大樹を殺しに掛かる。まず丹波を刺し致命傷を与えたが、タイキは咄嗟の判断で廊下に飛び出す。間髪をいれずに笹野原は図書室を出ると、音楽室に繋がる廊下に立ち塞がり包丁を突き出す。タイキに残された道は、ベランダに出ることだった。だが出るためには扉を開けなければならない。

躊躇する余裕は無く、すぐに扉を開けベランダを駆けようとしたが、少しだけ早く動き出した笹野原に背中を刺されてしまう。ベランダの手摺に体を預け、何とか立っていられた。そこで彼女は何を思ったか、急に包丁を捨てた。そのままタイキに近づき足首を持ち上げると、彼を落とした。そして後を追うように、彼女も身を投げた。

こんな感じだろう。後半は大分個人的な想像だ。

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