第29話 狂気を纏いし者
※出血描写を含んでいるので、苦手な方は「戻る」をお願い致します。
ユーリとジークが先頭車両の梯子を使い、連馬車の屋根の上に辿り着くと、吹き抜ける風が二人を出迎えた。
個室の窓から眺めていた通り、連馬車はかなりの速度で走っているらしく、凄い勢いの風がユーリの銀色に輝く長い髪がなびいている。
「ボ、ボス来ましたよ」
「投降しましょうよ~」
「ここまで来て、謝ったところで許してもらえるわけねぇだろ!!」
後ろから激しく吹き荒れる風を背中で感じながら、ユーリは声が聞こえてきた方を見る。
リーダーを含む、悪漢達は連馬車の最後尾。ユーリ達から見て、ちょうど反対側に位置する車両の屋根の上に乗っていた。
まさか追ってくるとは思っていなかったらしく、動揺の色を隠しきれていなかった。
僅かに話し合う素振りをユーリ達に見せ、リーダーを除いた男達は思い思いの武器を手に、そろりそろりと車両を渡り、ユーリ達が立っている先頭車両に向けて歩き出す。
「ジーク君は、ここで待機してもらえる? ちょっと狭いみたいだから、魔法の巻き添え食らうかも」
向こうも覚悟を決めたようなので、距離があるうちに、ユーリは戦いの準備をし始めた。
ちょうどこの場所は屋外なので範囲魔法を使っても“床”を傷つけない様にすれば問題ないはず。不届き者どもを追い払うのだから、多少の破損は大目に見てもらいたいところである。
「一応これ渡しておくね」
「これは?」
銀色の髪がなびいていくのを内心鬱陶しいと感じながらも、ユーリはアイテムボックスを操作し、ジークにあるアイテムを手渡した。
「セフィラドリンクっていうアイテムだよ。ざっくり言えば振りかけた相手のMPを全回復するアイテムだから、僕がやばそうになったら使ってもらえる?」
「・・・・・・わかった」
この世界のアイテムがどの程度の効力を持っているのかはユーリには分からないが、セフィラドリンクが貴重な物であることくらいは、この世界に来てからの感覚で理解している。瞬時にMPが全回復するアイテムなど一つ売れば、多額の財産になるのではないか、とユーリは推測していた。
ゲーム時代のミッドガルズであっても、セフィラドリンクを99個も揃えるのは、けっこうなゴールドと時間を費やしてしまった。
そのような貴重品をむざむざ使い潰すつもりは毛頭ないが、もしもの時に備えて、最も信頼できる人間に手渡しておこうという考えであった。
「よっと」
先頭車両から軽く跳躍し、一つ隣の車両に飛び移る。一瞬だけ夜の闇を飛ぶ感覚を味わい、背筋が寒くなるのを感じる。戦闘を目前にしてか、心臓がいつも以上に高鳴っていくのがわかる。
「結構スリルあるな~、これ」
「・・・・く、くるな!」
足元から視線を上げると、同じ車両の反対側に短剣を構えた男の姿があった。先程の戦いでユーリの攻撃魔法の威力を目の当たりにしたからだろう、全身は軽く震え、怯えているようにも見えた。
相手が怯えているわけではあるが、こちらとしても手心を加えるわけには行かない。
「ひとまずは上級魔法辺りで・・・・・・」
蹴散らしてしまおう。
そう考えた瞬間。
「・・・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・」
自身の体調に生じる違和感。
この感覚をユーリは知っていた。
連馬車に乗っている時にアイテムボックスにしまいこんであった小説を読み終え、ぼんやりと外を見ていた時に味わった感覚。
「・・・・・・!」
動悸が激しくなる。
呼吸が荒くなり、まともに息が出来ない。
何が起きたのかはわからない。
ただ、何かとんでもないことが起きようとしているのではないだろうか。
自分は何か間違った選択肢を選んでしまったのではないだろうか。
視界が明滅する。
地面が近くなる。
地面が遠くなる。
音が聞こえなくなる。
何かに見られている気がする。
月が見える。
丸い満月。
見ているだけで魂が吸い込まれてしまいそうになる。
ナゼカはわからないガ頭痛が頭を苛ム。
頭痛で思考が停止する。
吐き気をもよおす頭痛がする。
あたまがいたすぎてきもちがわるい。
頭痛が頭痛が頭痛が頭痛が頭痛が頭痛が頭痛が頭痛が頭痛が頭痛が痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛。
「うああああああああああああっ!!」
思考が深い闇の中に落ちた。
突然少女が苦しそうに叫んだと思ったら直立した状態で動かなくなってしまい、男は眉をひそめた。どこか具合でも悪いのだろうか、ここは看病してやるのが大人の役目なのではないだろうか。
目の前に少女は、愛想こそ悪いがとびきりの美少女である。看病のついでに身体を触ったとしても問題はない。
男は、自分が優位に立ったことを確信し、少女の傍に歩み寄る。
「おいおい、大丈夫か~? 俺が優しく介抱して」
少女の肩に手を掛けた瞬間。
「退け」
少女は虫を追い払うように、男を手で払いのけた。
「――――」
少女の肩に手を掛けた男の首から上が、払いのけた衝撃で綺麗に両断されていた。
ぼとり、と男の首が足元に転がり落ちた。
籠から転がり落ちた林檎の様に。
男の首から吹き出したるは、血の噴水。
その“噴水”に濡れたくないと思ったのだろう。少女は血が噴き出す瞬間、後ろに飛んで血飛沫を回避していた。
「・・・・ユーリ?」
明らかに彼女の様子がおかしいとジークは考えた。纏っている雰囲気が打って変わり、まるで別人の様であった。
「・・・・・・」
ジークの声に反応したのかは定かではないが、銀髪の少女が後方で立ち尽くしているジークの方を振り返る。
「な!?」
――紅玉色の瞳と目が合う。
蒼玉色の瞳をしたユーリとは違い、紅玉色の眼をした少女。
その声。その銀色の髪色。若葉色のローブに身を包んだ矮躯な身体。
それは見間違うはずもない。
しかし前方にいる彼女は、血の滴るような紅蓮色の眼をしていた。
「あぁ・・・・・・月が綺麗だな」
連馬車が僅かに揺れた瞬間。屋根の上から転がり落ちた男の首に一瞥もくれることなく、恍惚の表情で満月を見上げる少女は、どこか淫靡で退廃的な空気を醸し出していた。
「さぁ、家畜共よ」
少女は血の様に赤く光る、紅玉色の瞳を輝かせながら、両手を広げ、不気味に笑う。
その笑みは、獲物を狙う肉食獣のようで、全身に殺気を漂わせている。
これより繰り広げられるであろう、一方的な塵殺に相応しい、禍々しい笑みであった。
「貴様らには屠殺とはどういうものか、“私”が手ずから教えてやろう」
これから始まる殺戮を心から祝福するように、怪物は屈託のない笑顔を浮かべた。




