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第31話 奈落の闇

 

 絶望がすぐそこまで迫っていた。銀色の髪をなびかせながら立ち尽くす怪物、その瞳は血の様に輝く紅玉ルビーの双眸。

 その両手に、一つずつ持つのは紅蓮色の棒。

 赤黒い色をした、茨模様が先端から根元まで刻まれている。



 連馬車を襲った強盗集団のリーダー格。フランツという名を持つ男は、かつて、生まれ育った田舎村では剣の才能があるともてはやされていた。物心つく前には技能(アビリティ)を習得し、ある技を使うことが出来た。

 自身は剣技の才能があると信じて疑わなかったし、それに見合うだけの修練も積み重ねてきた。未来は剣豪になることを夢見ていた。

 しかし、それも大きな街に上京したことにより、現実を知ることとなってしまう。

 世の中には才能を持っていたとしても、その才能を上回るだけの才能を持つ人間がいるという事を。決して努力だけでは到達できない高みに上ることが出来る人間がいる事を知ることになってしまった。

 それでもフランツは努力を止める事は無かった。いつしか才能に選ばれた人間が所属できる『帝国軍』の門を叩き、武勲を、名誉を、誰かを守る力を手に入れることを求めて研鑽を怠ることはなかった。

 だが、いつの日か彼は、剣の道を諦めてしまった。きっかけは覚えてなどいない。その時の心境も色あせてしまっている。

 夜盗に身を落とす事になろうとも、かつて磨き上げた剣技は衰える事は無かった。抵抗する者は斬り捨ててきたし、モンスター共と大立ち回りを演じた事も有る。

 その度に自身のレベルアップを実感し、日に日に上昇していくステータスを見ては破顔していたこともある。

 どんな危機も右手に握りしめられた愛剣「クロムソード」は生涯の相棒ともいえる存在。



 しかし、目の前に広がる絶望の光景には、その愛剣が木の枝の如く脆弱な物に感じられてしまう。

 目の前の怪物と対峙しているのは、全てを威圧する紅蓮の双眸。暴力的でありながらどこか気品を感じさせる佇まい。

 この怪物には、まるで勝てる気がしなかった。かつて戦ったモンスター達とは比べるのもおこがましいであろう。


 「では参るとしようか」


 地面を抉りながら、怪物は疾風の如く襲来する。振り上げられた深紅の棒をクロムソードで受け止める。フランツが両手で剣を握りしめているにも対し、怪物は片手であった。

 それなのに両手に凄まじい衝撃が加わる。まるで崩壊した建物を受け止めているような力。あの細腕のどこにそんな力があるというのか。


 怪物が吠える。それと同時に振るわれる深紅の色をした暴力の嵐。


 一撃目。右腕からの純粋な袈裟切り。手にしていた剣を前に構えることで、なんとか受け止める事に成功するも、衝撃に耐えきれなくなり、半歩後ろに下がってしまう。

 二撃目。左腕からの左薙ぎ。右に集中させていた意識を左に集中させ、押し出すように深紅の棒を弾き返す。

 三撃目。右足による足払い。棒を弾き返した反動を利用して後ろにバックステップし、回避する。

 四撃目。両腕による叩き付け。剣を上に構え、その衝撃を何とか受け止める。


 四度行われた、ひとたび命中すれば死に至らしめる即死攻撃。それら全てを受け止めたフランツこそ賞賛に値するであろう。しかし、彼の両腕は限界を迎えようとしていた。しかし、立ち止まっている場合ではない。反撃をしないと仲間達と同じ末路を迎える事になる。


 「やられっぱなしで溜るかよ!」


 ついに怪物に反撃を試みる。当の相手は、仕方がないとばかりに、かぶりを振った。


 腰を入れ、全力の一撃。それを怪物は眉一つ動かすことなく受け止める。その余裕な態度に悪態をつく暇はない。すかさず追撃を行なう。

 斧を使って木を切り倒す要領で、怪物に横薙ぎを放つ。その攻撃を凄まじい力で受け止められ、あっさりと弾き返される。

 まるで大人と子供の戦いであった。この怪物にはどれだけ攻撃を企てたところで、勝てる気がしない。

 自分はどれだけ剣を振っただろう。その度に怪物は受け止められた。反撃の即死攻撃を掻い潜っていくうちに感覚が麻痺してくる。意識を失いそうになる。


 「ブレードカッター!!」


 フランツは、ついに最後の切り札である技能(アビリティ)を行使した。幼いころから修得していた技能(アビリティ)で、幾度となく彼の命を救ってきた必殺の一撃。

 その一撃は、この場に限り、ひどく頼りないものであった。

 剣から放たれた衝撃波が斬撃の風となって怪物に迫りくる。


 「っ!」


 衝撃波が怪物に命中し、僅かにだが、驚く素振りを見せた。


 「少しはやるようだな」


 僅かな淡い期待とは裏腹に平然とした様子。そよ風でも浴びたように憮然とした態度であった。


「私の顔に傷を付けることが出来るとはな。ひとまずは褒めて使わそう」


 見ると頬には、僅かにだが傷が出来ていた。


 「遊びは終わりにするとしようか。・・・・・・貴様、今の一撃は本気だろう? その程度の強さなど手元に置く価値もないわ」


 最初から分かっていた。

 この怪物は遊んでいたのだと。自分は生きようと必死に足掻いているこの戦闘も、この怪物にとっては遊興でしかないと。

 戦いを挑んではいけなかった。目の前の存在は、地震や竜巻などの災害そのものなのだから。ただ巻き込まれないように、端で大人しくするしか助かる術はない。

 この事実を知ってさえいれば、自然災害に等しい存在に立ち向かおうなどという愚行を犯すことは無かった。


 「褒美として超魔法を使ってやろう」


 右手をこちらにかざす。それは心臓に剣を当てられているに等しい行為。もはや抵抗する気すら起きない。


 「死の審判トーデスシュトラーフェ


 人間では発音できないであろう、最後まで聞き取ることのできなかった言葉と同時に、意識が闇に落ちていった。




 「力を・・・・・・使いすぎたか・・・・しばし・・・・」

 「ユーリ!」


 彼女の上体がふらふらしている。恐らく倒れてしまうのだろう。そう考えたジークは、後方車両に向かって走り出す。


 少女は目の前で倒れかけてしまう。それを両手で押さえながら上体を安定させる。先程の勢いはどこにいったのか、今は静かな様子であった。

 ほどなくして聞こえてきた小さな寝息に安堵の息をつく。少女を背負いながら、ジークは先頭車両の梯子へと向かった。




 寝息を立てながら眠っているユーリを背負いながら、ジークは梯子を下りて、先頭車両へと降り立った。


 「あ、おかえり。こっちは大丈夫だったよ」


 手持無沙汰に立ち尽くしていた、アスカが駆け寄ってくる。周囲に目立った形跡がないことから、増援の類はこなかったらしい。


 「後は任せた」


 怪我はしていないようだが、あれだけの大立ち回りをしたのだ、彼女をゆっくり休ませたいと思ったジークは、アスカに事態の収拾を任せる事にし、足早に自分たちが板個室へと向かう。これまでの経緯から彼女に任せても問題ないと考えていた。


 「任せたって・・・・・・え? ちょっと!」


 後方から聞こえてくる抗議の声を聞き流しながら、出入り口のドアへと歩を進めていく。後で謝らなくてはなぁ、と反省しながらも、歩くスピードを緩めることは無かった。


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