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十五話 AとA

 会議での決定通り、在位十年と前国王没後十年の夜会が開かれた。喪服とまではいかなくても紺や黒、濃いグレーなど、色味の深く落ち着いたデザインのドレスのご婦人方が一堂に集まる。


 今夜の私はアイリーン。学院に在籍している間は式典などに制服で参加するのが通例だ。どちらか迷っていたところ、宰相から制服参加と通達を受けた。アルバートやべリンダたちも制服だが、少し心もとないのでお守り代わりに扇を懐に忍ばせてある。ドレス姿の時に持ち歩いている物だ。

 夜会とは言えども出だしは式典その物で、国外からも客を招いている為にその辺りは宰相が譲らなかったのだろう。


 アルバートのエスコートで会場に入る。今まではそれが普通だったのにお互いにどこかぎこちない。顔を見上げてもこちらを向かず、どこか遠くを見ているようだった。声をかけてもろくな返事が返ってこない。

 最後にアイリーンでした話はどのような内容だったか―――


『私ではなくそのようなご令嬢をお気に召すのなら、エドナでも誰でもどうぞお好きになさってください』


 思い出して、夜会に浮かれていた気持ちが一気に冷えた。自分のした事とは言えそれはアルバートでも冷たい態度になるのは仕方がない。エリックでは仲の良い状態だからうっかりしていた。何とかしなくては。


 長い挨拶や在位に至るまでの歴史の語りなどが続き、立食形式へのパーティーへと変わる。私は意を決してアルバートに話しかけた。


「アルバート、少しお話が……」

「アイリーン!」


 父の声がしてそちらを向いている間に、アルバートは傍を離れて行く。学院と城の行き来で中々会えない両親に説明をしておかなくては、次の婚約者候補を探されてしまうかもしれない。

 どちらを取るか迷ったが、私は両親の方を向いた。手紙のやり取りはしていても、本人たちに会うとやはりどこかほっとする。


「父様、母様、お久しぶりです」


 本来なら喜ばしい親子の再会なのに両親の顔はほんの少しだけ暗い。


「婚約破棄されたと聞いたがアルバート殿下は一緒ではないのか?」

「きちんとエスコートして頂きましたよ。婚約破棄は殿下のちょっとしたお戯れです。時が来れば撤回されます」


 幼い頃より王妃となるべく育てられたのだ。それは私だけでなく両親の支えのお陰でもある。不安な顔など見せられるわけがない。

 アルバートと同じく、強がりの笑顔を両親は見抜いているのだろうか。「本当に大丈夫なの?」と母様が聞いてきた。


 弱音の一つでも吐いてしまえば気が楽なのだろうけれど、それはきっとアルバートとの関係を本当に断ってしまう切っ掛けになる。それだけは絶対に避けたい。


「鋭意、努力中です」


 と答えれば両親は探るような目を向けて来たが、やがて深くため息を吐いた。


「分かった、お前の言葉を信じよう。ただし、お前は頑固なところがあるからな。いつでも帰って来られる場所があることを忘れるな」

「はい、……有難うございます」


 婚約破棄を解消したセリーヌはセドリックと、ディアナはデューイと一緒にいる。べリンダとベイルはまだ少し距離があるものの一緒にいる。私たちの様に別行動はしていない様だ。

 ベイルの顔色が悪い。べリンダが付いているから大丈夫だとは思うが、心配だ。

 転位陣が使えないエドナは、当然いない。


 知り合いのご婦人に声をかけたり、友人から声をかけられたりしていてふと気づくとアルバートに見られている時があった。視線をそちらへやると、すっと躱され逃げられる。

 何とか話をしようと追いかけている内に、ぎらぎらした目つきの男性たちに囲まれてしまった。


「婚約破棄をされたそうですね、アイリーン嬢。形ばかりのアルバート殿下のエスコートはさぞお辛いでしょう」

「王妃教育まで受けられたのならその経験を無駄にしない為にも我が国へ来てみてはいかがですか?」

「私を選んでいただけるのなら喜んでこの剣を捧げます」

「ボクと結婚してください。そうしたら父上と母上が喜びます」

「私の元へ来ていただいたら最新のドレスが選び放題ですよ」

「私の最期をあなたのような美しい方に見届けて頂きたい」


 婚約者が既にいる者や酷いのは妻帯者まで。年端もいかぬ子どもから亡くなった祖父と同じくらいの年齢の御仁すらいる。助けを求めようとアルバートの方を見やれば、やはりそちらも同じく令嬢たちに囲まれている状況だった。


 笑みを顔に張り付けて対応している。その様子が痛々しく思えて、簡単に助けられない自分がもどかしい。

 私やアルバートが只の貴族なら話は簡単だ。それが将来の王と王妃では、群がる貴族を邪険には出来ない。

 アルバートもきっとこんな気持ちだったのだろう。わざわざ誰かの手を借りるまでもない程の、些細な危機だ。でも見ている方はもやもやとした気持ちを抱えてしまう。


 偶然、父が近くを通りかかった。「父様っ」と叫んで腕をつかむと、群がっていた男性たちは散って行った。まともな申し込みなら父を通すはずで、彼らは後ろめたい算段があったのだろう。

 そのまま扇で口元を隠し、父の影に隠れてエリックの声を出した。


「アルバート、陛下が呼んでいたぞ」

「エリック、来ていた……の……か?」


 きょろきょろとエリックの姿を探すアルバートが、少しだけ可愛いと思った。壁にされた父様が私を見下ろしふふっと笑う。


「成る程な。学生のうちにたくさん遊んで絆を作っておきなさい。お前の母と私も学院で会ってから……」

「遊んでいるわけではないのですけれど父様、そのお話は後で。アルバート殿下を追わなくては」


 のんびりと馴れ初めを話し始めた父を止めてアルバートの方を見ると、令嬢たちに一言詫びてから既にフェリシア様の元へと移動していた。


「母上、およびと伺いましたが」

「あら、呼んでないわよ」

「でも確かにエリックの声が」

「アルバート、お話があります」


 フェリシア様なら状況が分かる筈と、二人に向かって声をかける。アルバートは顔をしかめたがフェリシア様はにんまりと笑った。


「なるほど、そういう事ね。私の休憩室を使いなさい」





 通された部屋は夜会の会場から程よく離れた場所で、とても静かだった。案内した侍女もフェリシア様に言われていたのか部屋から出て行った。一つしかない長椅子にアルバートが腰掛けたので、私もその隣に座る。

 いつもならドレスのスカートで程よい位置を決めるけれど、今日は制服だ。ついうっかり密着状態で座ってしまった。

 距離を取るのも何だかもったいない気がして、言い訳をしてみる。


「え、エドナを見習って少し甘えてみようかと思いまして」

「そうか」


 機嫌の良し悪しも計れない程の短い返事に、胸がざわつく。


「で、でも婚約破棄された身でずうずうしいですわね。失礼いたしました」

「いや、そのままで。悪くない」


 慌てて離れようとしたらきゅっと手を握られた。……手を握られた。……もう一回言います!手を握られましたあァっ。しかも悪くない、ですってっ。ここしばらく接触が無かった反動で、頭の中にお花畑だって浮かびますわぁっっ!


「それで、話とは?」


 お花畑が瞬時に自重して引っ込んだ。ええと、何だったかしら。そうそう。


「笑顔は女の剣であり盾でもあります。もちろん私は殿下のお傍で自然と笑みが浮かぶのですが、令嬢に笑うなとおっしゃるのは戦場で騎士に装備を外せと言うのと同じことです。つまり私の言いたいのはもう少し余裕が出来れば喜怒哀楽も出せると思うので温かく見守って頂けたら有り難いともちろん見るに堪えないのであれば婚約破棄もやぶさかではありませんがやっぱり傍にいたいと申しますか―――」

「済まなかった」


 テンションが高めのまま思いを伝えようと思ったら早口言葉の様にすらすらと言葉が出てきた。そろそろ息が苦しくなったところでアルバートの詫びる言葉で打ち切られる。怒っているのかと顔を見たら思いのほか満面の笑みで度肝を抜かれた。


「緊張したり感情が高ぶると早口になるところは昔と変わらないな」


 そうだったかしら―――?

 記憶をたどるが自分が緊張している時の記憶と言うのは抜け落ちるものだ。ずっと傍にいたアルバートが言うのならきっとそうなのだろう。


「時々、思うんだ。もしも父上の様に私が早く天に召されたら、アイリーンは母上の様に苦労するのではないかと」

「だから、わたくしを遠ざける為に……?」

「生きていようがいまいが苦労を掛けるのは目に見えている。他の場所ならばもっと幸せになれるのではないかと思うと、怖く、なる」


 アルバートはつないでいない方の手で頭を抱えた。弱々しい声と、短いため息。大変なのはアルバートの方なのに。自分の事だけ考えてもらって、私が支えたいのに。もっとやり方だっていろいろあったのに。

 どこまで私を大切にすれば、甘やかせば気が済むのだろう。


「辛くても薄ら笑いを浮かべて泣きもせず怒りもせず、私の傍にいればそんな生活をアイリーンがせざるを得ないなら遠くへやってしまおうと……」


 言葉とは裏腹に、しっかりと握った手がずっと傍にいてくれと叫んでいるようだ。


 ―――仕方のない人。


「心変わりしたわけではありませんのね?」

「っ当たり前だっ!エドナを好きだと言った覚えはないっ」

「私は深く深く傷付きました。信じられませんわ」


 べリンダも、セリーヌも、ディアナも、そして私も。話し合えばそれで済んだのに婚約破棄までされて。全員復讐に走ればきっと国ごと崩壊させられた。

 それでも撤回を願ったのは、単なる責任感からではない。やっぱり皆、心の片隅で夢見ているのだ。何もかも諦めるのではなく、たった一つ、望んだだけ。


「どうすればいい?」

「行動で示してください」


 手はつないだまま、お互いに息のかかるほどの距離に顔がある。この状態で愛情を示せと言えばすることは一つ。

 真っ直ぐにアルバートを見つめれば、ラピスラズリの様に深い青の瞳が戸惑ったように揺らいでいる。

 当然だ。今までの私だったらあり得ない。だって自ら進んで、なんて令嬢にあるまじき行為だもの。いろいろな顔を見せてほしいと言ったから、アルバートの前で鎧なんて必要ないから、見せるだけ。

 アルバートは繋いでいない方の手で存在を確かめるように私の頬を撫で、頭を支えるようにその手を首の後ろへと動かして、ゆっくり、ゆっくりと顔を近づける。私もそれに合わせて目蓋を閉じ―――


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