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腰掛け公爵令嬢のモットーは  作者: nobu
公領 ガーデナー見習い編
53/70

七つの女の子

「明日、冒険者達が登城するそうです」


メイの言葉に、カップを持つ手が止まった。


「お嬢様もご挨拶するようにと旦那様が」

「そう。どんな方達がいらっしゃるの?」

「暁光の翼というパーティから甲種の冒険者が二名と聞いています」


暁光の翼、あのピクニックで出会った人たちだ。そういえばアルバート様が彼らを城に呼ぶと言っていたな。


あの子に繋がる者たちだと気付いた途端にさわさわさわと昂る感情に気付く。

でも残念ながら、甲種の二人ということはあの時フレドリック様が言っていた男女二人のことだと思うよ。

なんだっけ、ガイさん?


そう言い聞かせると、なーんだ、とでも言うように盛り上がる力が急に大人しくなった。

現金なやつだなあ。


「お嬢様?」

「…なんでもないわ。何か準備が必要かしら」

「いいえ、ご挨拶だけで構わないかと。旦那様と謁見の後そのまま晩餐を共にするとのことですが、お嬢様は晩餐には出席される必要はないとの仰せです」


わかりました、と頷く。

あの子はいないようだが、まあ念のため精油を染み込ませた手巾でも携帯しておこう。

御当主様の前で間違っても暴走などしたくない。圧迫面接どころの話では済まなそうだ。


そんなことを考えていると、メイがこちらを伺うように声を潜めた。


「…お嫌ではありませんか」

「え?」

「先日の散策でご覧になった通り、冒険者とは今までお嬢様がお付き合いされてきた方々とは比べるべくもなく粗野で血に濡れた者たちです。お嬢様は確かにフィッツロイ家に連なるお方ではありますが、未だ多くのことを学んでいらっしゃる最中でもあります。忌避するお気持ちが少しでもおありでしたら、無理を押す必要などないのです」


いつも通りの無表情だが、何かを押し殺したような声音である。

随分と口数が多くなった私付きのメイドの顔をまじまじと見つめた。


「心配してくれているの?」

「…差し出がましい口をききまして申し訳ございません。旦那様も坊ちゃん達も、お嬢様が七つの女の子である事を時折お忘れになっているように感じられましたので」


七つの女の子、なんて改めて言葉にされると違和感が物凄い。その辺り私も忘れていることがあるからなぁ。いや、正しいのはメイの方だよ。気遣ってくれて有難う。

そしてだからこそなのか、どうやらメイは冒険者との面通しに否定的らしい。私がショックを受けないかを心配しているみたいだ。


「貴族の子女は、あまり冒険者とは親しく接しないものなのかしら」

「フィッツロイ家は特異な例です。他家より嫁いでこられた奥方様は一度として彼らにお会いになった事はありません」


すぱっと言い切ったメイは、表情を変えずに言葉を続けた。


「お嬢様もいずれはそういった場に立ち会う必要が出てくるやもしれませんが、成人に満たないお嬢様がわざわざ一介の冒険者を相手に挨拶に出向くというのは常識的ではありません。そもそも今は勉強中の身、そう仰ってお嬢様に近づく貴族家を跳ね除けておきながら何故よりにもよってあんな乱暴者達と引き合わせようとするのか」

「メイ、落ち着いて」

「旦那様達は『ついでだし会わせておくか』程度の軽い判断をされたのでしょうが、配慮不足と言っていいでしょう。やはりいくら旦那様の仰せといえどあの場で切り捨てるべきでした」


雇い主の指示を切り捨てちゃまずいでしょうよ。


思い返してみれば泉の散策の時も冒険者の近くに向かうことにメイはいい顔をしなかった。

私は結構楽しみにしているんだけど。将来の稼ぎ口だからね。

とりあえず心配することはないと硬い表情のままのメイの手を取り笑いかけた。


「大丈夫よ、メイ。血塗れの刃物を持ったままいらしたらびっくりするかもしれないけれど、きっときちんとした服装をされるでしょうしお城に入るときには武器も預けられるのでしょう?それなら何も怖くないわ」

「…そういう話ではない気が」

「そういう話よ。それに忘れてしまったの?引き取られる前は私も生き物を狩って暮らしていたし、孤児院にいた子供たちの中には冒険者を目指していた子もいたわ。高位の冒険者なんて、ちょっとした英雄のようなものよ」


そう言うと、メイは困ったように少しだけ眉を下げた。


「…私はご一緒できませんが、家令のクライヴがお側にいるはずです。旦那様も坊ちゃん達も心の機微に疎い方たちですから、もし少しでもお気持ちが翳りましたらクライヴをお頼りください」

「そうね、有難う」


私は寧ろ雇い主とその子息をそこまで扱き下ろす貴女が心配だよ、メイ。


そうは口にせず、微笑んだまま頷いた。




はてさて、明日にそんなイベントがあるのであれば念のための準備を進めよう。

先だってクリーム作りで消費した月葉草の葉の精油を作り足すのだ。


今や私のガーデンルームの一大勢力と化した月葉草の葉をほんの一部を残してすべて摘み取る。

さすが庶民の味方というべきか、こうして丸裸にしても数日もすれば新芽がにょきにょきと生えてくる。素敵すぎるな、月葉草。


蒸留器に葉を突っ込み水蒸気蒸留を進める。

抽出した精油は小瓶に落とし入れ、小瓶ごと密閉箱にしまう。一回にとれる精油の量なんてほんと雀の涙みたいなもの。抽出しては採取し、また抽出、と回数をこなして量を稼ぐ。


ちなみに小瓶をしまっているこの厳つい箱であるが、ちょっとよく分からない最新技術によって水分の揮発や光による劣化を著しく抑えるスーパー密閉機能がついているらしい。

やばい高そう。アルバート様から誕生祝いにと頂いたものだが、まあ有り難く使わせていただいている。


こぽこぽと蒸留器内の水が沸く音が響く。

ガーデンルームに月葉草の香りが広がっている。なんともいい香りだ。


月葉草の蒸留に関しては今までにも何度か繰り返した作業であるため慣れたものだ。

空いた時間で他の処理でもしようかな、と部屋を見渡すと壁にかけたままの薬草の根を見つけた。泉散策の時に採取し、洗って乾かしていたものである。


なんだっけ、確か根には解毒効果があるとか。


アルバート様の言葉を思い出す。

うん、今日はこいつを挽いてみようかな。


手に取った根は水分が抜け随分と軽かった。

臼に放り込むためには多少細かくする必要があるか。


「メイ、これを切りたいのだけど」

「お貸しください」


部屋にナイフは常備してあるけれど、手に取っただけでメイから懇々とお説教をいただいたことがあった。

ちなみに鋏も彼女の目の届くところでしか使用不可。

いつだったか、仮に手指を傷つけでもしたら傷の数だけ自分の指を落とすと言ってきたこともある。あれは引き取られてすぐ、今よりももっとお互い手探りだった頃のことだけど。

まあそんなスリルを楽しむ趣味もないので大人しく根をメイに渡す。いつかちゃんと話をして相互理解のうえ手に入れればいい。


ごりごりと臼で根を挽いていく。

粉末状になった根を小瓶に取る。土の匂いに混じってどこか甘やかな香りがした。


私自身は毒が効きにくい体質であり完全に興味本位で作ったものだが、まああとで鑑別紙に記録しておこう。

デトックスなんてほら、美容に良さそうだしね。

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