第18話 回復魔法
風の神殿を後にしたユーリとジークは、宿泊施設のアサギに戻るため、森の中を歩いていた。
野宿ではあったが休憩を取ったことにより、体力は回復しており二人の足取りも軽い物であった。
「うわぁっ!」
浮き上がっていた木の根にユーリは足を躓いて転んでしまう。
勢いよく転んだことにより、彼女の若葉色のローブは土で少し汚れる。
「ヒール!」
うつ伏せの状態から起き上がったユーリは膝を曲げる形で座り込む。
自分の膝を擦り剥いている事に気が付いたユーリは、すぐさま回復魔法を行使して、自身の傷を治す。ユーリがヒールの回復魔法を唱えた直後、その右手が発光する。
「大丈夫か?」
「傷口は塞がったけど、ちょっと足首を捻ったみたい」
膝の傷は塞がれ痛みもなくなったが、ユーリは足首に痛みを覚えていた。
「ヒール」
再度、回復魔法をかけてみるも効果はなく、痛みが引くことはなかった。
何でもかんでも回復魔法を使えば治るわけではないのか、とユーリは思案する。
怪我に回復魔法を使うと、痛みも傷と一緒に消える。
しかし、痛みそのものに回復魔法を使っても、痛みが引くことはないのだろうとユーリは推測する。
「・・・・風邪や病気に回復魔法を使っても効果は薄いのかな・・・・・・」
ユーリは口元に手を当て考え込む。
「うーん、そうだな」
ジークは何かを考える素振りを見せながら、今もなお考えを巡らせているユーリの近くに歩み寄り。
「よっと」
「ふぁっ!」
ジークは右手でユーリの肩の下に手を入れ、左手で膝の下に手を入れ、ユーリの小柄な身体をヒョイと持ち上げる。
――俗に言うならば、お姫様抱っこであった。
「な、なにを・・・・・・!」
「敵が出てきたら降ろせば大丈夫だろ?」
突然の事態に口を動かすことが出来ずに、ユーリはただ狼狽するだけであった。彼女の白い頬は今や真っ赤に染まっている。
「お、見えてきたな」
それから歩くこと数刻。アサギは、微かではあるが二人の目で見える距離まで来ていた。
おそらくあと数十分で到着といったところであろう。
青年の腕に抱かれている少女は、相も変わらず無表情のまま硬直している。
彼が歩く振動を全身で感じながら、ユーリは内心動揺してしまっていた。
男性に布越しとはいえ、体温を感じてしまうほどに密着し、触れられているというのにユーリは不思議と嫌悪感を感じていなかった。
それどころか、少々優しくしてもらって嬉しいと思っている自分がいることもユーリは気付いている。
アサギの周囲を囲んでいる柵を青年が通り抜けた時、はたとユーリはあることに気付く。
「ちょ、ちょっと待って! 君はこのまま宿に戻るつもりなの?」
「そうだけど、どうしたんだよ?」
問題はあるのか? という顔を浮かべながらも、歩くスピードを遅めない青年にユーリは腕の中で抗議の声をあげる。
まさかこの男は、このまま宿屋の受付に行き、大勢の前で宿泊の手続きをするつもりなのかと。
さしものユーリといえど、それは看過できない言葉であった。
「もう・・・・・・大丈夫・・・・だから・・・・降ろして・・・・・・・・?」
「そうか?」
大勢の前でお姫様抱っこなどされたら、もう二度とこの宿に泊まることはできないとユーリは考える。
それに足首の痛みは感知している様であったし、彼に甘えすぎるのは良くないとの判断であった。
「あ・・・・・・ありがとう」
突然のことで動揺していたとはいえ、親切にしてもらったことに変わりはないので青年に礼を述べるユーリ。
視線を横に逸らし、もじもじと顔を赤らめながらお礼を言ってくる、煌びやかな銀髪に透き通った翡翠色の眼をした少女の姿にジークも少しだけ照れてしまう。
昨日と同様に宿屋のカウンターで手続きを済ませ、人通りの多くなっているロビーを歩いて通り抜け、一番奥にある部屋。
ユーリはベッドに腰を掛けて視線を彷徨わせていた。
まさに心ここにあらずという様子。
「一日ぶりのベッドだな」
「へ!? あ、うんそうだね」
別のことを考えていたユーリは、突然声を掛けられて、驚きの声をあげてしまう。
「明日はエルヴ村に行く予定だから」
「何があるの?」
「エルヴ村には何もないけど。エルヴ村から俺達が今居るケテル大陸一の大都市「ネクイド」に向かう馬車が出るんだ」
ネクイドという都市はゲームの時には存在していなかった筈なので、ゲーム時代から千年の間に作られたのだろうとユーリは考える。
ミッドガルズではAIによる、街やダンジョンの自動生成機能はあったが、いくらゲームといえども、一朝一夕で街やダンジョンはできたりはしない。
「君は行ったことあるの?」
「俺は行ったことないけど、村の人は1回だけネクイドに行ったことがあるらしいな」
「へぇー」
「興味があるのか?」
「新しい街ってなんかこう、わくわくするでしょ。楽しみだな~って」
新しい街に新しい出会い。
それは、旅において醍醐味ともいえる。ユーリは表情には出さないものの、心中では胸を躍らせていた。
「まぁ、まずはエルヴ村に着いて、そこから馬車に乗っていくわけで、すぐに行けるってわけでもないけどな」
「うん。なら楽しみにしているね」
そのまま布団に潜りこんだユーリは、慣れない野宿に疲れていたようで意識はすぐに暗闇に落ちていく。
彼の腕はこのベッドよりも温かったな、と薄れゆく意識の中でユーリは、ぼんやりと考えていた。




