暁光の翼
小さな棚、机と椅子。
必要最低限の調度品が置かれた室内は広さのわりにみっしりとした圧迫感がある。窓が小さいからだろうか。
フレドリック様に背を押されるまま部屋へ足を踏み入れる。
御当主様の姿がないなと思っていると、内から扉を開けてくれたクライヴがそっと頭を下げた。
「…旦那様はご挨拶がお済みになりましたので晩餐までの間執務室へお戻りに。こちらの皆様は、歓談の後練兵場へ向かう予定となっております」
客人たちには聞こえないが私にははっきりと伝わる絶妙な技だ。スーパー有能な家令である。
クライヴに目配せで謝意を伝えると、席についてこちらを見つめる一団に歩み寄った。
楽しそうに笑みを浮かべたアルバート様が手を上げた。そっと視線を伏せ腰を落とす。
「ガイ、ラッタラッタ。紹介するよ、妹のコーネリアだ」
「コーネリア・フィッツロイと申します。御勇名はかねがね」
できる気はしないがもっとフレンドリーに行った方が良かっただろうか。戸惑っているのが伝わる。
狼狽しながらも立ち上がる気配がした。
「あー…丁寧な挨拶痛み入ります。暁光の翼という名で冒険者をやっているガイ、こっちはラッタラッタです」
「ラッタラッタと申します。お目にかかれて光栄です、フィッツロイの姫君」
視線をずいと上げれば、ガイ氏が困ったように首に手を当てていて、それをラッタラッタ氏がどこか呆れを滲ませた横目で見ていた。
しかし近くで見ると本当に背が高いな。
お二人とも武装していないからこそ首や腕、腹、足もぱんぱんに張っているのが分かる。群れを率いる獣の長のような力強さだ。
袖と胸に刺繍が施された薄手の上着に艶やかなネッククロスを揃って巻いているが、特にガイ氏は首元がやや緩んでいて、この大男にとっては礼装というのは大層窮屈だったのだろうなと容易に想像できた。
そんなことをつらつら考えながら目の前の肉体の見事さに見入っていると、益々大男は居心地悪そうに身動いだ。しまった、不躾だったか。
慌てて視線を下げる私を後目に、向かいに座るアルバート様はおかしそうに笑みを溢してガイ氏を見やった。
「なんだ、ガイ。魔猿の群れ相手にも退かぬお前が、らしくもない」
「いや、若様。そうは言っても」
「ふふ。フィッツロイの宝玉を目にできたこと誇るといいよ。迂闊に口外したら死んだ方がましな目に遭うけどね」
フレドリック様の不穏な発言に、ガイ氏は途端に嫌そうに顔を歪めた。
「…これは信用して頂けて喜ぶところなのか儚むところなのか」
「勿論喜んでくれていい。こうしてこの子が挨拶するのは限られた者なのだから。…おいで、コーネリア。フレッドも椅子を。お茶を淹れ直そうか」
「御用意致します」
クライヴの一声に後ろに控えたメイドがてきぱきと茶器を片付け、そして流れるように新しいお茶が運ばれてくる。
私も流されるままアルバート様の隣に座り、その更に隣にフレドリック様が陣取った。
困ったように立ち尽くすガイ氏とラッタラッタ氏を再び席につかせ、場に淹れたてのお茶の香りが満ちた頃アルバート様が再び口を開いた。
「コーネリアはガイとラッタラッタを見たことがあっただろう」
「はい、泉の散策の折りに。直接お話しするのは初めてです」
そう答えると、ガイ氏の片眉がわずかに上がった。
「泉の散策というと」
「ああ、私と一緒に来ていてね。さすがに血濡れのお前らに会わせるにはまだ早いだろう?フレッドと遠目から見学させていた」
「…お貴族様の教育方針に口を挟む気はないですが、平民だって十にも届かない子供を探索帰りの俺らに近づけようとはしませんよ」
「なにを。十に満たぬ私たちがお前と出会ったのはまさにその探索帰りだったろうに」
「そう…でしたっけね」
軽妙なやり取りを聞きながら、本当に付き合いが長いのだと感心した。
やや気崩された格好も、もはや雑さが隠れていない口調も、打てば響くような言葉の応酬も、それをアルバート様やフレドリック様だけでなく部屋にいるクライヴや騎士たち、メイドまでもが受け入れているようだった。
私がフィッツロイ家に引き取られるにあたって家人が大きな混乱を表に出さなかったのは、こういう下地があったからなのかもしれない。
メイも言ってはいたがやはり特異な家だと思っていると、唇の端を上げたフレドリック様と目が合った。
「この子は冒険者に興味を持っているんだよ。珍しいだろう?」
見せびらかすような物言いに、喉がこくりと音を立てた。
笑みを浮かべたままの唇の端が痙攣を起こしそうだ。
冒険者稼業への関心…そういえば、泉の散策の折にもアルバート様が指摘していた。
相対した客人二人が驚いた表情をしているのに対し、アルバート様も表情を変えていない。
やはり、同様の認識があったのだろう。
特段大っぴらにしたつもりはなく、どちらかというと隠し気味にしていたはずなのだけど…。
なぜ知られているのか、どこまで知られているのか分からず、カップを持ち微笑む私の横で会話は進む。
「多少血生臭くてもいいから面白い話はないのか」
「…酒の肴やら坊ちゃん連中を相手にしたことはありましたが、こんなお姫様へ話を請われたのは初めてだなァ」
「そうなのか?茶会に行けば妹よりも年若い娘だって古森の話を聞かせて欲しいと強請ってくるものだが」
「そりゃ古森の話じゃなくてあんたの話を聞きたいんだろうに」
「兄上との会話を弾ませるためには魔獣討伐の話を持ちかけろって出回ってそうですね」
固まったまま会話をそれとなく聞いていた私に、向かい側からそっと低く優しい声がかかった。
「…姫様は、古森がお嫌いではありませんか」
顔を上げると、ラッタラッタ氏が日に焼けた顔にわずかに笑みを乗せてこちらを見つめていた。
「…いえ、嫌いなど。古森は命の源です」
「そうなのですね。良かった、私共にとっても古森は恵ですから」
その二、三言がきっかけとなったのか、少し遅れて頭が回りはじめた。横ではアルバート様とフレドリック様がガイ氏と話を続けている。
こちらはこちらで話していいということだろうか。
困惑しつつも、同性の、しかもトップ冒険者と話せるチャンスだと姿勢を正した。
「ラッタラッタ様は、お幾つの時に冒険者の道を歩まれたのですか」
「姫様、私の事はどうかお呼び捨てください。そんなに丁寧に遇していただけるような上等な生まれでも育ちでもありませんから」
「…では、ラッタラッタさんと呼ばせてください。ラッタラッタさんも、コーネリアと呼んでくれますか」
そう言うと、ラッタラッタさんは少しきょとんとして、それから焦茶の瞳を弛ませた。
「ええ、コーネリア様」
ハスキーで甘やかな声に名を呼ばれ、照れて言葉尻を崩した。
「有難う。ねえ、ラッタラッタさんはいつ冒険者の道に?」
「正式に冒険者の資格を得たのは15の時です。規則で決められているのですよ。ただ、見習いとしてパーティについて回ったのは12くらいからでしたが」
「15歳ですか」
おお、思わぬ事実。年齢制限があるのか。
15ということは少なくともあと八年は冒険者になりたくともなれないということだ。
ショックといえばそうだけど、具体的な数字が事前に分かって良かったと思うべきか。




