十三話 Eの告白
おっとりしたディアナは私が事情を話した後、悲しむどころか笑顔を向ける。申し訳なくて何度も謝るが、ディアナは「止めて下さいな」とやんわり言った。
「私の先祖は軍師です。策なら無い事も御座いませんよ。ただし、エリック様に覚悟が必要です」
「なんでもやるよ。法に触れる様なものでなければ」
「そうですか、ならば……」
ディアナから授けられたのは、エドナを本格的に惚れさせてデューイから引き離す策。セリフ、シチュエーション、咄嗟の返し方のパターン。細かいところまで演技指導が入り軍師と言うよりはまるで舞台演出家のようだった。
どことなく、王妃教育にも似ていると感じた。仕草や声色で相手にどのような印象を与えられるか。その知識だけではなく指導方法がフェリシア陛下から厳しく伝授された時と同じだ。もしかしたら根本的な所はドレイク家から伝わったものかもしれない。
一通り教わった後に私はディアナにある疑問を投げかけた。
「もしかして自分で何とかできた?」
「手段を問わないのであればいくらでも。これでも一番簡単で被害の少ない策ですよ?何せエリック・ユールはどこにも存在していない人間なのですから、後腐れを考えずに済みますし。それから―――」
普段おっとりして可愛いディアナが策略家に変わる瞬間を見せつけられた。口元は笑みの形のまま目をすっと細め、自分が実現可能な手段を数える。
「エドナを毒殺、デューイ様を洗脳、宰相を脅迫などなど。一番最悪な策は私が両親に喧嘩を売って時間稼ぎをする事。別の方と結婚させたい両親とデューイ様としか結婚したくない私の戦争となるでしょう」
「せ、戦争?」
「ええ、私達一家の先祖は軍師なのでなんでも戦を基準に考えます。きっと皆さんを巻き込むでしょうからどこまで被害が出るか予想は出来ません。でもエリック様に解決できたのなら、私は生涯アイリーンの敵にならないと誓えます。未来を考えれば最上の解決策でしょう?」
友達思いなのは確かに伝わってくる。王妃になった時に実家以外の味方が出来れば確かに心強いものになるだろう。
ただし本当にこれをするのかと思うとその友情を疑ってしまう。
「エリック様、お話って何ですか?」
帰寮時刻が迫り、生徒の少ない時間帯。
呼び出しは手紙で行い、ひと気のない旧校舎の一室をディアナから指定された。古びた部屋で吊り橋効果も狙うそうだ。
ディアナがデューイを足止めし、エドナと二人きりの空間を作り上げる。うん、他の人に見られたら私もかなり恥ずかしいから、それは納得できる。
気分は舞台演劇の俳優だ。ただしあくまで自然に。昔見た演劇で男装した女優はとてもカッコ良かったけれど身振り手振りや声は大きかった。
囁く、見つめる、抱きしめる。これが、基本のき。頭の片隅に置いてエドナを迎え撃つ。
私は真っ直ぐエドナを見つめ、ふっと顔の力を抜いてとろけるような甘い笑みを浮かべる。何度も何度も演技指導が入った箇所だ。
エドナがぽーっと頬を赤くしているのはきっと夕日が窓から差し込んでいるからだと、無駄な足掻きをする。ここまで来て、アルバートに振り向いてもらえないからと女の子に走るみたいな嫌悪感が募る。
だめだ、だめだ。本気ならないとディアナが救えない。王妃教育だって失敗だと判定されてしまう。
「ここまで本気になるつもりは無かったんだ。始めは女王の命でアルバートが婚約破棄をするに至った女の子を調べていた」
ポツリポツリと心情を吐露する事は、気持ちを盛り上げるにも必須なのだとディアナは言った。「好きだ!」でいきなりガバッと抱き着くのはベイルみたいなのがやるべきで、エリックのキャラではない。ただし長すぎるとそれはそれで逆効果らしい。
ディアナがベイルを心の底でどう思っているのか、垣間見えた瞬間だった。
「魅了の魔法をセドリック達に相談したのは君の体が心配だからとデューイには言ったけれど、本当は―――」
おもむろにエドナの腕を引っ張り、抱きしめた。安物の香水の香りが鼻につく。私にこんなことまでさせた憎しみを思い切りぶつける。
「誰にも渡したくなかったんだ。これ以上、他の男を魅了してしまわないように、ね」
「エリック様……」
このまま抱きつぶしたらエドナは死ぬだろうか。
聖人君子でいられるほど、王妃の座は甘いものではない。純粋で高潔で有りたいとは思っているが、海千山千の貴族たちを相手にしているとどうしてもいろいろな覚悟が必要になってくる。
それは本当に最後の手段で。一線を超えてしまえばおそらく後戻りはできなくて。全てを失う覚悟が無ければ絶対に選べない手段。
「エリック様、苦しいっ」
「私の好みはね、エドナ。ただひたすら一途で他の男に目もくれないような女の子なんだよ。デューイから離れることは出来るね?彼を、ディアナの元へ返してあげて」
「出来ます!だから離して」
少し力を緩めつつも、腕は離さない。エドナの口が、安堵したように空気を吸い込む。
利用しつつ、されつつ。エドナも、アルバートたちも、そして私たちも。誰が被害者で誰が加害者なのか時々分からなくなる時がある。
二度ほどディアナの背中を撫でた後、思い切りしかめっ面をしているであろう表情を整えてからゆっくりと体を離す。
ディアナの指導では切なげに、との指示だったが意図せずともそんな感じの声が出た。
「時間が無いんだ。帰国の命令が出たからね。その時に君を連れて帰るかどうかは、君自身に懸かっているよ」
「私、頑張ります!頑張りますからどうか連れて行ってください。ここから出れないなんてイヤ……」
「可愛いエドナ……」
憎たらしい恋敵の手に笑顔で口づけるなんて、確かに覚悟が必要だよ、ディアナ。
気持ち悪い。
それからのエドナは見ものだった。自分の事を棚に上げ、婚約者がいるのに他の女になびく人は嫌い、誠実な人が好き、私は破棄してなんて言ってないと全ての責任を擦り付けて公衆の面前でデューイを振った。
好きな相手にサディスティックになれるのは、お互いに愛情があると分かっているからである。一方的なSの表現は単なる嫌がらせであり、場合によっては犯罪だ。
豹変したエドナに対してデューイは更に何度か強く迫ったが、暫くすると落ち着いた。流石にそこまで愚かだと全てを失った上にエドナすら手に入らない可能性があると薄々気づいているのだろう。
何度目かの修羅場の後、しょんぼり寂しげにたたずむ彼にディアナが駆け寄った。ふんわりおっとり、可愛らしい声でデューイを見つめながら愛を囁く。
「デューイ様、またわたくしをいじめて下さい。婚約破棄も放置されるのも飽きました」
「いやだ、俺はお前なんか嫌いだ。エリックの所にでも行っていろ」
「私から逃げようと足掻く姿はとても可愛らしいですが、あまりおイタが過ぎるようであれば然るべき手段を取らせていただきますよ?」
デューイは顔を引きつらせている。
「ど、どんな手段だ」
ディアナはデューイを引き寄せ、耳元で内緒話をしている。それはもう、こちらから見れば愛を語らう恋人同士にしか見えない。が、策士ディアナである。話している内容はきっとえげつないものに違いない。
と思っていたら離れたデューイの顔はうっすら赤みが差していた。青くなると思ってばかりいたのに。
「き、気に食わんが、婚約破棄など解消してやる。せいぜい楽しませろ」
物陰から見守っていた私たちはディアナらしい愛情表現に顔を見合わせる。
デューイは嫌がっているように見えるが口調が何だか幼い。Sと言うよりはツンデレだ。
「あれはあれで愛情の一つの形なんだな、勉強になった」
「懐が深すぎるわよ、ディアナは」
「私だったらあそこまでいちゃつかれたら切って捨てるわ」
親友だとは言え所詮は他人事、外から見れば冷静にも成れるのに本人たちは一生懸命で、だからこそこの絆は断ち切れない。
「エリック様、私デューイ様を振り切りました」
どこからともなく嗅ぎつけて来たエドナが物陰組に加わる。ほめてほめてと言わんばかりに満面の笑みを浮かべるエドナ。
「はいはい、良く出来ましたー」
ぞんざいにわしゃわしゃとエドナの頭を撫でると、エドナは怒り、ディアナたちの方をびしっと指さす。
「私は、ああいう感じで甘やかされたいんですが。それに私に一途になれと言うのならエリック様も一途になってください」
お前が言うかぁっ!とべリンダとセリーヌの心の叫びが聞こえた気がする。
「デューイは甘やかしてないな。寧ろ甘やかしているのはディアナの方だ」
「そうじゃなくて……」
エドナはその後も何やらごちゃごちゃ言っていたので、聞きながら相槌を打ってやる。
後はべリンダと私だけだ。そろそろアイリーンに戻っても良いかな。




