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腰掛け公爵令嬢のモットーは  作者: nobu
王都 御令嬢いちねんせい編
9/70

課題

衝撃的な事実に気づいてしまった。


やばいな。課題が終わらない。


いや薄々察してはいたのだけれど、今日改めて今までの進捗度合いと残日数を計算してみたらちょっと絶望的な結果だ。これはまずい。やばい。でもわかんない。しかしやるしかないという。


書籍館の個室に朝から籠り、ぶつぶつ呟きながら辞書をめくる。

個室でよかった!令嬢らしからぬ姿勢と顔つきなのは自分でも分かっているよ。でもごめん、この課題が終わるまでは。


「…ジャウ、アルプ、カイセ、ダ…デ…?ええ…なんでここでジャウ?」


ていうかジャウってなに。辞書に載ってないし。似たようなのなかったっけ。いや、もう大体似てるしな。単語の区別つかないもん、ばーか、ばーか。

うまくいかない焦りでつい乱暴に辞書を閉じると、ぱたん、と厚い本が閉じた風圧で紙面が浮いた。


「あ、しまった」


キャッチしようと伸ばした指先に紙がぶつかり、長机の上をすべって絨毯が敷かれた床へ落ちていく。


あーもう!


動こうとしたメイを手で制する。恰好悪いが私の八つ当たりの始末を彼女にやらせるわけにはいかない。

慌てて席を立とうとしたとき、落ちた紙面をそっと拾ってくれた人がいた。

部屋付きの従僕さんだ。


「すみません。ありがとうございます」

「いえ…」


差し出された紙面を受け取り、強張った頬の筋肉をほぐすように笑みを浮かべてお礼を言う。

…従僕さん、目を合わせてくれない。完全にびびってない?いやそりゃそうか。機嫌悪い高位貴族なんてものすごく危険物だよね。うわあ、反省。


態度悪くて本当すみませんでした、と内心で謝罪していると、従僕さんがごくりをのどを鳴らし、意を決したようにこちらを見た。


「ジャウ、はジェイの貴族名詞かと。文の流れからして、恐らくジャウ以降の文面で修飾されているのでは」

「…え?」


言われた言葉がよく理解できず、ぽかんと従僕さんの顔をみてしまう。

従僕さんはそのまま口をつぐみ、辺りはしん、と静まり返った。


「え…と」

「………」


黙り込んだ従僕さんの顔色がみるみると悪くなっていくのが分かる。日に焼けた濃い色の肌だけど、血の気が引いて色味が薄くなっていっているのだ。

それをぼけっと眺めていると、従僕さんは額にじりじりと汗を浮かべ、ぎゅっと目をつぶった。


「し…失礼いたしました。差し出がましい口をききました。大変申し訳ございません」

「いや…え…」


ぴゅっと足元で跪かれ、深く頭を下げられる。

私はその後頭部を眺めながら、先ほどの言葉を反芻していた。


ジャウはジェイの貴族名詞…ジェイが文頭に来ることで、それ以降の一文を修飾している?

あ、もしかして、関係代名詞的な??


「…ああ!ありがとう!!」

「い…いえっ…恐れ多いことでございます」


声が裏返っている従僕さんを放ってばっと紙面をもう一度見直す。

なるほど、関係代名詞かあ!扉が開けた!


未だ跪いたままの従僕さんの手を取り顔を上げさせた。ぶんぶんと握った手を振る。


「本当にありがとう。あなたのおかげで解けそうです!お名前はなんと仰るのですか」

「…中央書籍館書士、サイキと申します。いえ…あの…」

「サイキ様、とても助かりました!」


突破口が開いた興奮で私は満面の笑みだったと思う。まだ設問は残ってますけども。

後ろに立つメイがお嬢様、と声をかけた。


「その者は書籍館の従僕です」

「そうね?」


言っている意味は分かるが、なぜ今それを言うのかが分からない。頷けば、サイキさんが再度頭を下げた。


「いえ…あの…。申し訳ございません。私はこの国の者ではありませんし、貴族の生まれでもございません。そのようにフィッツロイ様に名前を呼んでいただける立場の者ではないのです」

「まあ」

「僅かばかりの知識がフィッツロイ様のお役に立てましたなら光栄に存じます。勝手にお声がけしてしまいまして申し訳ございませんでした」


あ、そういうこと?身分が違うよってこと?

下げられたままの頭をじっと見つめた。


「…私もそんな大層な生まれではないのですけど」

「お嬢様」


メイの呼びかけに頷いて応える。オーケー、この話はこれ以上言っちゃダメね。


「でもサイキ様は友人でも公爵家の使用人でもありませんし、年上でいらっしゃる。何より私ができないことをできるのですもの、敬意を払うことはそんなにおかしなことでしょうか」


メイはしばらく何も言わなかったが、深くお辞儀をした。ははは、これぞ正しい立場を笠に着た圧力というやつですね。


「ああ、立ってくださいませ。サイキ様はシンバラ語に堪能でいらっしゃるの?」

「た、堪能というわけでは…。一時期滞在していたことがございまして、その際に少し…」

「そうですか!さすが中央書籍館、働かれている方も優秀なのですね」


さっきちらりと聞いたジャウやらジェイやらの発音はなんとも美しかった。少し、なんて謙遜だろう。

その思いで微笑めば、サイキさんは困り果てた顔で首を振った。


「サイキ様、お仕事のお邪魔をしてしまって申し訳ないのですが、また困ったときはご相談しても良いでしょうか」

「は…私は部屋付きですので、皆様のご都合がよろしいように」

「ありがとうございます!早速なのですけど、先ほど仰っていた貴族名詞についてお聞きしたくて…」


こうして、私は完全なるゴリ押しでシンバラ語の臨時講師をゲットしたのだった。


いやあ、サイキさんにはいい迷惑だろうが助かった。

正しくシンバラ語を習得したいというなら専門家による講義をお願いすべきなのであろうが、もうしばらくすれば次の授業も開かれる。シンバラ語は"ある程度"でいい。

それについ最近ご当主様の圧迫面接を終えた身としては、おねだりが少しばかり憂鬱だったもので。公爵家を通さずにご相談できるならそれに越したことはないのだ。


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