022 予測不能の馬鹿
俺が左肩に突き刺した槍を引き抜くと、三条は派手に尻餅をついた。
肩口から滲み出る血が、タンクトップを真っ赤に染めていく。
「ゆ、許してくれよ……!」
三条は苦悶の表情を浮かべ、涙目で命乞いを始めた。
先ほどまでの威勢が嘘のようだ。
「失せろ。二度と俺たちの前に現れるな」
俺は槍を握ったまま、吐き捨てるように言った。
「ぐっ……」
三条は逡巡したものの、反撃はしてこなかった。
こちらに武器がある以上、勝ち目がないと悟ったのだろう。
「覚えていやがれ!」
そう言うと、三条は左肩を押さえながら逃げていく。
入ってきた時とは反対側の門から出て行くつもりのようだ。
その際、ハンモックと同じ木に吊していた三つ首ライオンの牙を一つ奪いやがった。
「あっ! お前! ……まぁいいか」
まさかの窃盗に驚くが、見逃してやることにした。
「やれやれ」
俺は穂先に付着した血を、拠点の外れにある土で拭い落とす。
晴菜と亜希がすぐに駆け寄ってきて、心配そうな顔で声を掛けてきた。
「ゆーきん、大丈夫っすか!? お腹を殴られたり、髪を掴まれたりしていたっすけど……」
「肋骨が折れていないといいのですが……」
「ありがとう、大丈夫だよ。奴の拳は効いたが、負傷はしていない」
晴菜は胸をなで下ろし、亜希はほっとしたように眉を緩める。
それから亜希が尋ねてきた。
「さっきの悠希くんの攻撃、急所を狙うこともできましたよね。例えば心臓とか、太ももとか。肩を狙ったのはわざとですね?」
「まぁな。相手が三条みたいなゴミでも、人間であることに変わりない。死に直結するような攻撃は正当防衛の範疇を超えているんじゃないかと思った」
亜希は「やはり」と静かに頷いた。
嬉しいというより、どこか安心した表情を浮かべている。
「すごいっすよ、ゆーきんは! あの状況でそこまで考えていたなんて! 私なら何も考えずにとりあえず刺していたっすよ!」
俺は適当に相槌を打つと、2人に向かって頭を下げた。
「三条の本性を見抜けず、こんな事態を招いてしまった。俺のミスだ。すまない」
「そんなの、気にしてないっすよ! ゆーきんは緊急クエストをクリアしようと頑張っただけっすから!」
「私も晴菜さんと同意見です。良かれと思ってしたことなのですから、思い詰めないでくださいね」
2人して優しい言葉を掛けてくれる。
それでも、仲間を危険にさらした負い目は払拭できない。
なにより――。
「三条がこのまま引き下がるとは思えない。こちらの居場所だってバレているわけだし、怪我が治ったらまた仕掛けてくるだろう。何かしらの対策を講じないとな」
発言では三条に絞っているが、奴に限った話ではない。
今後も同じような問題は起きるだろうし、集団戦になる可能性もある。
この無人島は、そういうことが許された場所なのだ。
「でも、どうやって対策するっすか?」
「私たちでは、太刀打ちできないですよね……」
晴菜と亜希が不安そうな表情を浮かべる。
「相手が獣なら柵の外にスパイクバリケードを並べたら済むが、残念ながら三条は人間だからな……。現実的には、拠点の周囲にくくり罠や落とし穴といったトラップを仕掛けることになるだろう」
「いいっすね、罠なら私でも設置できそうっす! 野生動物が掛かればポイントになるっすよ!」
晴菜の発言によって、俺はポイントのことが気になった。
三条との戦いはSPの獲得に繋がっているのかどうか。
(やっぱり人間同士のトラブルは何もなしか)
ログを確認したところ、SPは増えていなかった。
負傷者の救助や治療は【医療】の対象になるが、悪党の討伐は【狩猟】として評価されないわけだ。
当然といえば当然だが、つくづく人間同士の争いが不毛なものに思えた。
「罠を作ることには賛成ですが、誤って私たちが引っかからないようにしないといけませんよね。仲間内だけで分かる目印を付けるのが現実的でしょうか」
亜希の発言で我に返る。
「そ、そうだな。罠を設置するなら何かしらのサインが必要だ。とはいえ、他の人物にバレたら意味がない。例えば複数の色のリボンを用意して、青色だけが罠を示しているといった風にカモフラージュするのはどうだ?」
「いいですね、それ。カラフルにしておけば、どれが罠を指しているのか他の人には分かりません」
「ならリボンロールの詰め合わせを買っておくっすね! 安いやつだと7色入りで20ゴールドっすけど、これでいいっすよね?」
「サンキュー。雨に濡れても問題ないものなら、生地は何だってかまわないよ。というか、安いやつでも20ゴールドってぼったくりだな」
「ロール状とはいえ実質的には完成品っすからねー」
予定を変更し、対人用の罠について話し合う俺たち。
そんな時だった。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
拠点の外――三条が逃げた方角――から、甲高い女の悲鳴が聞こえた。
「なんだ?」
俺たちは思わず顔を見合わせる。
「見に行ったほうがよくないっすか?」
晴菜の言葉に、俺は「だな」と頷いた。
俺は右手に木の槍を握りしめ、声のした方に向かう。
晴菜と亜希も後に続いた。
「いや、放して、放してくださいませ……!」
すぐに声の主である女を発見した。
ゴールドのウェーブがかったロングヘアをした女だ。
裾に深いスリットの入った、サファイアブルーのロングドレスという装いだ。
金色の紐や装飾が散りばめられており、この大自然にそぐわぬエレガントさを漂わせている。
そんな彼女が悲鳴を上げた原因は――。
「よぉ! 久世ぇ!」
三条だ。
負傷した左腕で力任せに女を押さえ、ライオンの牙を首に突きつけている。
どういうわけか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「お前、何してんだ……?」
俺たちは首を傾げた。
「見りゃ分かるだろ。人質だよ、人質。お前らの仲間がどうなってもいいのか? おぉん?」
「人質……?」
俺たちは顔を見合わせた。
三条が何を言っているのか理解できなかったからだ。
お嬢様然としたゴージャスな美人こと上月 玲奈を見る。
彼女は恐怖で大きく見開いた瞳で、俺たちに助けを求めていた。
(やっぱり知らない顔だ……)
まじまじと凝視しても顔見知りではなかった。
晴菜と亜希の様子を確認するが、2人とも困惑している。
つまり、俺たちにとって玲奈は「はじめまして」と言うべき存在だ。
(知らない女を人質にするってどういう意味だ……?)
俺は必死に状況の理解に努める。
すると、三条が下卑た笑みを浮かべながら叫んだ。
「目の前で土下座しろ! そしたらこの女を解放してやるよ! お仲間思いの久世くんよぉ!」
またしても、三条は玲奈を「俺たちの仲間」と表現した。
どうやらこの男、我がPTの4人目が玲奈だと思い込んでいるようだ。
(たしか俺、川で会った時にPTのメンバーは男2人と女2人の4人だと説明したよな……?)
PTメンバーのリストにも『境野大輝』と書いてあり、奴もそれを見たはずだ。
(小学生レベルの漢字すら読めない馬鹿だから、少し前の会話も忘れてしまったってことか)
そう考えた時、三条の言っていることを理解できた。
俗に言う「知能に差があると会話にならない」というものを体感する。
「ほら! 早く土下座しろよ! 久世ぇ!」
「いや、そんなこと言われても……。その人、俺たちの仲間じゃないぞ?」
「え……?」
きょとんとする三条。
しかし、すぐに怒りで顔を赤くして叫んだ。
「嘘をつくんじゃねぇ!」
「マジだって。もう一回、PTに入れてやるから確認してみろよ。俺の仲間は傍に居る晴菜と亜希、あとはこの場にいない境野大輝って男だ」
俺は三条にPTの招待を送ろうとした。
しかし、レンズのUIを使いこなせず、誤って玲奈を選んでしまう。
「え、この状況で、わたくしをPTに誘うのですか!?」
驚きながらも承諾してPTに加わる玲奈。
「は? マジで仲間じゃないのかよ!? じゃあ、この女は何なんだ!?」
混乱する三条。
明らかに集中力が低下していたので、俺はそ隙を突くことにした。
「せいやっ!」
三条の顔面に向かって槍を投げる。
俺は本気で狙っているが、命中するとは思っていなかった。
相手は元プロボクサーなので、避けるのは容易いだろう。
「きゃあ!」
玲奈が慌ててしゃがんだ。
油断して左腕の力が抜けていた三条は、彼女を押さえきれない。
この展開が俺の狙いだった。
「うおっ!」
案の定、三条は回避行動を取る。
しかし、意表を突かれたせいか想定より動きが鈍かった。
そのため、槍は彼の頬と耳を切り裂いた。
「ぐああっ!」
三条はバランスを崩して転倒。
拠点でのやり取りに引き続き、またしても派手な尻餅をつく。
「今だ!」
俺は一気に飛び出し、三条との距離を詰める。
ガラ空きの顔面を思い切り踏みつけた。
二度、三度とブーツの底を叩きつけて鼻を陥没させる。
「ゆる……ゆるひて……」
三条の戦意が完全に喪失。
「次にまた俺や仲間の前に姿を現したら、今度は殺すからな?」
ライオンの牙を奪い返し、三条の首に突きつける。
「ひ、ひぃぃいいいいいいいいいいいいいいいい!」
三条は小便をちびりそうなほどにビビった様子で逃げていった。
その背中が遠ざかっていき、そして、最後には見えなくなる。
「ふぅ」
俺は安堵の息を吐いた。
(投げた槍がどこにあるか分からないし、戻ったら作らないとな)
そんなことを考えつつ、振り返って玲奈を見る。
「無事かい?」
見たところ傷を負っていないようだが、念のために声を掛ける。
それに対する玲奈の返答は――。
パァンッ!
まさかのビンタだった。
容赦のない一撃が、俺の左頬を襲ったのだ。














