第七十六話 三つ目の声
翌日の放課後。
前室の机に。
黒い本と音声魔石が並んだ。
「同じものか、先に確かめます。」
司書が魔石の寸法を測る。
レインの帳面にある窪みと。
一つずつ比べた。
「長さは一致。」
「端の形も。」
「中央の溝は?」
「同じ位置です。」
同じ形。
だが。
箱がこの魔石のために作られたとは。
まだ言い切れない。
「置けば分かるかな。」
トーマが言う。
「反応があれば。」
「反応がないことも、結果です。」
セレスが記録用の紙を用意した。
レインは二つを抱える。
「行ってきます。」
◇
円形の部屋で。
浅い箱を開く。
先に黒い本を置いた。
【接続済み:一/二】
次に。
音声魔石を窪みへ近づける。
触れる直前。
魔石の中央が光った。
箱の底にある溝と。
同じ青い線が重なる。
レインは手を止めた。
決めた通りなら。
新しい反応を見つけた時点で戻る。
置く前に。
「ここまで。」
魔石を離す。
光は消えた。
◇
「置かなかったのか?」
トーマが驚く。
「約束したから。」
「いや、そうだけど。」
「よく戻れたな。」
「俺も、少し迷った。」
知りたい。
家名につながる声が。
すぐそこにあるかもしれない。
けれど。
急いで間違えれば。
また、読めることだけを理由に。
一人で答えを作ることになる。
学院長が頷いた。
「反応があることは確認できました。」
「次は、置いた後に何が起きても記録できるようにします。」
前室の魔法陣へ。
記録用の導石を三つ加える。
音声が流れた場合は。
前室にも同じ振動を写す。
声だけではなく。
表示が出た時刻も記録する。
深部にいるレインの帳面と。
前室の記録を、後で合わせるためだった。
「聞こえた言葉を、すぐ答えにしないでください。」
セレスが言う。
「戻ってから、もう一度確認します。」
「分かってる。」
「本当に?」
「今日は三人とも同じことを言うんだな。」
「大事なことだからだ。」
ガレスの答えに。
トーマまで頷いた。
レインが聞き間違えても。
戻ってから確かめられるように。
◇
もう一度。
深部へ入る。
黒い本を置く。
音声魔石を。
隣の窪みへ収めた。
【接続済み:二/二】
【保管処理を再開】
【名称断片を確認】
【追加音声記録への接続を試行】
魔石から。
小さな雑音がした。
『――記録しておく。』
男の声。
一件目と。
二件目に似ている。
『俺の名前は――』
音が途切れる。
レインは息を止めた。
『……蓮。』
短い音声は。
そこで終わった。
【記録番号:0003】
【一部欠損】
【名称情報:部分照合】
蓮。
黒い本にあった文字と。
男が名乗った音が。
初めて重なった。
◇
前室へ戻る。
導石には。
同じ声が残っていた。
『俺の名前は――』
『……蓮。』
「名前だったんだな。」
トーマが言う。
「人の名前ではありました。」
レインは答える。
「でも。」
「誰の名前かは、まだ。」
「声は、前の二件と同じでは?」
セレスが尋ねる。
司書が三つの波形を並べた。
高さ。
間隔。
魔力振動。
「酷似しています。」
「同一人物の可能性は高い。」
「確定は?」
「欠損部分が多すぎます。」
レインはクロニクルへ尋ねた。
「三件の話者は同じ?」
【話者照合:高一致】
【完全照合には名称情報が不足しています】
また。
家名が足りない。
「百年前の勇者との照合は?」
【記録番号0001との話者照合:高一致】
【記録番号0002との話者照合:高一致】
【名称による対象確定:未達成】
「声はつながってる。」
トーマが言う。
「蓮と名乗った人が、勇者だった可能性は高い。」
「可能性は。」
セレスが念を押した。
「でも、前よりは近づきました。」
同じように聞こえることと。
同じ人物だと証明すること。
その間には。
まだ、名前の残りがある。
それでも。
一つだけ。
推測から事実へ移せる。
『蓮は、人の個人名。』
『記録番号0003の話者が、自分の名前として発音した。』
その声が。
百年前の勇者と同じかどうかは。
まだ、高い可能性。
けれど。
名前の空白は。
一文字分だけ。
確かに埋まった。
黒衣の男へ。
まだ、その名を重ねない。
呼ぶためには。
残りの名前と。
同じ人物だと示す記録が必要だった。




