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腰掛け公爵令嬢のモットーは  作者: nobu
公領 ガーデナー見習い編
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スペシャルケア

お嬢様、と呼びかけたメイから封筒を受け取り、差出人の名前を見て思わず微笑んだ。

角ばった字で「中央書籍館書士 サイキ」と書いてある。そっと名前をなぞり、丁寧に封を開けた。


先日、写本に適した本を紹介してもらえないか王都にいるサイキさんへ手紙を出したのだが、その返事だろう。


相談できる知人がそもそもほんのひと握りなのだけど、仮にそうでないとしても、私が本について相談するならサイキさん以上に適した人はいないんじゃないかと思っている。

私の読解力と趣味嗜好を鑑みてまさにドンピシャな一冊を選んでくれるのだ。シンバラ語云々で仲良くなる前からそんな感じである。プロやばい。


文面自体は挨拶と何冊かの本の紹介、そして私が笑顔でいられることを祈る、みたいな内容だった。

本は比較的有名なものを選んでくれたみたいだ。こっちの図書室にあるといいのだけれど。


シンプルな便箋に再び目を通す。

前回魔石を贈ったときに頂いた手紙と比べて、好感も悪感も抱く隙のない事務報告は慣れすら感じさせる筆跡だ。たぶん貴族からの問い合わせ回答マニュアルみたいなのあるんだろうな。

最後の一文だけ、躊躇いながら書かれた跡がある。悩んで書き添えてくれたんだなと想像して微笑んだ。

王都に思い入れは全くないが、サイキさんと離れたことは少しばかり残念に思う。


「メイ。手が空いた時にでも本を探してきてもらえる?」

「はい」


教えてもらった本のタイトルと筆者を書き記した紙をメイに渡す。

お屋敷同様、お城でも暗くて危ないからと図書室へ立ち入ることは許されていない。


お嬢様は年齢の割に少しばかりお小さいものですから、とクライヴに言われた。

森にいてもフィッツロイにいても心配の対象とは…。私がイキれたのは孤児院で過ごしたほんの短い間だけであった。




うーん、気持ちいい。


蒸気が立ち込める浴室で、植物で編まれた椅子に横たわりながら私はうとうととしていた。

たっぷりと油を絡めたメイの指が複雑に動き、頭皮の色々なツボをなんとも言えない力加減で刺激していく。涎が出そうなほど気持ちがいい。


メイが手を止めたのでゆっくりと目を開けた。

無言で毛先を掬っているが、その顔は真剣そのものだ。じっくりと観察した後メイは微かに頷いた。


「…大分良くなりました」

「メイのおかげね」


無表情に見えるがほんの少し口角が上がっている。私にはちょっと分からない世界なのだが、メイはこういったケアをするのが嫌いではないみたいだ。


泉の散策ではずっと帽子をかぶっていたが、外の空気と日差しに長い時間晒された場所はダメージが溜まっていたらしい。

翌日の朝、髪や肌に触れてそれを敏感に察したメイが文字通り硬直した。

いや、そうは言うけど自分じゃ触っても分からんかったよ。いつも通りのつるんつるんだと思ったのだけどメイ的にはアウトだったんだってさ。


とまあそんなわけで、ここ最近数日置きにこのスペシャルケアが実施されている。髪だけじゃなく肌のケアも一緒だ。


勿論最初は不要だと断った。

しかし、結局抱えられるようにして浴室に放り込まれたのだ。その時のどこか刃のような眼光に慄き、メイに促されたら大人しく従うようにしている。


うーん、何より気持ちいいしなぁ。齢七つにして堕落の道を邁進してますわ。


「お嬢様の髪は美しい白金ですけれど、濡れると黄金に光るのです」

「そうね」


メイのご指摘に相槌を打つ。


母の髪色である白金よりも黄色が混じったそれは、まあ十中八九父の金髪の影響だろう。

もっと幼い頃、母の髪の発光するような美しさを知る身としてはそれが残念でならなかった。瞳の色も引き継げなかったのだから尚更だ。


「半端な色だわ」


いっそのこと父の髪色そのものであれば諦めもつくものを、なまじ白金寄りだから一層違いが目についた。

母には言えぬ鬱屈した思いから溢れたため息に、メイはそっと否定を返した。


「いいえ、お嬢様。私は、こんなに美しい髪の色を見たことがありません」

「…そう?」

「はい」


頷かれ、そうかと大人しく引き下がった。

納得した訳ではない。

メイは気遣いのできるメイドである。そんな彼女の前で自虐的なことを言えば否定が返ってくるに決まっている。

そういう議論は避けたいなと思う程度には、髪と瞳は私にとってデリケートな話題なのだ。


しかし余計なことを口走ってしまった。

これは注意力散漫になっているからか、それとも無意識に甘えたかったのか。

そんなことをうつらうつらしながら思っていると、メイの指が頬に触れた。


「…お嬢様がこうしてフィッツロイの御令嬢となられて以来、ずっとお側におります」

「そうね、いつも有難う」

「いいえ。こうして、お嬢様のお髪や肌に最も触れているのは私だという自負もございます」

「…その通りよ」


マッサージするかのようにメイの温かな指先が頬から目元や眉間、鼻をタッピングしていく。

なんという力加減。絶妙なタッチ。

心地よくて上手く頭が回らない。

うん?なんだって?


「ですから、ここ最近お嬢様がお疲れを溜めてらっしゃるのも分かるのです」

「…え?」


きゅ、と目の少し下を心持ち強めに押されて息が漏れた。

おおう…痛気持ちいい。


そのまま顔の骨周りをぐりぐりと刺激される。

小鼻の周り、頬骨の下なんて触れられるだけで気持ちいい。鼻筋から額まで流すように撫でられるとたまらん。

次いで油を肌に垂らし、滑らせるように首筋を伸ばされる。

おおおおう、悪いものが流されていく感じだ。


「メイ…?今日は、どうしたの…?」


普段よりも濃密なマッサージに最早とろんとろんになった私は、力の入らない瞼を奮い立たせて油を拭き取ろうとしていたメイの方を見た。


「先程申した通りです。お嬢様は最近少しお疲れでしょう。王都から戻られて環境が変わったせいもあるかと思いますが、あまり眠れていないのではありませんか」

「メイ…」

「ハーブティをご用意しますから、それを飲まれて今日はもう早めにお休みくださいませ。凝りを流しましたから、お体も怠くなっておいででしょう」


てきぱきと髪と顔、体を洗い流され、拭かれ、寝着を着せられる。

言葉通りにハーブティを淹れてもらって、いつもよりも大分早い時間に私は寝台の中に押し込まれた。


それではおやすみなさいませ、とお辞儀をするメイを見送って、灯りの消された部屋の中、ぽすんとクッションに頭を預けた。


気付かれるとは思わんかった。

うちのメイド、本当にすごいな。

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