第九十八話 覚えている者
北から届いた処理を。
クロニクルへ記録する。
【維持処理起点:神崎蓮】
【対象:世界線境界】
【処理履歴:継続】
「昨日だけではない。」
レインが読み上げる。
「前から続けてる。」
「どのくらい前ですか?」
【現在世界線の開始以前】
世界暦0年より前ではない。
今の世界線が始まる前。
存在しないはずの時点だった。
「世界線が始まる前は、何があるんだ?」
【境界移行領域】
【通常の時間情報は適用されません】
「時間の外みたいな場所か。」
神崎がそこでどう存在するのかは分からない。
「世界の外側から始めた処理か。」
学院長が言う。
「それなら、神崎蓮は世界線が変わる時にも存在している。」
◇
「記憶情報を照合。」
【対象:神崎蓮】
【世界線移行時の連続性:あり】
文字を読んだ瞬間。
レインの背中が冷たくなった。
「連続してる。」
「身体が同じということですか?」
【物質情報:再構成】
【魂情報:連続】
「身体は、その世界ごとに作り直される。」
「でも魂は続いてる。」
トーマが言った。
「つまり、覚えてる?」
【記憶保持:確認】
神崎は。
別の世界へ移っても。
前の百年を忘れていない。
「何回分ですか?」
【集計中】
◇
表示が止まっている間に。
レインは雪原の戦いを書き直した。
神崎が先に避けた場所。
黒い光を放つ前の手の動き。
レインの剣が届く瞬間だけ。
神崎は動かなかった。
黒い光をレインの胸へ向けた時も。
攻撃を途中で止めていた。
倒す機会があったのに使わなかった。
迷いだったのか、何かを守ろうとしたのかは分からない。
「避けられたのに。」
セレスが紙を見る。
「最後は受けたんですね。」
「うん。」
「倒されることを選んだ?」
「そこまでは分からない。」
傷を負っていたから。
避ける力が残っていなかった可能性もある。
けれど。
それまでの動きは。
レインの剣を何度も見た者のものだった。
「今回、と言ったのも。」
トーマが呟く。
「前を覚えてたからか。」
◇
【集計完了】
【保持履歴数:表示上限超過】
「また上限か。」
【概数:万単位】
レインは。
すぐには読み上げられなかった。
「どうした?」
「万単位。」
トーマの手が止まる。
「一万回以上ってことか?」
「概数だから、正確には分からない。」
一回が百年。
それが一万以上。
数字にしても。
時間の長さを理解できない。
最初の百年で話した人の声を。
一万回目にも覚えていたのか。
それとも、新しい記憶に押されて消えたのか。
欠損という表示は。
神崎が全てを同じ鮮明さで持つわけではないことも示していた。
何度、勇者が現れ。
何度、神崎へ剣を向けたのか。
何度、世界が終わったのか。
「その全部を。」
セレスが息を飲む。
「神崎蓮は覚えているんですか。」
【記憶保持:継続】
【欠損:あり】
完全ではない。
名前を失い。
自己認識も薄れている。
それでも百年の記憶は消えず、積み重なっている。
◇
「一人で?」
トーマの問いに。
誰も答えられなかった。
世界が変わるたび。
仲間も。
街も。
交わした言葉も作り直される。
同じ姿の人がいても。
前の百年を知らない。
神崎だけが。
全てを覚えたまま次へ進む。
昨日まで味方だった者が。
次の世界では初対面の顔で剣を向ける。
助けた街が壊れ。
守った約束も、神崎以外には存在しなくなる。
「だから、遅かったな、と。」
レインは雪原の声を思い出す。
怒りではなかった。
諦めだけでもなかった。
長く待ち続けた者の声だった。
今のレインが。
何万回目の待ち人なのか。
まだ分からなかった。
一万冊の本を読むだけでも、一生では足りない。
神崎はそれを読んだのではなく。
一冊ずつ、自分の時間として生きていた。




