招待状
「旦那様、コーネリアお嬢さまがいらっしゃいました」
「入りなさい」
クライヴに促され、ご当主様の書斎に足を踏み入れる。
静まり返った空気に、食堂での温かな時間で火照った頬が瞬時に冷えた。
ご当主様は机に寄りかかり腕を組んでいた。厳しい顔で下を見つめていらしたが、小さく息を吐くとこちらを見た。
え、めっちゃこわいんですけど。
ご当主様への御目通りは私にとって圧迫面接に等しいが、今回はまた随分とご機嫌斜めだ。
「第三王子とは、バウムハルト卿の授業でご一緒していたか」
「…そうですね」
「親しくお付き合いを?」
「いいえ」
ご当主様の眉が上がるのが分かったが、もう一度いいえ、と答える。
それとも、初日にご挨拶したきり直接お話したこともない状態を貴族の間では親しくお付き合いと呼ぶのだろうか。
一転不安に思って尋ねれば、ご当主様はふむ、と机に広がった手紙を手に取った。
「…第三王子の名でお前宛に招待状が届いている。国王陛下の誕生パーティだ。聞いていたか?」
「いいえ。先ほども申し上げましたが、会話の機会もありませんので」
「まあ聞いていればメイが何らかの報告をあげるか」
手に持った手紙をこちら側に向けるので、そっと近づき受け取った。
手触りのいい高級そうな紙面には、ご当主様が言うように国王陛下の誕生祝いへのご招待云々が書かれていた。文末の署名は確かに第三王子の名だ。
「主だった家に声をかけてらっしゃるのでは?」
「各家はそれぞれ招待されている。それとは別口だ。王家のことだ、妙な思惑があるのだろうが」
苦い声に、ご当主様がこの招待を面倒に感じていることを察する。
「王家の名で来た以上、この招待は断れん。お前も出席の準備をしておくように」
「はい」
とりあえず頷いたが、準備って何だろう。
衣装とか?でもドレスもアクセサリーも身に着けたことのないものがたっぷり残っている。ご挨拶の練習かな。
あとでクライヴに聞いてみよう、と静かに礼をして部屋から出るときに、ご当主様にコーネリア、と呼びかけられた。
「はい」
「先日、バウムハルト卿の授業を見に行った。熱心に学んでいるようだな」
「いえ、浅学の身に恥じ入るばかりです」
「書籍館にも通っていると聞いている」
養子の行動さえもきちんと把握していることに驚くとともに納得する。引き取られて一年、信頼されているとは思っていない。
目を光らせているぞ、ということだろうか。
「ご迷惑でなければ、今しばらく続けさせていただければと」
「構わない。ただ、書籍館はあらゆる身分の者が集う。道中含めメイの傍から離れるな」
「承知しました」
個室を嫌がったこともばれているんだろうな。ひえ。
精一杯の神妙な顔で御下命を拝していると、恒例のご質問を受ける。
「なにか、欲しいものはあるか」
「いいえ、学びの場をいただけただけで充分です」
こちらも恒例の返答だが、これは半分本当。
バウムハルト氏の授業はちょっとやりすぎとは思うけれど、知識は紛れもない力だ。そして金や権力によって優先的に得ることができる知識がたくさんある。公爵家でお世話になるにしても、この家を出て旅をするにしても、ここで学んだことはきっと無駄にはならない。
まあ、この張り詰めた空気の中で大貴族の頭領相手にどんな顔で何を強請ればいいんですかねぇ、という捻くれた気持ちがあるのも否定はしないが。
いやしかし、そんなご当主様のような方が実際のお気持ちはどうあれ、身元不確かな養い子風情に気を配っているという事実こそが、私の今の何不自由ない生活を守っている。
アルバート様やフレドリック様、使用人のみなさんが私に気遣ってくれるのも、ご当主様の明確な意思表示があってこそだ。やはりここは感謝一択だろう。
ああ、ご当主様がじっとこちらを見ているのが分かる。視線が痛い。
「…まあいい。何かあればメイかクライヴにでも言うがいい」
「ありがとうございます」
目を見れないまま、今度こそ静かに退室する。
扉を閉めてようやく威圧感が立ち消えた。まあすぐそばにクライヴがいるから気を抜けないのだけれど。
「お嬢様。パーティの準備はまた後ほど相談いたしましょう」
幼児なもので、一人で階段の昇り降りをすることは許されていない。先に部屋へ戻ってもらったメイの代わりに自室まで送ってもらい、部屋の扉の前まで来たとき、クライヴに声を掛けられ頷いた。
「ありがとう。全然分からないの、こちらこそよろしくお願いします」
「喜んで」
胸に手を当てたきれいなお辞儀ににっこり笑うと、部屋に入る。
ご当主様との会話は幼児らしからぬものだったと気づいたのはベッドの中だった。
いやだって、ご当主様怖いんだもん。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。




