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美女たちとの無人島スローライフ ~何をしても「神」評価の男、規格外のサバイバル技術でのんびり楽しむ~  作者: 絢乃


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028 クマガラス

 俺は衝撃のあまり言葉を失っていた。


 目前にそびえ立つクマガラスが、俺を見下ろしている。

 怒っている様子もなく、「それで攻撃はおしまいかい?」と嘲笑うかのように。


「カァァァ!」


 立ち尽くす俺に、クマガラスが仕掛けてきた。

 前肢をブンッブンッと振って、フックのワンツーを繰り出す。


「うおっと!」


 俺は後方に跳んで回避した。

 敵の長い爪が鼻の数センチ前で空を切る。

 危うく切り裂かれるところだった。


(む? 追撃してこない……?)


 距離を取る俺に対し、クマガラスは仁王立ちしたまま動かない。

 一般的なクマであれば、迷わずにタックルを仕掛けてきたはずだ。

 カラスの知能があるせいで人間に警戒しているのだろうか。

 ――いや、違う。


「コイツ、俺たちをオモチャ扱いしていやがる……!」


 境野の時と同じだ。

 いつでも殺せるという余裕があるから遊んでいる。

 獲物をいたぶる猫のようなものだ。


「カァッ……カァァッ……!」


 クマガラスが大きなくちばしを上下させて鳴く。

 どことなく愉快げに見える。


「すまん、玲奈。完全に考えが甘かった」


 唯一の武器である木の槍を失った今、状況は極めて深刻だ。

 もはや勝利することは難しく、生存することだけを考えねばならない。


(どうにか玲奈だけでも逃がさないとな……)


 とはいえ、相手に高い知能があるのなら、それは非常に難しいことだ。

 単に俺が囮になろうとしても、察知して阻止される可能性がある。

 俺を無視して玲奈を殺し、それから俺を殺そうとするわけだ。


(ただ囮になるだけじゃダメだ。俺に殺意を抱かせないと……!)


 俺は足元に転がっている石を手に取った。

 これで攻撃を仕掛けて、敵を怒らせてから玲奈を逃がす。

 俺自身は……死んだふりでもして、見逃してもらえることを祈ろう。


「玲奈、俺が合図したら、一気に林の奥へ走れ」


「そんな、ダメですわ」


「今は選択の余地などない。分かったな? 俺が合図したら走るんだぞ」


 玲奈は何も言わなかった。


「カァ……! カァ……!」


 クマガラスがじりじりと距離を詰めてくる。


「焦らなくても相手をしてやるぜ! ほらよ!」


 俺は石を投げつけた。

 大して距離がなかったこともあり、敵の顔面に上手く命中した。


「カァァァァァァァ!」


 その瞬間、クマガラスが怒った。

 目を一段と大きく見開き、真っ直ぐに突っ込んでくる。

 お遊びの時間を終わらせるつもりのようだ。


 俺は横に向かって走る。

 案の定、クマガラスの目は俺を捉えて離さない。


「今だ、玲奈! 逃げろ!」


 俺は走りながら叫んだ。

 玲奈の脚力次第だが、多少の時間は稼げるはずだ。


「いいえ、逃げませんわ!」


 ところが、玲奈は俺の命令を拒否した。

 それどころか、ポータブル洗濯機を抱えて敵に突っ込んでいる。


「おい! 何をしているんだ!」


「今回の件は、洗濯をしたいと言い出したわたくしの責任ですわ! それなのに悠希さんを犠牲にすることなどできません! やってしまったことの責任は取る――それがわたくしですわ!」


 玲奈は側面から距離を詰めると、ポータブル洗濯機を大きく横に振った。

 中から大量の水が飛び出す。

 いつの間にやら汲んでいたようだ。


 バチャッ!


 玲奈の放った水は、クマガラスの顔面や胴体に掛かった。

 その行為に何の意味もない――と、思いきや。


「カァァァァ……ッ!?」


 クマガラスは驚いたように固まり、次の瞬間、バランスを崩して転倒した。

 さらには前肢で水の掛かった箇所を庇うようにしてのたうち回っている。


「なんだ……!?」


「わたくしの掛けた水が効いている……!?」


 愕然とする俺たち。

 一方、クマガラスはもはや俺たちなど眼中になかった。

 まるで硫酸を掛けられたかの如くもがき苦しんでいる。

 水が掛かった箇所の毛や皮膚はただれ、湯気が立ち上っていた。


「玲奈、何を掛けたんだ!?」


「た、ただの川水ですわ!」


「川の水とは思えないダメージだぞ!?」


「わたくしにも分かりませんわ……!」


 理由は不明だが、とにかく強烈な一撃になった。


「よく分からないがチャンスだ! 今のうちに逃げるぞ!」


「は、はい!」


 俺は玲奈の手を掴んで駆け出した。

 地面に置いた籠も回収して、全力でその場から離脱する。


「カァァァァァァ! カァァァァァァ!」


 クマガラスが何やら叫んでいるが気にしない。


「はぁ、はぁ……玲奈、ケガはないか?」


「わ、わたくしは……大丈夫……ですわ……」


 しばらく走り続けたあと、俺たちは走るのをやめた。

 敵が追ってこないため、残りは歩いて移動する。


「念のために確認するが、本当にただの川水を掛けたんだよな? 亜希の作った石鹸を混ぜたとかではなく」


「はい、ただの川水です」


「すると、原因が不明だな。あの川水にはこれといった特徴がない。あえて何か挙げるとすれば、煮沸しなくても大丈夫なほど質がいいってことくらいだ」


 俺たちは念のために煮沸してから飲むが、そのままでも問題ない。

 これは川で出会った人間――つまり、境野や三条から得た情報だ。


「もしかすると、遺伝子改良の影響ではなくて?」


「あり得るな。人間にだって〈水アレルギー〉が存在するわけだから、クマガラスがただの川水であそこまで苦しんだとしても不思議ではない。とりあえず、戻ったら洗濯物を干して、皆が起きたら作戦会議だな」


「了解ですわ!」


 玲奈と並んで道を歩く。


(クマガラスは優先的に排除したほうが良さそうだな)


 カラスは知能が高い上に、執着心が強い。

 特定の相手に延々と嫌がらせをするケースもあるくらいだ。

 そのうえ、他の個体と連携して特定の敵に挑むこともある。

 クマガラスが複数体いる場合、集団で襲ってくる恐れも考えられるのだ。


 そうならないためにも、最優先で排除する。

 作りたての木の槍を粉砕されたお返しも込めて、きっちり型に嵌めてやらないとな。


「それにしても――」


 歩きながら考えていると、玲奈が口を開いた。


「――悠希さん、先ほどはずいぶんと男らしかったですわね」


「何がだ?」


「身を挺して私を守ろうとし、逃げる際には手を掴んでくれましたわ」


「体が勝手に動いただけだよ」


「尚更に素晴らしいではありませんか!」


「そうかなぁ」


 玲奈は「そうですわ」と笑みを浮かべる。


「いつか今回の“お詫び”をさせてくださいね、悠希さん」


「お詫び?」


 俺が尋ねると、玲奈は「うふふ」と意味深な笑みを浮かべた。


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