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腰掛け公爵令嬢のモットーは  作者: nobu
公領 ガーデナー見習い編
51/70

薬草臭い

サイキさんから薦められた書籍のうち二冊がフィッツロイ城の図書室にあることが分かった。

というわけで、天気の良い午前中に少しずつ写本を進めている。


あくまで大陸語の勉強のためやっているのだけど、紹介された本がなかなかおもしろい。

今手に取っているのは天文に関する本だ。

もしかしたら若い学生向けなのかな。星々に込められた説話も多くて物語としても楽しめる。


「闇の乙女を追いかける蛇遣いの青年…」

「有名な恋物語ですね」

「…恋物語だったの?怖い話かと思っていたわ」


いくつ季節が巡ろうとも後ろから追いかけ回されるパニック・サスペンスなのかと。


専門的な記述も勿論あるが、天文は科学というよりは魔術の括りに入るようだった。

星の巡りによって魔術の極性がなんとかかんとか。

そう言われてみれば、確かに季節によって魔力の流れは変わるものである。星が影響してたとは思い至らなかった。


それに本自体は少し古いもののようで、難解な単語や言い回しも興味深かった。そのためか、写本と言いながらも写した文面にはついつい注釈やら図解やら考察やらを書き込んでいる。今にして思えば書き込んでしまった、と言うべきか。


後々見返してみたら、興が乗ったのだろう見るに耐えないイラストが各所に…。

犬に吹き出しをつけて「〜〜だということワン!」とかほんと落ち着けよ。頼むよ。

やらなきゃよかったと後悔しても後の祭り。

兎にも角にも他の人の目には晒したくない代物となってしまった。


「ねえメイ、この帳面に鍵ってかけられるかしら」


そう聞いてみると、メイは暫く黙り込んだ後頷いた。


「鎖と鍵をお持ちします。旦那様にお話しすれば城の宝物庫に封印も可能ですが」

「…いや、そこまで危険物じゃないから」


ちょっと見られたら恥ずかしいってだけだから。


メイは真顔で冗談を言うから分かりにくい。

…え?冗談だよね?




さてさて、午後はガーデンルームで作業である。


暴走防止のために絶賛育成推進中の月葉草であるが、やっぱり精油そのものをくいっと呷るのはハードボイルドすぎるな、と気付いた。

鞄を持たない貴族の子女が持ち歩くのに液体は結構ハードルが高いし。漏れてドレス汚したら言い訳のしようがない。


というわけで、自然に使えて携帯しやすいものに加工したいと思います。


メイの目を盗んでは色々と試してみたけれど、精油の状態での経口摂取がやっぱり一番効果が高いようだった。

葉をすり潰してぐつぐつ煮出したものも試したよ。

飲めたものじゃなかったけど。手間暇かけて廃棄物を作っただけだった。申し訳ない。


でも他の方法がダメというわけじゃない。

香りを吸い込むだけでも鎮静の効果は得られることが分かった。揮発分を鼻の粘膜から吸収してるってことかな。

出かける時には手巾か何かに染み込ませておくのも手かもしれない。ただ、時間が経つと効果がぐんと下がってしまうのが難点。


粘膜でなく皮膚からの摂取でもいける。粘膜からに比べて効果が出るまでに時間がかかるけど、その分長持ちする感じかな。

ただ精油そのものを肌に塗りたくると、べたべたして不快だった。拭き取りがどう考えても必要だ。ドレスにも付いちゃいそうだし、使い勝手が悪い。


以上の調査結果から、月葉草の精油を封じ込めたボディクリーム的なやつを作ろうと思い立った。

クリーム状なら精油そのものほどべたべたしないだろうし、手や唇に塗っておけばゆっくりと鎮静が発動してする。

これはという時には手の匂いを嗅いだり唇を舐めればいいんじゃないかなって。持ち運んでもおかしくないしね。


本当はキャンディとかグミとかなんて手軽に口にできていいなと思ったのだけど、砂糖はそう安いものでもないしペクチンなんてどうやって入手したらいいのか分からない。まあその辺りは追々かなと思っている。


「お嬢様、蜜蝋が届きました」

「ありがとう」


メイが届いた蜜蝋を机に並べてくれる。

材料は三つ。

精油、蜜蝋、油だ。


精油はこの部屋で栽培しては蒸留しひたすら溜めたものを使用する。といってもスプーン一杯ほどもないけれど。

蜜蝋は、古森に棲む魔蟲・大蜂の巣を加工したもの。古森にいた時もこの子にはお世話になったものだった。蜂蜜取りに行ってめっちゃ追いかけられたなあ。

油はお城の厨房で使っている最高級の植物油を少しだけ分けてもらった。


自分が使うものだから使う材料は拘ったけれど、レシピは街の皆さんも作って使うようなシンプル設計だ。


蜜蝋と油を温めて溶かし、精油を加えて混ぜる、これだけ。

そしてできた混合液を小さな器の中に注いで完成である。温度が下がればとろとろの液体から若干固めになるはずだ。


器はガラスで作ってもらった。

蓋が閉まるタイプのもので、持ち運べるように私の掌よりずっと小さいサイズの薄い容器である。このサイズならドレスの中に隠し持てる。これを念のため三つ用意した。


残渣をひと掬いして手首に塗り、両手首を擦り合わせる。

暫くすると、温められた血液が全身に巡っていくようなほろりと解ける心地がする。うん、悪くないんじゃないかな。

鼻を近づければ月葉草の香りが広がった。


あーいい匂い。


鎮静効果を身を以て知ったせいか、最近この匂いにはまっている自覚がある。妙な中毒性とかないはずなんだけど。

確かに緑の臭いと言われればその通りなんですが、ちょっぴり甘さもあるからメイが髪につけてくれる香油との相性も悪くない。

強すぎないし、この匂いなら毎日香っていても許されるのではなかろうか。

ほら、ウッディ系の香水的な。…だめかなあ。

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