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 アスファルトの道が続いていたものの、長い間誰も来ずにいたのか、途中からアスファルトのひび割れに緑色の草が茂っていた。

 ただそれでもそこそこ通りやすい道があったので、そこを辿っていけば遊園地の方まで行けるようだった。

 途中、この先立ち入り禁止といった簡素な看板だけがおかれた場所に遭遇する。


 監視をするような大人もいない。

 そこで僕は振り向いた。

 木々に隠れて、僕達が住んでいる村はよく見えない。

 

 何か、これまで“安全”だと思っていた場所をくぐり抜けてしまうような、寒気のような不快感を僕は感じる。

 そこでミチルが、


「……やっぱり引き返すか?」

「大丈夫、イチも行きたいって言っているし。心配だから」

「そうか……」


 ミチルが複雑そうに呟いて、それからその立ち入り禁止の看板を超える。

 すうっと周囲の気温が心なしか下がった気がした。

 特に日陰に入ったわけではないのに寒さを感じたのは気のせいだろうと、僕は思う。


 そこでふと、少し離れた木の陰に白い影を見た気がした。


「あれ?」

「どうしたの?」


 イチがそう言って僕に聞いてきたけれど、再び見るとそこには誰もいない。

 見間違えたのだろう。

 だって、イチはここにいるのだから。


 そしてそのまま僕達は更に進み、遊園地の門のような場所にやって来る。

 錆びた門はすぐ横でぐにゃりと曲がって、その門を閉じていたであろう鎖とカギと一緒に転がっている。

 だから特に大変な思いはせずに僕達は遊園地の内部に入り込めた。


「……結構綺麗だね。乗り物は錆びているし、ところどころにタイルの隙間から草が生えているけれど、花壇の花は綺麗に咲いたままだね」

「そうだね。それで、そのアクアツアーに行くまでいくつか遊園地のあとらくしょんの前を通るから、そのうわさ話でもしようかと思うんだけれど、どう?」


 イチが楽しそうにそう話すが、僕は首を振る。

 先ほどから熱いはずなのにやけにこの場所は“涼し”く感じるのだ。

 だから僕は出来ればやめてほしいと思ってそう答えた。


 それにイチは仕方がないなと言って歩き出す。

 まるで始めてきたのに最初からこの場所を知っているかのように。

 やがて、遠くに見える観覧車が近づき、ジェットコースターやメリーゴーランド、ミラーハウスなどの前を通り過ぎて進んでいくと、大きな池のような場所に辿り着いた。


 桟橋のようなものがあり、そこには大きめの船が止められている。

 古ぼけているが、穴は開いていないようだった。

 とりあえず僕達は池の淵にまでやってきて中を覗き込む。


「水が山の中の湧き水みたいに透明だ。でも魚が一匹もいないね」


 僕が周りを見ながらそう言うとイチが、


「うん、ここには魚はいないんだ。あとらくしょんとして、池の中の、あそこに島のようなものが見えるだろう? そこに飾り物の魚や……怪物のような魚の餌食になった人達の成れの果てが、転がっているんだって」

「そうなんだ。怪物のような魚……どんな形なんだろうね?」

「それはとても大きいよ? 僕達なんて一口で丸呑みできるくらい」


 イチが楽しそうに僕達に言う。

 そして更に、


「実はこの池では“謎の生き物の影”が見えたってずっと噂がされているんだ。それは今でも見えるんだって。……見てみたい?」


 イチがそう話してくれるのを聞きながら僕は、特に考えもせずに、


「うん」


 一言頷いた。

 そこでイチが嗤った。


「頷いたな?」


 同時に、僕たちの周りで何かをあざ笑うかのような、何十人といるかのような笑い声が聞こえる。

 そこでミチルが、


「お前、誰だ? イチの形をしているが、違うな?」

「イチだよ、イチの形をしているからイチなんだっ、けらけらけらけら」


 ミチルの言葉に、しわがれた老人のような声でイチが嗤った。

 それに僕がぞっとしているとミチルが僕の手を掴み、出口の方に走り出した。

 後ろの方で声がする。


『なんで置いていくんだ、一緒に行こうよ……なあ、また一緒に遊ぼうよ……』


 けれどそれを聞きながらミチルが、


「騙された、騙された……イチはもう、いるはずがないのに! まだここに遊びに行きたい未練があるから来たんだと、僕は思ったんだ!」

「何の話?」


 ミチルに走りながら聞くとそこでミチルは、


「しっかりしろ、イチは、昨日死んだじゃないか!」

「え?」


 その言葉と共に、ざぶんという水が波打つ音が聞こえた。

 振り返るとあの池から水があふれて、それは大きな波になり僕達を飲み込んだ。

 ごぼっ


 息が……そう思ったのに、僕はまるで地上のように空気がすえる。

 でも水の中を歩いているらしく、周りには魚が泳いでいるのがわかる。

 色とりどりの魚が鮮やかな色を放ち、泳いでいる。


 一瞬目を奪われてしまいそうな光景だった。

 そこで黒い大きな影が僕達のすぐそばを通る。

 否、ぎりぎり避けたらしかった。と、


『お前、何か持っているな』


 そこで先ほどのイチに似た形をした人物が発したものと似た声で、僕達に忌々しそうに話しかける。

 ミツルがそれに、


「交通安全のお守り。案外、ご利益ってあるものだね。今度お賽銭箱には、5円じゃなくて、100円入れておくよ」

『だがそんなもの何度も“幸運”が訪れるわけではないぞ。その時が来れば、お前達は儂の“腹の中”だ! 久しぶりの子供だ……逃がすか……』


 それを聞いて僕はミチルと一緒にひっしで逃げる。

 時々すぐそばを黒い影が通り過ぎるも。

 しつこくしつこく追ってくる。


 やがて遊園地の入り口が見てきたところで、ミチルのバッグの一部で、青い炎のようなものが沸き上がり、消えた。と、


『これでお守りの力はもうないぞ! 何度も何度も抵抗したが、ついには耐えきれなくなったか!』

「そんな! あと少しなのに!」


 僕がそう呟くと、ミチルが走る速度を上げて僕も必死でついていく。

 そこで、


『さて、いただだきま……! なんだお前は。なんで……』


 悲鳴じみた怪物の声が聞こえて、そこで、 


「ごめんな。速く行って」


 馴染みのあるような、けれど少し悲しそうな、申し訳なさそうな声がして……そこで僕達はようやく、遊園地の門を潜り抜けたのだった。








 遊園地の門を潜り抜けると、それ以上は追って来ないようだった。

 まだ日が高いのに安堵しながら僕達は村に帰る。

 その途中僕はイチが昨日死んだのを思い出した。


 けれど、どうして気づかなかったのだろうとミチルに話すと、


「そう思うように意識をされていたのかもしれない」

「そっか……」

「僕もまた会いたかったし、あそこに遊びに行きたいっていう未練があったから、僕達と一緒に遊びたいのもあって来たのかと思ってしまった。偽物だったけれど」

「そうだね。でも……最後に、あと少しの所で、どうにか助かったのは……」


 そこで僕は一度言葉を切ってから、


「声が聞こえたんだ。『ごめんな。速く行って』って。イチの声で」

「僕も聞こえた。……もしかしたら、僕たちを心配して助けてくれたのかもしれない」

「僕、行きに僕達を見るイチの影を木の影に見たような気がしたんだ」

「……心配して様子見に来てくれたんだろうか?」

「……かもしれない」


 僕達がそう話しつつ、さらに進んでいく。

 だいぶ夏らしい暑さに戻ってきたと思いながら僕は、


「あの黒い影が、怪談の謎の生物の陰だったんだろうか」

「そうだろうな。そして僕達を食べようと思って誘い込んできた。子供が消えるというのはああいったのに食われたんだろうな」


 そう話をしながら僕はさらに進んでいくと立ち入り禁止の看板が見えてくる。

 そこを潜り抜けると、


「暑い……」

「まるで、この遊園地の門や立ち入り禁止の看板が、怪物のいる世界との境界になっているみたいだな」

「……そうだね」


 僕はそこで振り返る。

 と、そこで僕は、離れた場所、立ち入り禁止の看板の向こう側で、透けるようなイチが僕達に手を振っているように見えた。


「……イチ」


 驚いたようにミチルが呟くけれど、すぐにそのイチの姿は消えてしまった。

 あとにはうっそうと茂る森と、草の生えたアスファルトが広がるのみ。

 見えたか? と僕はミチルに聞かれて、僕は頷く。


 それから村に帰った僕達は今日の出来事を秘密にしてしまう。

 怖かったこともあるし、行ってはいけない場所に行ってしまった後悔と、仲の良い同級生にもう会えないことの悲しみと、もう一度出会ってしまったような不思議な体験がいまだに僕の心の中で整理できないのかもしれない。

 でもあの時、本当の友達だったイチは僕達を助けてくれた、そう僕は思う。


 そして夏が来るたびに僕は、この出来事を、懐かしい友の記憶と共に思いだすのだった。


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