025 先行投資
本日の作業が終わり、俺たちは各々のシェルターで夜を過ごしていた。
0時になるのを待っている。
「暗視モードがあるから暗くても問題ないけど、やっぱり灯が灯っていると雰囲気がいいよなー!」
境野が言う。
ここからだと見えないが、彼が何について言っているのかは分かる。
晩ご飯のあとに作った〈かがり火〉のことだ。
作り方は簡単で、三脚状に組んだ竹を土台とし、その上に火を灯すだけ。
二カ所ある拠点の出入口に、それぞれ二つずつ設置してある。
クマガラスをはじめとする猛獣を寄せ付けないようにする狙いだ。
「わたくしはシャワーに感動しましたわ! 悠希さんが作ったシャワー室に、亜希さんの作った石鹸、それに晴菜さんのヤカンと、皆の力を感じるのも素晴らしいですわ!」
玲奈が自身のシェルターからひょいっと出てきた。
体をこちらに向けて、脚を伸ばすようにして座っている。
深めのスリットのおかげでちらりと見える生足が艶めかしい。
「あのー、シャワー作りには俺も協力したんですが」
そう主張する境野の声は、残念ながら無視された。
「やっぱりヤカンを買って正解だったっすよね! 35ゴールドは安い買い物だったと思うっすよ!」
晴菜もシェルターから姿を現す。
剥き出しの太ももや胸元の開いたシャツからは、玲奈とはまた違った扇情的なものを感じた。
「確かに晴菜さんのおかげですね。特にシャワースペースがあると清潔感が段違いです」
そんな和やかな会話に耳を傾けながら、俺はステータスを確認した。
――――――――――――――――――――――
【名前】久世 悠希
【順位】6位
【狩猟】282 (G)
【採集】656 (F)
【農業】375 (G)
【製作】1215 (F)
【料理】492 (G)
【医療】172 (G)
――――――――――――――――――――――
順位は2位から6位に落ちていた。
三条の一件以降、大きな作業をしていないので仕方ない。
むしろ、この程度の活動でTOP10を維持できていることに驚いた。
(他のランカーって、どういうポイントの稼ぎ方をしているんだろうな)
メニュー画面から他者のランキングを確認することができる。
しかし、分かるのは順位だけでステータスの内訳は見られない。
(やっぱり1位の奴って何かしらEランクになっているのかな)
Eランクは累積SPが2,000ポイントで到達できる。
その次のDランクは8,000、さらに上のCランクは30,000だ。
さすがに現時点でDやCランクに達している者はいないだろう。
ランクが上がるごとに獲得効率が減る仕様なので無理がある。
「悠希くん、そろそろ0時ですね」
亜希が話しかけてきた。
「お、もうそんな時間か」
レンズのUIで時刻を確認すると、ちょうど0時になった。
シェルター前の地面がウィーンとスライドし、計5つの木箱が姿を現す。
「実は私、注文した物が届く瞬間が大好きなんすよねー!」
晴菜が嬉しそうに飛び出した。
「何を注文したか分かっているのにワクワクしますよね。ネット通販で商品が届いた時と同じ気持ちです」
亜希もシェルターから出た。
「ガチのサバイバルからすると邪道だけど、この島ではこの瞬間こそが醍醐味とも言えるよな」
皆に続いて俺も木箱の前に向かう。
「何を買っても同じサイズの箱で届くのって面白いよな! 開けるまで他人の箱に何が入っているか分からないから!」
境野がウキウキした様子で箱の蓋を開く。
俺たちも、自分の名前が書かれた箱の中を確認した。
(よし、ちゃんと揃っているな)
まず目に付いたのが追加の大工道具と蛇口付きの防災用ウォータータンク。
他には規格化された木材と、さらに――。
「久世、なんで車輪なんか買ったんだ!?」
境野が俺の箱を覗き込んできた。
購入物の一つである直径約40センチの車輪が気になるようだ。
「2つあるし自転車でも作るつもりっすか!?」と晴菜。
「ま、何を作るかは今後のお楽しみってことで」
あえて答えないでおいた。
仲間たちと過ごす間に、こういう“焦らし方”を学んだのだ。
「境野、そういうお前は何を買ったんだ?」
「ふふふ、見て驚くなよ!」
そう言って境野が取り出したのは、なんと拡声器だった。
ソーラー充電で機能する電池不要の代物だ。
「そんなもん何に使うんだ? 獣を追い払うためか?」
猛獣対策において、大きな音は一つの武器になる。
サバイバルが好きな者にとっては常識の一つだ。
しかし、境野がそのことを知っているとは。
「もちろん朋絵ちゃんの捜索だ! これで快適になるぜ!」
俺は盛大に転んだ。
「も、もしかして、大声で叫びながら捜索するってことか?」
「おうよ! そうすりゃ朋絵ちゃんに俺の居場所が伝わるだろ? どうよこれ、名案じゃね?」
「…………」
俺は何も言えなかった。
「ちなみに、その拡声器はいくらしたんだ?」
明らかに高そうな代物だ。
ヤカンが35ゴールドであることを踏まえると、50ゴールドはするはず。
「お値打ち価格の70ゴールドだぜ!」
「たけーよ!」
思わず突っ込んでしまった。
晴菜が「さすがに拡声器はないっすよ」と笑っている。
「でもさ、闇雲に歩くだけじゃ見つけられないじゃん? かといってスマホが使えるわけでもないし」
一転して真顔になる境野。
「たしかにな」
現実的な手段として、拡声器は悪くない選択と言える。
問題なのは、恋人の朋絵以外にも彼の声が届いてしまうということだ。
自分の居場所を知らせることになり、三条のような奴を呼び寄せてしまう。
「久世、俺だって馬鹿じゃない。言わなくてもリスクは承知しているさ。だから、拡声器はこの拠点から離れた場所で使うよ」
「分かっているならそれでいい。見つかるといいな、朋絵ちゃん」
「ああ! 皆に紹介したいぜ! 上月さんや篠原さんみたいな美人ではないけど、すっげーいい人なんだ! 面白いし、絶対に合うと思う!」
「おーい、境野、私が抜けているっすよ?」
「春坂さんは美人じゃなくて可愛い系だから!」
「たはー! そういうことっすか! 分かっているっすね、境野は!」
晴菜が嬉しそうに笑う。
(この男、やっぱり異性に対するコミュ力が高いな……!)
俺は苦笑いを浮かべつつ、女性陣に尋ねた。
「俺と境野はこんな感じだけど、女性陣は何を買ったんだ?」
「私は今回は控え目っすよ! ゆーきんに指示された『例のアレ』以外だとこれだけっす!」
トップバッターは晴菜だ。
罠の目印に使う七色入りのリボンロールを掲げている。
節約に回るとは珍しい。
「私も『例のアレ』以外だとこれだけです」
亜希が両手に抱えているものを見せる。
厚手の上等なバスタオルセットだ。
「10枚入りのバスタオル? 前にフェイスタオルとバスタオルの各5枚セットを買ったはずだが、どうしてまた買ったんだ?」
「今回のは生地の厚さがポイントです。5枚は身体を拭く用に使い、残り5枚はシェルターのブラインドに使おうと思っています」
俺たちは「おお!」と歓声を上げた。
「あえて専用のブラインドを避けることで、衛生用品としても使えるというわけか。考えたなぁ!」
「とてもいいアイディアですわ!」と、玲奈も声を弾ませる。
「悠希くんのおかげで閃いたんです」
「俺?」
「トイレのブラインドに三つ首ライオンの毛皮を使っているじゃないですか。あれを見て、『そういう使い方もあるんだ』と思いまして」
「なるほど」
応用が利くものだな、と感心した。
「では、最後はわたくしですわね! たくさんあるので、皆さん寄ってきてください!」
玲奈は箱に手を向けた。
「どれどれ」
と、確認した結果――。
「うおい! なんじゃこりゃ!」
俺たちは衝撃を受けた。
着替え各種や安物の布団セットといった定番の物に加えて、洗濯機と医療キットが入っていたのだ。
筒状の本体に小さなクランクハンドルと密閉式の蓋が付いた手回し式の物で、医療キットは高性能な止血剤、強い消毒液、簡易ギプス材といった高級品だ。
「どれも高そうっすねー!」
着替え各種と布団だけで60ゴールドはする。
にもかかわらず――。
「洗濯機は70ゴールド、医療キットは100ゴールドですわ! 緊急クエストの報酬も入るわけですい、思い切ってみましたわ!」
現時点までに稼げるお金は、緊急クエストの報酬を含めても500ゴールド。
皆に指示した“例のアレ”も含めると、玲奈は今回だけで250ゴールド近く使っている。
とてつもない大奮発だ。
「ポータブル洗濯機は百歩譲って分かるが、お高い医療キットなんて必要か? 買うにしても安いやつでよかったんじゃ? それか風邪薬とかさ」
玲奈の医療キットは、応急処置だけでなく小手術程度まで可能な代物だ。
普段のサバイバル生活において、それほどの事態に陥るケースはまずない。
どちらかと言えば、風邪や細菌感染などのほうが怖いだろう。
しかし、玲奈は涼しい顔で首を横に振った。
「悠希さん、それは間違いですわ。もし誰かが重傷を負った時にちゃんと処置できなければ、そこで命を落としてしまうかもしれませんのよ。何事も“備えあれば憂いなし”なのです。それにビジネスでも、先行投資はケチらないものですわ!」
「なるほどな……。まあ、もしもの時には心強いか」
できれば玲奈の医療キットに頼らない生活をしたいものだ。
俺はサバイバル好きではあるが、さすがに小手術レベルの医療技術は持っていないからな。
「私も豪快に使う方だと思っていたんすけど、玲奈には敵わないっす! すごすぎっすよ!」
晴菜は笑いながら両手を上げて、降参のジェスチャーをしてみせる。
「新参者ですから、ドーンッと目立っておかないとですわ!」
玲奈は誇らしげに微笑んだ。
(やっぱり自由な方針にして正解だったな)
ショップで買う物について、原則として制限を設けていない。
クエストで稼いだお金をどのように使うかは各人の自由だ。
本気で1位を狙うなら、おそらくこの方針は間違っている。
だが、俺たちの生活においては、この方針が正解と言えるだろう。
皆の個性が出て面白いから。
明日はどんな活動をしようかな。
そんなことを考えながら、俺は購入した物をシェルターまで運んだ。
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