6.享受する幸せ
「おかえりなさいませ!」
帰国すると、元気なリンの声に迎えられた。
無理をしないという約束を無視したのか、綺麗に飾り付けされていた。
「リン……! もう大丈夫なのかしら!」
「ドロテア様、大丈夫です! ドロテア様が治してくださったんですよ。ほら」
髪を両手で押さえて、顔の肌を見せてくれる。
火傷をしたとは思えない、綺麗な肌だった。
「……私は、何も……」
「またまた! お見舞いに来ていただいた後、薬師も驚いてましたよ。奇跡だと。さすが、奇跡のお姫様ですね!」
ドロテアは気まずい顔で目を逸らした。
”呪い”が解けたドロテアは奇跡の姫と呼ばれるようになった。
しかも、醜い顔が一転、美しい姫になったのだから、噂が広がるのも一瞬だった。
誰もが、この奇跡を話したくて仕方がなかったのだ。
「私はまだ、慣れないのだけど」
「すぐ慣れますよ! マスクもする必要はなくなりましたし、お茶会だってパーティーだって開けますね」
「ふふ、ありがとう。リンも一緒にお茶を飲んでくれるかしら?」
「もちろんです! そのためなら仕事もすぐに終わらせますね! …………あ、っとオズワルド様が睨むので、オズワルド様の次にご招待ください」
そうわざとらしく怖がる仕草を見せたのち「旅でお疲れでしょうから、今日はしっかりお休みくださいね!」とリンは逃げて行った。
「……まったく。俺がいつ睨んだと言うんでしょう」
「確かに睨んではいませんでした。どちらかというと少し、拗ねたような……?」
正直に口を滑らせ、慌てて手で塞いだ。
オズワルドは今度こそ睨んで見せた。
「気づいていながら……? それは酷い。罰としてリンとのお茶は俺の次の次の次にしてもらいましょう」
この返事をどうやら間違えたらしい。
「まあ、オズワルド様もご一緒していただけるの? では、すぐにでもお茶を準備してもらえるようお願いしましょう」
嬉しいです、と手を合わせて喜ぶと、オズワルドはむすっと口を尖らせた。
「オズワルド様? どうかなさいましたか?」
「いや、ドロテアが……リンとのお茶ばかり楽しみにしているように聞こえまして」
「そんなまさか!」
急いで否定するとようやくいつものように笑ってくれた。
「わかっています。せっかくですのでお願いしましょうか。……一人、お客様がいるようなので、よろしければ彼も交えて」
「お客様、ですか?」
きょとんと問えば、オズワルドは手を取りながら「ええ」と頷いた。その顔には少し怒りが滲んで見えた。
整えられたテーブルの上には、茶と菓子が並べられていた。
マスクがなくなったからこその対応に、ドロテアは感慨深く思いつつ。
ちらりと向かいに座る人物を見やる。
少し年配の男性だった。ただその顔はオズワルドにそっくりである。
「やあいらっしゃい。ようこそ我が城へ。お姫様がきてくれて本当に嬉しいよ」
客人とは思えない口ぶりにドロテアは狼狽えた。
「ええと、その、はじめまして。ドロテアと申します。オズワルド様のお父様……?」
「ドロテア、いいんですよ。そんな気を遣わずとも」
二人の対話を拒むようにオズワルドが割って入った。
が、にこにこと笑顔を崩すことなく父君──セルノーブル国の王は言う。
「おやおや、仲良くなれたようでよかったねえ。ずっと会いたい会いたいとごねていたが、念願叶ったようで私も嬉しいよ」
「一体、いつの話をしているんです!」
「そりゃあ、私がお姫様のことをお前に紹介した日からずっとの話だよ。そうそう、お姫様のことがよほど気になったらしく、一目見るなりぼーっとしてしまってね。挙句、あの日は迷子にまでなってしまったんだよ。ああ、お姫様は覚えておられるかもしれないね。……間抜けな息子だろう?」
後半はドロテアに向けて。
ほっほ、と笑う姿は子をからかう親そのものだ。
「いえ、迷子のオズワルド様を見つけられたおかげで今こうしてここにいられるのですから」
接点があったからこそ迎えにきてくれたのだ。
そう疑わないドロテアを見て、王はオズワルドをねめつけた。
「おや。言っていないのかい。……お姫様、迎えに行くのが遅れて申し訳なかったね。ヴァランベリー国の王妃様が君を閉じ込めた時点で迎えに行くことは決まってたんだ。たとえ、迷子の息子と出会わなくても」
「……私のお祖母様との約束だからでしょうか」
「ああ! そうだ。もう彼女はいない……それが私にできる唯一の恩返しだからね」
王の言い分も十分に理解できた。
自分がどんな人間であれ、恩のおかげで助けてくれるつもりだった。
それだけでもありがたいことに違いない、けれど。
(少し、寂しいと思うなんて……ずうずうしいわ)
「おおっと、失言したかな。勘違いはしないでおくれ。結局、息子は君の事が大事だったんだ。私はただ、君を連れてこれればいいと思っていたんだよ。それこそ無理やりに、力づくでも。しかし、それを息子は嫌がってねえ……この歳になって息子と喧嘩をするとは思わなかったよ。ほっほ」
「え?」
楽しそうに頷く王を、今度はオズワルドが睨む。
「──それで、出て行ったんですよ」
「はい?」
「お前に任せた、と一言残して、この人は城から消えたんです。全てを放り出して。信じられますか?」
信じられないが、王の手前、大人しく口を噤む。
「お前がなんとかするから、と言ったんだろう。それに、」
王はちらりとドロテアに目をやり、
「上手くいったようでよかったじゃないか」
と目を細めて笑った。
「いやはや、可愛いお姫様は我が城に迎え入れられて、お前は城の仕事を任せられるほどに成長した。素敵な妻も手に入れて。私も有意義な休暇を得られたわけだし、楽しい時間だったねえ、お互いに」
そう言い切る王に、オズワルドは大きな溜息を吐いた。
「久しぶりに顔を見せたかと思えば……もう隠居されたのかと思ってましたよ」
「いやあ、息子の幸せな顔は見たいじゃないか。……お姫様、こんな息子だが、これからもよろしく頼むよ。猫被っているようだが、本当は親にもこんなに冷たい男なんだよ、見放さないでやっておくれ」
言い方には難はあるが、仲が良い姿に微笑ましくなる。
「君がいなくなったらきっと息子は泣いてしまうな、ほっほ」
「いい加減に……!」
少しイラついたようなオズワルドは、自分一人では見られなかった。
笑いもあり、互いを信じているからこそできる言い合いもある、そんな優しい空間に身を置いていることがドロテアには奇跡だ。
「……こんな素敵な場所にこられて、本当によかったです。優しい人に囲まれて、とても嬉しい、です。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。オズワルド様、お義父様」
そんなドロテアに、二人はとびきり優しく微笑んでくれたのだ。
”世界で一番幸せ”なドロテアが住むセルノーブル国は、その後急成長を遂げた。
荒れた土地には緑が増え、動物も住み着きつつある。
農作物が育つようになり、街にも活気が溢れ、人の笑顔も増えていた。
ヴァランベリー国はというと、絶世の美女がいなくなったことで、落ち着きを取り戻していた。
特出した強者がいなくなり、国の豊かさの差もなくなり、セルノーブル国とヴァランベリー国の力関係は平等になっている。交流も盛んだ。
それに少し面白くない顔をするのはオズワルドだ。
「本当に君は優しすぎますね。ヴァランベリー国がこの程度の打撃ですんでいるのは、ドロテアがそう望んでいるからでしょう」
エルーザの影響力は強大だった。急になくなった強大な力のせいで、国が破綻してもおかしくなかった。
「ふふ、そうかもしれません」
「ドロテアが辛い時間を過ごしたことを思えば、やり返したとしても問題ないと思いますけどね」
不穏な台詞も、冗談交じりだから、笑って返せる。
「私は幸せ、です。誰よりも。だから私の近くで諍いや争いが起きてほしくないのです。私が幸せであるために」
大切なものを二度と奪われたくないと思うから、ドロテアは争いや悪意を嫌った。
「ドロテアの意志は固そうですね。優しいドロテアが好きなのは俺で、そんなドロテアに付け込んだのも俺ですけど。ドロテアを一番幸せにしたいと思っているのも俺なので、どうか目を離さないでくださいね」
そう言って一番大切な人は、ドロテアの手を取り、手のひらにキスを落とす。
その体温も、自分を見つめる瞳も、蕩けるような微笑みも、全てが幸せで。
絶対にこの幸せを奪われてなるものか、とドロテアは心に刻み込むのだった。




