第七十五話 二つ目の窪み
黒い本を。
深部へ戻す。
その提案は。
すぐには認められなかった。
「持ち込んで、何も起きない保証はありません。」
司書が言う。
「前に拾った時は。」
「壁の文字が現れました。」
「今回は、別の反応が起きるかもしれない。」
「だから調べるんじゃないのか?」
トーマが言って。
ガレスを見る。
「危ないからやめる、だけじゃ進まないだろ。」
「危険を減らしてから進む。」
ガレスは黒い本を指した。
「違いは大きい。」
持ち込む前に。
本の形。
重さ。
頁の数。
留め具の状態を記録する。
レインが戻る時刻も決めた。
「円形の部屋まで。」
「本を箱へ置く。」
「表示を確認したら戻る。」
「新しいものが見つかっても?」
セレスが尋ねる。
「触れる前に戻る。」
レインは答えた。
「一人で決めない。」
◇
境界を越える。
腕に抱えた黒い本が。
少し重く感じた。
前室にいる時と。
重さは変わっていない。
そう分かっていても。
一人で運ぶと、違って感じる。
レインは階段を下りた。
円形の部屋。
壁の日本語は、変わらない。
『これを読める者へ』
棚の金具を押す。
浅い箱が開いた。
中は空いている。
レインは本を置かず。
先に箱の底を調べた。
前に見た時は。
本で隠れていた場所。
細長い窪みがある。
黒い本を収める形ではない。
指二本ほどの幅。
端は丸い。
「もう一つ。」
レインは帳面へ形を写した。
黒い本を置く場所と。
その隣にある、小さな窪み。
箱は。
最初から二つを収めるように作られていた。
窪みの周囲には。
文字も、印もない。
黒い本の方にも。
二つで一組だと示すものはなかった。
レインは箱の縁へ顔を近づける。
埃が途切れているのは。
本が置かれていた場所だけ。
細い窪みの中には。
薄く埃が残っている。
最近まで何かが入っていたようには見えない。
ただ。
いつから空いているのかは分からなかった。
『二つ目の窪みは空。』
『使用時期、不明。』
見たものだけを書き残す。
◇
黒い本を。
元の位置へ置く。
箱の縁が、淡く光った。
【保管記録を確認】
【記録媒体:照合】
【構成記録:二点】
【接続済み:一/二】
二点。
この本だけでは足りない。
「もう一つの記録媒体。」
【照合対象を検索】
【近接区画に反応あり】
【現在位置への接続なし】
近接区画。
前室か。
別の場所か。
レインは問いを変える。
「形は。」
【情報を表示】
青い線が。
窪みの上へ重なった。
丸い端。
中央を走る、細い溝。
見覚えがある。
「音声魔石。」
前室で。
二つの声を聞いた石。
その形と似ていた。
【候補媒体:音声記録】
【同一媒体かは未照合】
似ているだけで。
同じとは限らない。
「この箱の記録が作られた時期は?」
【作成時期:参照不能】
「黒い本が置かれた時期。」
【保管時期:参照不能】
前からあった箱なのか。
誰が本を収めたのか。
どちらも分からない。
分かったのは。
二つの媒体を使う構成だったことだけ。
レインは表示と窪みを書き写した。
時間を見る。
ここまで。
本を持ち上げる。
箱の光が消えた。
◇
「音声魔石を置く場所?」
戻ったレインの帳面を。
トーマが覗き込む。
「候補。」
「形が似てるだけ。」
「それでも。」
セレスが前室の床を見る。
音声魔石から伸びた。
細い魔法陣の線。
あの線は。
深部の方角へ続いていた。
「二つの反応は、同じ方向を示しています。」
「持っていく価値はある。」
ガレスが言う。
「ただし、次も同じ条件だ。」
「置いて、確認して、戻る。」
「はい。」
黒い本にあった一文字と。
名前のない声。
二つはまだ。
同じ人物へつながっていない。
けれど。
別々に見つけた記録には。
最初から。
並ぶための場所があった。
「明日は、魔石を置く前に戻ります。」
レインが言う。
「近づけた時点で反応があるかもしれないから。」
「置けるかどうかだけで、一度戻るのか?」
「うん。」
トーマは何か言いかけたが。
最後には頷いた。
「じゃあ、その次は俺たちも聞けるようにしておこう。」
一人でしか入れない場所でも。
確かめる方法まで。
一人分にする必要はなかった。




