おまけ
視点をアイリーン(エリック)に固定していたので書き切れなかった小話をいくつか。後書きに入れるのには少し長く一話分には短いのでまとめてみました。
十四話 フェリシア視点 会議の後
もしもあの人の忘れ形見であるアルバートを託せる令嬢がいないのならば、自分で育ててしまえば良い。婚約者候補に挙がった令嬢たちの中からさして期待もせずに選んだアイリーンは、両親を大切に思ってはいても自分の意思をきちんと持った自立した女の子。愛情は二の次で良しとしていたが、男装までしてアルバートを追いかけるくらいに好きになってくれるとは思っても見なかった。
厳しく育てなくても自分を律する事が出来、時に突拍子もない行動を起こすが計算ずくなのか全て良い方向に転がる。行き過ぎた嫉妬や依存でアルバートを雁字搦めにする心配もない…と思っていたら、本人が責任感で雁字搦めになっていた。
「ユーモアも交えて育てていたつもりだけれど、どこで間違ったかしら?」
「あなたと彼女は違いますよ。あなたは天才で彼女は努力型の秀才です」
独り言を呟いて居たのに宰相が律儀に答える。
「あなたの様にならなくては、と気負ってしまうのでしょう。彼女が目指している物は王妃なのに、手本になるべきあなたは女王としての顔を持っている。王妃としての顔と女王としての顔は違う物なのに、変えられたのは彼女が幼い頃でしたからね。おそらく区別がついていないのでしょう」
まるで自分は理解しているとでも言いたげだ。アイリーンより齢が多い上に宰相なのだから当たり前なのに。
「王としての顔を継ぐのはアルバート様で、二人でお互いに支え合ってあなたの様になればいいのにそれが理解できていないのです」
「一人で背負いこんでいるものね。今回の会議に参加して、少しでも肩の力が抜けると良いのだけれど」
「それほどご心配ならば、このまま婚約破棄を利用して別の娘をあてがいましょうか」
宰相が馬鹿な事をのたまった。アイリーンが娘になるのをどれだけ楽しみにしているか、見抜けないとは。私に好意を持つのは構わない。だが、いくら傍に置かれているからと言って図に乗るのは許さない。おそらく選ばれるのは彼の親族の中の誰か。
彼女を育て上げるのにどれだけの労力が必要だと思っているのか。優秀だからこちらも手間をかけずに済むのに、それが見えていないような節穴はいらない。
「もしも本当にそれをするのなら、あなたの首が物理的に離れるのを覚悟してからになさい、ね?」
宰相に向けて極上の笑みを浮かべれば、彼は引きつった顔で挨拶もそこそこに出て行った。
―――いやだわ、冗談も分からないなんて、ねぇ?
十八話 アルバート視点 エリックが正体を明かした後
エリックの部屋を出たアルバートは、母の執務室へ移動し始めてすぐに足を止める。姿を元に戻したのは残念に思えたが、あのままアイリーンの姿で居られたら何もせずに去る自信が無い。
最後にためらったのは、ほんの少し名残惜しかったから。たとえお休みのキス程度だとしてもエリックにするのは流石に抵抗がある。
「生殺しか。傍にずっといたのに気付かなかった。婚約破棄なんて…なんて馬鹿な事をしたんだ」
目的があって破棄をした、そのこと自体に後悔はしていない筈なのにもったいないことをしている気がする。先ほどは取り消したものの、過去に育んだ友情が全てアイリーンに塗り替えられる。
けがをしたエリックを背負った事があるが、あれはアイリーンだった。あまりに軽すぎて太れと言ってしまった。
砦の仲間内で盛り上がった好みの女性のタイプの話題を聞いていたのも、エリック…つまりはアイリーンだ。女性に聞かせるにはかなりアレな話もしていた気がする。
最近だとアイリーンを奪うのは許さんとエリックに凄んだ記憶がある。あれも、結局は本人に言っていたわけだ。
「十分に変な事を言っているではないか……」
両手で頭を抱えて縮こまる姿を見て、警備の兵が顔色を変えて近づいてきた。大丈夫だと言って何とか立ち上がる。
私自身には受け入れがたい恥だが、アイリーンは受け入れられる範囲だと言っていた。その懐の広さ、愛情の大きさには脱帽だ。肩の力を抜かせるつもりだったのに、こちらの方が思い知らされてしまった。
エリックのいる部屋をもう一度振り返り、大きなため息をついてから歩き出す。
もう、馬鹿な真似は二度とするものか。
十九話後 アイリーン視点 卒業前
「そう言えばエドナは、貴族学院から出られない筈なのにどうして城に入ることが出来たのかしら?」
「実は抜け道があるんですよ。薄暗くて蜘蛛の巣があってあまり通りたくは無いんですけど、行ってみます?」
容易に入れるならば城の防衛の面で危険があると思った私は、アルバートも呼んでエドナと共に潜入した。
貴族学院から城への移動は、通常ならば移動の為の魔法陣が使われる。エドナが使った方法は旧校舎の地下室の扉から長い長い隠し通路を通る物だった。
おそらく有事の際に城から貴族学院へと逃げてくる王族の為の通路。一本道で迷うことは無かったが、無駄に折れ曲がったりする通路で不安が煽られる。
明かりの魔術を使いながら進むと、エドナの言った通り、蜘蛛の巣などがあったり埃が隅に積もっていたりした。
「よく見つけたわね」
「寮にも入れなくなったので寝泊り出来る所を探していたら偶然見つけました。流石に城の中に無断で寝泊まりしたらまずいと思ってやめましたけれど」
「勇気があるな。アイリーン、一人で入れるか?」
絶対に無理。だって怖い。でも怖がる姿をアルバートの前では見せたいけれど、エドナには絶対に見せたくない複雑な乙女心。安全面の指摘をしながら私は質問に答えた。
「私だったら、そんな迂闊なまねはいたしません。この雰囲気ですから、アンデッドでも出てきたら一人では太刀打ちできませんもの。でもエリックは平気だと思います」
「私もそう思います!とても頼りになりそうですよね」
エドナには分からないがアルバートには分かりそうな言葉。お化けは怖いが男装すれば平気だと伝わるだろうか。
そっと窺うとアルバートは苦笑しながら手を差し出してきた。前を歩くエドナに見えないように手をつなぐ。わずかな時間でも、ほんのりと心に温もりが浮かび上がる。
「もうそろそろなんですけど…あ、着きました」
「念のために私が先に行こう。ある意味不法侵入だからな」
アルバートが扉を開けると、そこは夜会の時に使われたものとよく似た間取りの部屋。隠し通路の扉は壁の継ぎ目にうまくなじませて巧妙に隠してあったのだろう。
調度品などからフェリシア様の休憩室のおそらく隣、前国王の為の部屋だと辺りを付ける。と言うのも、幼い頃にここでお会いしたような気がするのだ。
不意に、私たちが出て来た方とは別の、正規の扉が開いた。
「あら、アルバート。奇遇ね、あなたもサボり?」
「母上……するとここは母上の部屋ですか?」
「いいえ、違うわよ」
「―――ぁっ、陛下ぁっ、どこに居られるのですかあっ」
廊下の方から宰相の焦りに満ちた声が聞こえてきた。
「うっわ、まずい。ほら隠れて隠れて」
「えっえっ?」
「わわ、押さないでください」
フェリシア様に強引に押されて、三人とも隠し通路に逆戻り。息をひそめて宰相の声をやり過ごすと、声を潜めながらアルバートがフェリシア様に話しかけた。
「母上はこの通路をご存じだったのですね?」
「実はね、前国王が秘密裏に作らせたものなの」
「父上が?それほど身の危険を感じていたのですか」
「いいえ。全く無かったわ」
有事に備えるにしても自分の寝室や執務室に作るはず。なのに夜会の休憩室に使われるような部屋に作らせる意味が分からない。
「私は二つほど年下だったの。卒業した後になかなか会えないのが我慢できなかったらしくて、信頼できる職人を呼んで作らせたらしいわ。それからは学院にいても毎日会えたの」
あれ……どこかで聞いた話のような……?
「一年待てなくて砦まで行った誰かさんといい勝負と言ったところだな」
「ええ、だからとても親近感が持てたの。もしかしてどこかで血が繋がっているのではと思ったくらいよ」
二人にくすくすと笑われて居た堪れなくなる。そうか、フェリシア様がどうして砦への侵入を簡単に受け入れたのか不思議だったが、前例がいたのか。
「素敵ですね。そこまで想いあっていたなんて」
夢見るような調子で言うエドナに、そもそもここにいる理由を思い出した。
「生徒が勝手に出入りする可能性があるので封鎖を検討してください」
「出入りしたのはそこの御嬢さんかしら?」
「エドナ・イーリィと申します」
「……なるほど。そうね、学院長に命じておきましょう。あなた達はそのまま戻りなさいな」
ほんの少しフェリシア様の目が細められる。紹介もされず名乗るように言われてもいないのに勝手に自己紹介を始めたエドナに対して、あまり良い思いを抱かれていない様だ。
エドナの代わりに謝る。教育を少しずつとは言え始めているので、これは私の失態でもある。
「ご無礼をお許しくださいませ」
「あら、あなたが謝る事ではないわ。さぁ、行きなさい」
三人で来た道を戻り、こうしてちょっとした冒険は終わった。
これにて一応完結です。有難うございました。




