021 三条の本性
三条の化けの皮が剥がれるまで、そう長くはかからなかった――。
川から森に入り、なだらかな斜面を登り、拠点が見えてきた。
門が閉じられているため、ここからだと中の様子が見えない。
「おお……あれが久世くんたちの拠点かー! 柵があって、木の上にはハンモックまで! すごいなー!」
タンクトップ姿の三条が大げさに手を広げる。
スキンヘッドの頭を日差しに光らせながら、ゴツい肩を揺らして感嘆している。
「多少は快適に過ごせるよう工夫しているだけだよ。晴菜と亜希が頑張ってシェルターを増設してくれてるはずだ」
「シェルター? 地下基地でも作ってるのか!?」
「いや、寝床だよ。サバイバルでは寝床をそう呼ぶんだ」
「へぇ」
喋りながら、俺は門を開いた。
弧を描くように並んだシェルターが目に入る。
向かって右端のスペースに晴菜と亜希がいた。
三条用のシェルターを作っている最中で、協力して竹を組んでいる。
境野は恋人を探しに出ているため、この場にはいなかった。
「おかえりっす、ゆーきん! その人が新しい仲間っすか?」
晴菜が声を弾ませる
「おかえりなさい、悠希くん……」
亜希は警戒感のこもった視線を三条に向けている。
俺や境野に対しても、会ってすぐの頃は同じような調子だった。
異性に慣れていないのだろう。
それに三条の威圧的な風貌は、俺でも怯むものがある。
年齢も1人だけ離れているしな。
「そうそう。この人が新しい仲間で……」
俺が紹介しようとしていると――。
「うひょー! どっちもイイ女じゃん!」
三条が甲高い声を上げた。
舌なめずりをしながら、品定めするように晴菜と亜希を見つめている。
先ほどまでの穏やかさが嘘のように、欲望むき出しの顔になっていた。
(これは……)
一気に嫌な予感がしてきた。
晴菜と亜希の表情も曇り始める。
「えーっと、彼女たちが俺の仲間の……」
「おい、お前ら聞いてるか? 俺、三条な。よろしく! そっちの小さいほう、ハレナ? いい胸してんなー! あとそっちの……もう完全に読み方がわかんねぇけど、ミニスカに白ニーハイ! エロいわぁ! 分かってるぜ!」
俺の言葉などまるで無視し、三条は発情した猿みたいに話す。
言葉遣いが下品極まりなく、聞いているだけで不快だ。
(完全にやっちまった)
三条は化けの皮を被っていやがったのだ。
拠点まで案内する前に気づくべきだった。
「おい、久世。あの家……シェルターだっけ? 何でもいいけど真ん中のやつ、あれを俺の家にするわ」
そう言って三条が指したのは、俺のシェルターだ。
「は?」
困惑する俺たちをよそに、三条は1人で話を進める。
「とりあえず久世、お前は外で作業でもしてこい。あとハレナ、お前も自由にしていいぞ。でも、俺の目の届くところにいろよ。んで、ニーハイの女は俺の家に来い。とりあえず一発ヤるぞ」
「はぁ!?」
晴菜が素っ頓狂な声を上げ、亜希も一気に青ざめる。
「ちょ、あんた、何を言って……」
話していると、突然、視界がぐらりと揺れた。
まるで空間ごと歪むようにして、体が膝から崩れ落ちる。
遅れて激しい衝撃が俺の腹部を襲った。
「がはっ……!」
三条にボディブローを打たれたと気づいたのは、地面に両膝が突いたあとのこと。
元プロボクサーなだけあり、目にも留まらぬ速さのパンチだった。
威力も凄まじくて、内臓が破裂するかと思った。
「悠希くん!」
「ゆーきん!」
晴菜と亜希の声が同時に響く。
「お前さぁ、さっきから偉そうなんだよ。俺のほうが7つも年上なんだぜ? 敬語を使うのが筋ってもんだろうが」
三条は、俺の髪をがしりと掴み、強引に立たせてきた。
「分かったらこれからは『三条さん』って呼べよ!」
そう言うやいなや、俺の髪から手を放し、胸を突き飛ばしてきた。
先ほどのボディブローで力が弱っていることもあり、あっさり尻餅をついてしまう。
「今日から俺がここのリーダーだ! そして、ここはもう俺の拠点だ! お前らは俺の命令に従ってりゃいいんだよ! 分かったか?」
まるで暴君のごとく拠点の中央で宣言する三条。
(これはもう緊急クエストどころではない)
速やかに三条を排除せねばならない。
そうしなくては、俺たちのサバイバル生活が壊れてしまう。
かといって、相手は元プロボクサーだ。
彼我の実力差は明白であり、腕っ節で勝てる相手ではない。
境野と2人がかりどころか、全員で挑んでも負けるだろう。
(こうなったら……!)
俺は腹を押さえながら立ち上がった。
ただちにウェアラブルレンズのUIを操作し、三条をPTから除名する。
「三条……お前をパーティーから除名した! 今すぐここから出ていけ!」
まずは警告を出す。
可能性は皆無に等しいが、大人しく従ってくれることを期待する。
「除名? ハッ、なんの意味がある? 俺はここが気に入ったから居座ることにしたんだよ。嫌ならお前が出ていけよ。ただし、女どもは逃がさねぇけどな?」
当然、三条は期待に応えなかった。
晴菜や亜希に目を向けて下卑た笑みを浮かべている。
「どうしても出ていく気がないようだな」
「当たり前だろ? 文句があるならかかってこいよ。俺に勝ったら出ていってやるかさ。なんだったら女どもと協力して3人がかりでもいいんだぜ?」
三条が黄ばんだ歯を剥き出しにして笑う。
晴菜と亜希は、ただでさえ青ざめている顔をさらに青くした。
「分かった。その勝負、乗ってやる。俺が勝ったら大人しく出ていけよ」
俺は三条と戦うことにした。
漢字もまともに読めない馬鹿に譲るものなど何もない。
「へぇ、強気じゃねぇか。俺が元プロボクサーだと分かっていて挑むとはな。いい度胸してるぜ、久世」
「ゆーきん、無茶はやめるっす!」
「そうですよ悠希くん! 危険です!」
女性陣が悲壮感のこもった声で懇願してくる。
当然、俺は「分かりました、やめますね」とは言わない。
「この島に参加すると決めた時から、この手のトラブルは想定していたんだ」
実験に参加する際にサインした契約書を思い出す。
その中には、〈免責事項〉という条項が設けられていた。
具体的な条文は以下の通りだ。
『被験者は、本実験において使用される実験区域内で生じたいかなる事象に対して、当該行為を本実験の性質上不可避のものと認識し、その一切について、刑事・民事を問わず法的責任から免責するものとする』
これは口語調に訳すと「実験中に起きた問題は全て自己責任ね」となる。
実験者である政府や民間企業が、自分たちを守るために設けたものだ。
しかし、この条文には穴がある。
免責対象が主催者(政府・企業)に限られていない点だ。
そのため、被験者同士のトラブルまで訴えることができなくなっていた。
この島では、殺人や強姦ですら合法的に行えるのだ。
三条みたいなクズは、漢字が読めなくても、そうしたことは知っている。
「どうした? かかってこいよ」
三条はファイティングポーズを取って待ち構えている。
「ああ、いってやるよ!」
俺は近くにあった木の槍を手に取ると、穂先を三条に向けて突っ込む。
「お、おい! お前、武器は卑怯だろ!」
一転して焦る三条。
どうやら勝手に素手で戦うものと思い込んでいたようだ。
「戦いに卑怯もクソもあるか! だからお前だって不意打ちでボディブローを打ち込んできたんだろうが!」
「待て、久世、落ち着け、話し合えば――」
「うるせぇ!」
俺は躊躇なく三条の左肩を突き刺した。
無法地帯でも人を殺す気はないので急所は外した形だ。
「ぐあああああああああああああああああああああ!」
三条の顔が激痛によって歪んだ。














