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腰掛け公爵令嬢のモットーは  作者: nobu
王都 御令嬢いちねんせい編
6/70

惨敗

バウムハルト氏が退室すると、おこちゃま達は一斉に第三王子のもとへ集まる。


「殿下、いい茶葉が手にはいりましたの。このあといっしょにお茶をいたしませんか」

「それはいいですね!ぜひ私もごいっしょしたい!ああそうだ、わが屋敷にはあたらしい馬がとどきまして」

「馬なんて殿下は興味がないだろう、南方からめずらしい書物を手に入れております、ぜひ」


やはりおうちの人に仲良くなるよう言われているのだろうか。みんな毎回あの手この手で第三王子の気を引こうと一生懸命話しかけている。

なかでも、侯爵家のお嬢さんは大きな瞳がエメラルドのように煌めいていて、ほっぺたがピンクに上気している。全身からスキスキオーラが溢れている。健気すぎる。なんてかわいいのだろう。


「お嬢様」


メイに声を掛けられ、はっとする。あまりにもいじらしくて、うっかり見入っていた。


「ごめんなさい、行きましょうか」


メイに荷物を持ってもらい、いつものようにそっと一団とそのお付きの方々にお辞儀をしてから退室する。

我ながら可愛げのかけらもないな。


「このあとは書籍館に向かわれますか」

「ええ。今日で終わらなかったら、また日を改めます」


記憶が残っているうちにシンバラ語の読解に少しでも取り掛かりたい。三十余年の下駄を履いても真っ赤に染まる答案用紙を見れば、手抜きなどできようはずもなかった。

6歳児だけど、ため息つきたい。つかないけど。

腕をぐるぐる回したり、首をごきごきならしたい。やらないけど。


ぽてぽてと王城の中を歩く。

大陸でも有数の蔵書数を誇るという中央書籍館は王城に隣接して建てられている。

とはいえどちらもとんでもなく広いため場所によっては行き来するのに馬車が必須だったりするが、今回授業を受けた部屋は城の端の離れにあった。少し歩けば書籍館へ通じる小路に出ることは確認済みだ。

高位貴族の子女ともなると、ある程度成長するまで外を歩くことはそうしないらしく、フィッツロイ家に引き取られてからというものどうにも運動不足で困る。少しでも体を動かさなければ。


書籍館に到着し、受付に向かう。


「コーネリア・フィッツロイ様ですね。双樹の間をご用意しております」

「ありがとう」


城の隣にあるだけあって、ラグジュアリーなサービスも行き届いている。

中央書籍館はありとあらゆる立場、人種に開かれた施設でもあるため、高位貴族が気兼ねなく利用できるよう個室も完備されているし、会員制の広間もあるのだ。

双樹の間はフィッツロイ家ご用達の個室らしいが、やりすぎなほど装飾された豪奢な室内ははっきりいって本を読むにも勉強するにも向かないと思う。けれど個室なんていらない、開架エリアの共有スペースでいい、と言ったら、普段無口なメイに「お嬢様はフィッツロイ家のご長女であらせられます。そのご自覚はお持ちですか」と一刀両断された。ぐうの音も出なかった。


部屋付きの従僕にシンバラ語の辞書と文例になりそうな書物を持ってきてくれるよう頼む。

これも自分で本を取りに行く、と言いかけたらメイが「お嬢様は…」と言い出したので、それ以来お願いするようにしている。書籍館に勤めている従僕さんなだけあって、要望を汲んでこの広い書籍館のなかからぴったりの本を選んでくれるから、結果としてとても助かっているのだが。



渡されたテキストと殴り書きのメモ、辞書を見比べしばらく経った。


だめだわ、分かんない。


許されるならテキストをばーっと放り投げてうががががーって叫びたい。

叫ばないけど!許されないからね。分かっています。


「お嬢様、お茶はいかがですか」

「…いただくわ。ありがとう、メイ」


がっくりきて、ソファへ移動する。


残念ながら、解読は順調とはいかなかった。

あたりまえだけど、独学での外国語の習得、甘くない。代数学の基礎知識があるからと、スペルも分からなければ文法も分からない言語を、よくどうにかできると思っていたな…。

時間をかけて必死に読み解いた内容が、一桁同士の足し算を求める文章問題だった時の絶望よ。


お茶と昼食代わりのお菓子をいただきながら、往生際悪くテキストを眺める。


「これは単語の最後にこれがついていて…47でしょ、これは…」

「お嬢様、今日はこれくらいにしては?」

「うーん、もう少しだけ…これは後置詞でしょう、じゃこれは」


だめだ、わかんない。授業についていくための授業がほしいよ、心から。


結局、その日中に課題が終わることもなく、潔く諦めて帰路についた。

借りた文献は部屋付きの従僕に返しておく。残念なことに、館外への持ち出しは何人たりとも許されていないのだ。しばらくは書籍館通いが続くだろう。


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