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腰掛け公爵令嬢のモットーは  作者: nobu
王都 御令嬢いちねんせい編
2/70

公爵閣下の弟の隠し子

私コーネリア・フィッツロイは、その名が示す通りフィッツロイ公爵家に属する者である。

なんとも回りくどい言い方なのは仕方がない。正しくは、現フィッツロイ公爵閣下の弟の隠し子であるからして。



実父は馬車の転落事故で死んだらしい。

運ばれた病院に駆け付けた兄君含む親類へ、死に際の父は初めて母と私のことを語った。本人はこれで心置きなく、というところかもしれないが、聞いた側からしたらたまったもんじゃない。父は当時学生の身分であり、まだ十代半ばであったのだ。公にはなっていないが婚約の話も持ち上がっていたそうだ。

とはいえ公爵閣下の実弟、本人も虫の息である。本来であれば、若さゆえの過ちとしてこのまま聞かなかったことにするなりなかったことにするなりできたはずだった。

しかし、相手が悪かった。


広大なるフィッツロイ公爵領、その南側を占める神話の時代から命を紡いできた深淵なる古森。

父が子供を産ませた相手は、そんな古森に住む精霊のひとりだというのだ。


尽きぬ魔力、類稀な身体能力、鋭敏な知覚、時として人間をはるかに凌ぐ知力。精霊や獣人、森の民や魔の民など、人間とは異なる固有の文化を持つひとならざるものたち。大きく異なる価値観を持つことから、人間とひとならざるものの間に情が芽生え、子を生すまでに至ることは非常に珍しい。しかし、まったくないわけではない。


古くは女神マーテスと契ったと伝わる建国王ウルニアスの話が有名であろうか。

もはや伝説か神話レベルの話であるため信憑性には欠けるが、それ以降も特に古森と接する三大公爵家では稀にひとならざるものの寵愛を受ける者が現れた。結果生まれた子どものなかには森に愛され、深き加護を授けられる者もおり、そうした子どもは長じて王国を大いに助けたという。まあこれも、「そうらしい」くらいのレベルで昔の話だが、こうして引き継がれた形質により現在も王家や公爵家は他と隔絶した大きな魔力や加護をその身に宿していることは覆すことのできない事実だった。


…以上、一部私の推察も含まれているが、親類・家人・お客様の噂話を総合して得た実父サイドの大まかな見解だ。そしてそんななか発覚した、母と私の存在である。

前例が百年単位での昔話だ、そんなものを急に打ち明けられ、当事者は息を引き取ろうとしている。兄弟仲は良かったそうだが、だからこそもっと早くに言えよ、隠すなら最期まで隠せよと思ったことだろう。公爵閣下のお心は察するに余りある。



さて、父が死に、急に日の目を見ることとなった母と私であるが、その後どうしたかといえば、逃げた。


母がどうやって父の死を知ったのかは分からないが、公爵家の手のものがどうにか方々を探し回り、人間の真似をして暮らしていたあばら家を訪れる頃には荷物をまとめてすでに町を出ていたのである。

何分覚醒している時間より寝ている時間のほうが長いくらいの幼き日のことなので記憶が曖昧だが、少なくとも私のかつての思い出の中に父やその縁者の影はなかった。つまりもとより父に頼った暮らしはしていなかったのだが、とはいえ人間のフリをして幼子を連れて旅をするなど本当によくやったものだと思う。一回やってみたかったの、と笑っていたが、それなりに大変だったはずだ。


その後、古森で精霊たちや神霊樹に見守られ育った私は、母に滔々と諭され再び人間の世界を旅することとなった。5歳のことだ。

正直嫌で嫌でしょうがなかったが、途中で帰ってきてもいいから人間として生きてみなさいと珍しく真剣な顔で言われ頷かされた。精霊とはまた異なる価値観を持つ私の未来を、母なりに案じてのことだった。


母は森の恵みの見つけ方やその使い方、深淵の力の恐ろしさ、私の血に宿る力を振るう術、そして父をはじめとする人間のことを教えてくれたが、一般常識は教えてくれなかった。5歳で一人旅は早いらしいと気づいたのは、人間の町の孤児院に引き取られてからのことだった。

もっと森でゆっくりすればよかった!


森では私は一番幼く、ずっと庇護対象であったが、私はこの孤児院ではじめて弟をぶん殴り、妹に本を読んでやるということを知った。

時たま薬草や射った鳥を渡すとシスターは驚き、大いに喜び、そして私を抱きしめて怪我はないかとても心配した。母とは異なる人の身の温かさを知ったのも、この頃だ。


稼ぎ頭として子供たちの尊敬を徐々に集め悦に入っていたある日、孤児院にお客様が来た。

変わった瞳を持つ娘がいると聞き、一目見たいという。フィッツロイ公爵家の使いの者だった。

私の瞳は濃い紫に虹が散っていて、宝石のようだと子供たちに大人気だった。シスターには珍しい色だから町中でローブをとってはいけないと口をすっぱくして言われていたが、何かの折に見られていたのだろう。

使いの者は私を見ると、はっとした顔をして頷きあい、公爵閣下はあなたを公爵家に引き取りたいと仰せです、と続けた。


紫の瞳は高位貴族特有の魔力形質によるものだそうで、私の顔立ちには亡き父の面影があるという。あとで肖像を見せてもらったが、似ているかどうかは自分ではよく分からなかった。

ともあれ、この瞳の色を持つものを市井には置いておけないと言われ、小さく息を吐いた。

公爵家の使いというあまりの事態に言葉を失うシスターをしり目に、私は子供の無邪気さを装って孤児院への更なる援助をおねだりし、実父の兄君、すなわちフィッツロイ公爵家当主の養女となることを尊大にも了承したのだった。


母には、人間は欲深い生き物であり、精霊の血筋を求めて接触してくる可能性があることを示唆されていた。物理的に逃げることもできたと思うけれどそれでも養子の話を受けたのには、特に何か目的があってのことではない。

強いて言えば、母が時おり照れたように話した父とはどんな男なのかを知りたかった。そして、使いの男の有能そうな話し方にちょっと腰が引けた。まあ早い話が、場の雰囲気に負けたのである。


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