第30話 闇夜に咲く赤い華
男の首の根元から流れる血。その血だまりが月の光に反射され、鮮やかな“華”を闇夜に咲かせていた。
月の光が華を照らし、燦然と光り輝いている。
それは、ある種の美しさを醸し出している光景であった。
腰まで届く銀色の髪をなびかせ、怪物は前を見据える。
「真祖たる私に対し、傲慢にも戦いを挑むか・・・・その気概は認めてやる。だが、履き違えてはならぬぞ、人の子よ。勇敢と無謀は違うのだと」
鋭い紅蓮の双眸が、標的と見なした男達を捉える。
一歩、また一歩と地面を踏みしめながら、男達の方へと歩を進めていく。その一挙手一投足からは、高貴で高圧的な雰囲気を周囲に与えている。
「ノーブルヴリコラカス」
怪物が補助魔法を自身に付与させると同時に、その全身に淡く光る、血の如き赤黒いオーラが纏う。
圧倒的な威圧感を纏っている怪物は、悪漢どもの内、一人の男が立ち尽くしていた車両の上に辿り着いてしまった。
「脆弱な人間だろうと、これくらいは耐えてくれるであろうよ・・・・・・これが上級魔法よりも強力な最上級魔法であるぞ」
軽く薙いだだけで首を切り落とすことができる、陶磁器の様に透き通った小さな右手を挙げる。
その何気ない動作も、男からすれば、死神の鎌が自身の首に当てられたに等しい行為。
「・・・・ひぃっ!」
仲間が惨殺されたことに腰が引けてしまった長剣使いの男の顔が歪む。
「ダークネス・スワロウ・フェルカー・モルト!」
怪物の右手から放たれた、光をも飲み込む奈落の闇に、男の身体が包み込まれる。
闇が消え去ったときには、その場に居た筈の男の身体が消失していた。
まるで、男だけを世界から取り除いたように、光すら反射しない闇の中に飲み込まれて跡形もなく消え去ってしまった。
その男の存在が嘘ではなかったものを証明する物は、怪物の放った闇から、偶然にも逃れていた長剣の剣先だけであった。
剣先だけが、音を立てながら連馬車の屋根の上に転がり落ちる。
大の人間が、文字通り消滅したことに呆気にとられる一同。
夜を切り裂く風の音だけが鳴り響く。
「さァ、貴様らには特別に私の全力をお見舞いしてやろう。光栄に思うがいい。私が本気を出すなど数百年に一度といったところだからな」
あくまで不敵な笑みを崩さずに、冷淡に述べていく。
「括目せよ。これが最上級魔法の上をゆく『超魔法』である!」
もしこの場に、VRMMOソフト『ミッドガルズ』のプレイヤーが居合わせていた場合。
彼らは口をそろえて言うだろう。
――――超魔法など、この世界に存在しない、と。
だが、この場に。この世界に。そのことを指摘出来る者は存在しえなかった。
怪物が呟く。
鈴を転がすような透き通った声で、破壊の文言を。世界を破滅へと導く詠唱を。
「魔力解放・・・・・・断罪の礫!!」
およそ人間の言葉ではないであろう、その場に居合わせた誰もが聞き取ることのできない発音をもって怪物は魔法を行使する。
その瞬間。硝子の割れるような音が周囲に響き渡る。
一同が空を見上げると、絶望の光景が広がっていた。
ひび割れた闇の空から、灼熱の炎を纏った無数の巨大な岩が、連馬車の周囲一帯に降り注がれる。
幸いにも、その魔法の攻撃範囲からすれば、対象の男達は余りにも小さく、矮小であったらしく、巨大な岩が男達に命中することはなかった。
しかし、連馬車と男達は無事でも周囲の草原は無事では無かった。すさまじい衝突音と共に草原に巨大な穴が穿たれる。
その光景は世界の終末を表している様だった。
「これが! これこそがッ! 超魔法ッ!」
魔法の威力に驚くことも、恐怖することもせず、さも当然の様に怪物は自身の強さを世界に知らしめる。
草原が破壊されていくことを留意することなく、八重歯をむき出しにして高笑いする。
屋根上で起こっている恐慌などおかまいなしに、連馬車は速度を上げて目的地まで走り続ける。
破壊し尽くされた大地も、連馬車が走り去ることで周囲一帯の景色は、何事もなかったかのように、元通りに戻っている錯覚に陥る。
「封印解除・・・・目標捕捉・・・・魔力解放・・・・・・永久の暴風!!」
その呪文を叫ぶと同時に世界から音が消えた。
夜の空から流れ落ちるのは斬撃の暴風雨。怪物の周囲にある大気が見えざる剣によって無数に斬りつけられていく。縦横無尽に踊り狂う、暗き闇色の剣閃によって世界が引き裂かれていく。
世界が音を取り戻した時には、超魔法の対象たる悪漢達は、リーダー格の男をたった一人除き、塵一つ残さずに消滅した。
先程の、全てを飲み込む闇とは違い、存在していた名残も残さない、完全なる消失であった。
「フハハハッ! 温い! 温いぞ! 人間よ!」
両手を広げ、世界は我が手にあると言わんばかりの態度を取る。
「世界のすべてを破壊し尽す圧倒的な力。最上級魔法すら足元にも及ばない。それこそがこの超魔法であるが故」
満足げに、己の戦果を誇るように、明々と夜空を彩る星々に語り聞かせる。
「まァ、聞こえてはおらぬようだが」
怪物が嘲笑する。その眼光はどこまでも冷酷であった。
「フン。つまらんな」
踏みしめるように、連馬車の上を歩いていく。
「残るは貴様か」
「くそったれが!」
運よく生き残ってしまったリーダー格の男が吠える。自身に残された道は、生き足掻く事のみ。
「ブラッディランス」
銀色の髪をなびかせながら怪物は深紅の槍を、何もない空間から出現させ、手中に収める。
特にどうという事はない、力を込めたわけでも無く、ただ無造作に音速の刺突をリーダー格の男に行なった。
しかし、男はその一撃を、上体を折ることでやり過ごす。横に飛ぶわけでも無く、ただ、しゃがむだけで回避していた。
怪物はすぐさま突き出していた槍をそのまま振り下ろす。その威力は途方もないもので、掠れば、人間一人、撲殺できてしまうであろう高速の振りおろし。
その死の一撃を、男は腰に差してあった剣で受け止める。怪物は腰を入れて槍を振るったわけでもないのに、剣から伝わる破壊の衝撃。油断していると意識を持って行かれそうになる。
「ん?」
刺突を防がれるとは思いもよらなかったようで、怪物は意外そうな顔をする。
「なるほど、少しは骨のある奴がおったか」
淫靡な雰囲気を纏っている怪物は破顔した。その笑顔は、獲物を捕らえた肉食獣のような危険性を持っていた。
「ではこうするとしよう」
おもむろに、怪物は深紅の槍を二つにへし折り、両手に一本ずつ構えた。
その事実に男は瞠目する。
深紅の槍は軽く打ちあっただけでも凄まじい硬度を誇ることは分かっていた。
それをいともたやすく、まるで木の枝をへし折るように槍を折ることはにわかに信じがたい光景であった。
「さて、第二ラウンドを始めようではないか」
2本の棒状の武器を構えながら、怪物はゆっくりと笑う。その紅蓮色の棒には、血の如く赤黒い色をした、茨模様が先端から根元まで浮かび上がっていた。




