現役冒険者による冒険者裏話
「見習いなんてあるのね」
ラッタラッタ氏は私の小さな呟きを拾って首肯した。
「徒弟の制度は各ギルド取り入れている仕組みですね。どこも若い戦力は率先して確保しておきたいものですから」
「そうなのね。見習いをしていたら冒険者になりやすいもの?」
「私の場合は見習い期間で様々な下積みを経験できましたから、冒険者として活動を始めた際には随分やりやすかった記憶があります」
獲物の追い方や捌き方、野営の組み方、良心的な商店など、多くのノウハウを学んだらしい。
気難しい人も多かったが、それでも受け入れ先に恵まれたのだとラッタラッタ氏は懐かしそうに笑った。
荒くれた男たちのパーティに下っ端として入るのだ。言うほど順風満帆という訳では決してなかったろうが、それを笑って話せる辺りにこの人の懐の深さが窺える。それとももう過去の話となったということだろうか。
とはいえ、興味本位で深掘りするのも躊躇われたので頷くだけに止めた。
「冒険者ギルドに加入するためには所属の異なる複数名からの推薦が必要なのですが、私は見習いの時に知り合った冒険者の先輩たちに推薦してもらいました。人の縁は見習いの利点の一つかもしれません」
「まあ。私は詳しいことは勿論存じ上げないけれど、皆が皆そうではないでしょう。ラッタラッタさんの働きやご人徳が大きく認められてのことではないかしら」
ラッタラッタ氏はいやいや、と照れた顔をしたが紛うことなき本心である。
ギルド会員証は身分証としても有効だ。
数多あるギルドの中でも冒険者ギルドの会員証はそれほど信頼度の高いものではないらしいが、それがあるだけで通行可能な関所が格段に増えるし各種物品の売買ができるようになる。
等級が上がれば一部税の減額や非公開区域への立入許可などいくつかの優遇措置さえ得られるという。
悪意を持った利用や利益の不当享受を少しでも防ぐため他薦のシステムをとっているとのことだが、恐らく推薦した者が何らかの悪事に手を染めたことが明るみになった際には推薦者にもペナルティが生じる仕組みがあるはずだ。そうでなければ抑止力とはなり得ないし。
そんなデメリットもあるなかで15歳早々に推薦人を得られたというのは、それまでの彼女の姿勢や意欲、力量が十分に評価された故と考えられた。
少なくとも、私には同じことをできる気がしない。
「所属の異なる推薦ということは、同パーティ内の幾人もの方に推薦していただくことはできないのよね?いくら見習い制度があっても、15歳で正式に冒険者として認められる方は余りいないのではない?」
しかし、推薦人が必要とはなかなかヘビーな条件だ。余所者の身で信頼を勝ち取るのは想像だけで険しい道のりな気がする。
実際のところどんな難易度なのか気になって聞いてみると、ラッタラッタ氏は小さく首を振った。
「推薦人に関してはいざとなればギルドの職員がいますから、悪辣なことをしでかさなければ達成は難しくありません。とはいえ、冒険者としての適性を見る試験もありますから容易に得られる資格という訳でもないのですが」
なるほど、余所者でも受け入れる余地はあるようで安心した。
そして適正試験という言葉に興味が惹かれる。
「適正を見る試験もあるのね。どんなことをするの?」
「受験者によって変えているようですが、例えば武器の扱いを見たり、複数人で一つの仕事に取り組んだり。冒険者はどうしても荒事が多いですから、自分の身を守れるくらいの力量や度胸があるかを見ているのだと思います」
「ラッタラッタさんは弓の名手と伺いましたわ。やっぱり弓の腕を披露されたのかしら」
そう尋ねると、彼女はオーバーに肩をすくめて見せた。
「弓も剣も罠も薬もありとあらゆる手札を見せました。今となっては反省しきりですが、何分若かったものでギルドに言われるがまま全てを申告し、全て披露してしまいまして。後日、タチの悪い連中に隠し剣の存在を知られていて青褪めました」
ギルド、ガバガバじゃないか。
ラッタラッタ氏のどこか戯けるような言い方がおかしく笑ってしまったが、当時のラッタラッタ氏としては笑えなかったろう。
「ギルドとしては会員の力量を可能な限り正確に把握しておきたい。冒険者としては可能な限り情報を秘匿したい。その辺りは立場の違いもあって永遠の攻防かもしれませんね」
「とても興味深いお話ね。ラッタラッタさんも隠し玉を持っていらっしゃる?」
「さて、どうでしょう」
に、と唇の端を持ち上げた笑みの格好いいこと!
ひゅー!と囃し立てたくなってしまう。やらないけどね。
その他にも、新人だった頃の失敗談やガイ氏との出会いをユーモアを交え語ってくれた。
半ば自棄になって始めた会話だったが、いつの間にやら引き込まれていた。
ラッタラッタ氏のハスキーな声は魅力的で、話も軽妙なのだ。淀みのない語り口は話慣れているが故だろうな。
「そういえば、先日泉で年若い男の子を見かけたわ。彼は暁光の翼の新人さん?」
話題が落ち着き二杯目のお茶に口をつけた時、そんなことを聞いてみた。
少し緊張…。
本当は今の時点で聞くつもりはなかったのだけれど、思いの外悪くない雰囲気にこれならと欲が出たのだ。
ラッタラッタ氏はきょとんとした顔をした後、納得したように頷いた。
「先日の探索に同行した面子で若いというと、ジルかテッドでしょうか。二人とも成人して早々冒険者資格をとった者たちです」
「濃い色の髪をしていました。大きな剣を持っていて」
少年の特徴を思い返すと胸が少しだけ騒めく。
胸元に手を押し当てると、人肌で温まった月葉草の香りが鼻先を掠めた。
「その条件でしたらジルですね。…何か、あいつが失礼をしましたか」
さっと顔色を変えたラッタラッタ氏に、なんて事ないように笑いかける。
「まさか。大人に混じって立ってらしたから目を引いたの。あんなに年若いうちからご立派だなと」
「そうですか…それなら、よかった。どちらも才能の塊みたいな奴らです。まだ礼儀もなにもあったものではないのですが、いつか若様たちにもご挨拶させていただければと思っているんです」
「あなたがそう仰るのなら、きっと余程なのね」
ジル!あの子はジルって名前らしいよ!
私は先程と変わらぬ表情を保てているだろうか。
内なる半身に引き摺られてぎんぎんに高揚する気分をそのままにはできないから、再度月葉草の香りでぶん殴る。
まあ名前が知れただけでも大きな一歩だと思っておくれよ。
年若い二人の冒険者見習いの話を聞きながら、ふと苛烈なものになるであろう次の半身との鬼ごっこに思いを馳せた。
いや、逃げられない恐ろしい未来よりも、楽しい今だ。
それを逃避と呼ぶことは、勿論承知の上である。
「ご不快な思いはされませんでしたか」
練兵場へ向かう彼らと別れ、自室へ戻る道すがらにクライヴがそう尋ねた。
「ラッタラッタさんは心根の素晴らしい方ですね。たくさんのお話が聞けてとても楽しかった」
「それはようございました。坊ちゃん方は折角城に呼んだお気に入りの友人をお嬢様にご紹介したかったようで」
「…そう」
…まあちょっと驚いたけど、あの後のお二人の言動には含むものなどないようですっかり毒気が抜けてしまった。
いや別に冒険者への興味なんて推察されていたとしておかしくない、と思おう。御令嬢としては多少珍しい類かもしれないけれど、まだセーフ。
興味を持っていることと冒険者を目指すことは繋がらないはず。まあ仮に疑惑を持たれていたって、こんな子供の考えること、実現性的には「将来は戦隊ヒーローの赤になるんだ!」と同レベルに思われるのでは。
もやもやと考え込みながら、そのまま言葉少なく部屋の前まで送ってもらう。
それじゃあと背を向けようとした時、クライヴがそっと顔を寄せた。
有能な家令のテクニックで、私にしか届かないような密やかな声が思いもしない特大の爆弾を落とした。
「お嬢様。成人の暁には、フィッツロイ家と騎士団から推薦状をお出ししましょう。ですから、見習いのために早々に城を出るなどということはお考えなさいませんように」
「………………え?」
「お体が今少し大きくなられましたら野営も弓術も剣術も、人の世に則したものをお教えいたします。お忍びでの城下の町歩きも坊ちゃん方が企てるでしょうから、その際には商店の目利きも詳しいものがお伝えします」
「……………………」
「お心安くお過ごしいただければ」
それでは、と美しい礼を見せたクライヴの背をそのまま見送る。
私は気がついたメイが廊下に出てくるまでずっと、自室の前の廊下で立ち尽くしていた。
あまりの衝撃に思考停止していた私が己を取り戻したのは、翌朝の自室のベッドの上でのことであった。途中の記憶は断片的であることが、受けたショックの大きさを物語っている。
それから暫くの間、私は何某かを知りすぎている家令の影を見るたびに発作のように沸き上がる逃避の衝動と戦うこととなる。
毛を逆立てた小動物のように警戒を露わにする私の姿を、当の家令がくつくつと笑いを噛み殺しながら楽しんでいたと知るのは随分後になってからであった。
確信犯!!




