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腰掛け公爵令嬢のモットーは  作者: nobu
王都 御令嬢いちねんせい編
7/70

フィッツロイ家の晩餐

マナーレッスンや基礎教育の授業のかたわらに時間を見つけ書籍館に通っているが、どうにも課題は進まない。

気分転換に前回の課題の赤ペン回答を確認したら、ダメ出しのオンパレードで心が挫け、今日はいつもよりも早めに屋敷へと戻ることとした。


「お嬢様。旦那様がもうすぐお戻りになるそうです。晩餐を一緒に、との仰せです」

「まあ…ご当主様が。分かりました。準備をお願い」

「承知しました」


部屋についてすぐ、屋敷の使用人に声をかけられたメイがそう告げた。

朝食と違って一同が揃いやすい夕食は基本的に部屋に運んでもらうことが多いが、ご当主様の仕事が早く片付いた日などはこうしてたまにお声がかかる。

気を遣わせて申し訳ないと思うし、私も気を遣うばかりなので非常に疲れるが、貴重な情報収集の場でもある。


「ご当主様は外出されていたのね」

「ええ、王城に。…そういえば、先日のバウムハルト氏の授業もご覧になってらしたと伺いました」

「…そうなの?気が付きませんでした」

「お部屋には入られなかったそうですから」


晩餐用のドレスに着替え、メイが丁寧に髪を整えるのを鏡越しに眺める。蒸らしたタオル、気持ちいい。


公爵家に仕えるメイドなだけあって、メイは余計なことは言わないし表情にも出さない。当初はあまりに表情が崩れないものだからロボットか何かかと疑ったけれど、流石に一年一緒にいたからその無表情からも読み取れるものがある。

丁寧に香油をつけ、髪を梳るその目には普段にはない熱がこもっている。

仕える令嬢の身なりを飾り立てることはメイドの本懐なのかもしれないが、特にメイは肌だったり髪だったりをケアするのが楽しそうだ。

その対象が自分なのが誠に申し訳ないが、私に仕えるという罰ゲームのような仕事のなかで少しでも楽しみを見出してくれているなら正直助かる。


「準備が整いました。少し早いですが食堂へ向かわれますか」

「ええ」


この界隈では、高位であればあるほど女性は遅れて来るものらしいが、少なくとも私は重役出勤に耐えられる心臓をしていない。準備が整ったならさっさと行くことにしている。

ああ、そうだった。


「メイ、きれいにしてくれてありがとう」


挨拶と感謝の言葉は人間関係の潤滑剤だ。

いつもの如く声をかけると、メイもいつものように深くお辞儀を返すのだった。



食堂に行くとアルバート様とフレドリック様がすでに席についていた。

先日の朝ぶりだ。あの時のように長話にならないよう返事には気を付けなければ。


「やあ、コーネリア」

「我らが妹は変わらず麗しいな」

「…ありがとうございます」


軽くひざを曲げ、挨拶をする。

晩餐に呼ばれるのは私のマナー習得状況の確認も兼ねているようで、メイや家令のクライヴの視線が常に突き刺さっている。色々ぷるぷるしそう。

それを知ってか知らずか、私のカーテシーを見てアルバート様もフレドリック様も微笑ましそうにうんうんと頷いた。

メイが引いた椅子に座ると、フレドリックが身を乗り出した。


「そういえば、コーネリアは最近書籍館へ通っているんだってね。オーガストが君を見たって言っていたよ」

「オーガストこそ書籍館へ一体何の用だ?明日は嵐かな」

「俺も同じこと言った」


たまにお名前を聞くオーガスト様はフレドリック様のご友人だ。お屋敷へ遊びにいらしたこともあって、その際にご挨拶をした覚えがある。


「カザン・バウムハルト氏の授業がとても難しくて」

「ああ、そうか。コーネリアはカザン先生の特別授業を受けているのか」


苦笑いを浮かべるアルバート様に対し、フレドリック様はうんざりとした表情を隠そうとしない。

わあ、その気持ち分かります分かります。


「メイはこの子について行ったんだろう?最近はどんなことをやったんだ?」

「シンバラ語で数学を教授されていたようです」

「それはまた…」


メイの答えに二人はそろって顔を顰めた。


「ご一緒しているのは第三王子か。思いのほか優秀な方なのかもしれないな」


アルバート様の言葉にフレドリック様が頷いた。

第三王子、と言われ、初日の顔合わせで見た菖蒲色の瞳を思い出す。優しい赤みのある紫。ぶっ飛んだ授業も毎回背筋を伸ばして聞いている。

しかしこの会話からして、主役に合わせて授業の難易度が変わるということか。今後が増々憂鬱だ。


「課題も楽じゃないでしょ。行き詰ったらおいで」

「教えられるほどシンバラ語が堪能だったか?初耳だが」

「やだなあ、兄上。教えるんじゃなくて、息抜きを手伝うんですよ」


悪戯ぽくウィンクをするフレドリック様に、アルバート様は大げさにため息をついた。そんな二人を見て、クライヴをはじめとする使用人たちもにこにこしている。

私の日常会話を苦手とする雰囲気を察してか、アルバート様もフレドリック様も使用人を交え話を振ってくれたため、ぎこちないながらも会話は続いた。こういうところ、本当に紳士だなと思う。我先にと自己主張を繰り返す高位貴族のお坊ちゃんたちとはさすがにキャリアが違うわ。


そうして暫く歓談をしていると、奥様をエスコートしたご当主様がいらっしゃって晩餐が始まった。

晩餐とはいっても和やかなものだ。奥様がクローディア様の様子を語り、アルバート様とフレドリック様が微笑んでご当主様が相槌をうつ。私も微笑みながら頷く。

もうすぐクローディア様のお誕生日だそうで、お祝いは何にしようか、という話題で盛り上がった。


晩餐を終え、ご当主様が奥様をエスコートし食堂を出られるのを見送る。

アルバート様とフレドリック様へご挨拶し私も退席しようとしたとき、家令のクライヴがそっと近づいた。


「コーネリアお嬢様。旦那様がお話ししたいことがあると、書斎でお待ちです」


えええ、なんだろう。


読んでくださって有り難うございました。

少し早いですが、良いお年をお過ごしください。

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