第五十二話 倒さないための剣
翌朝。
訓練場の中央に、三体の土人形が立っていた。
どれも人と同じほどの大きさ。
腕には木剣。
胸元には、赤い印が浮かんでいる。
「また土人形か。」
トーマが木剣を肩へ担ぐ。
「昨日と同じなら、魔力の薄いところを打てば止まる。」
「説明を聞く前に決めるな。」
ガレスが三人の前へ立った。
「今日の課題は、魔力の膜を壊すことではない。」
「じゃあ、どうやって倒すんですか?」
「倒す必要はない。」
トーマが木剣を下ろした。
「三体のうち、一体だけが情報を持っている。」
「胸の印へ触れれば、色が変わる。」
「正しい一体を見つけ、訓練場の外へ出せ。」
「ほかの二体は?」
セレスが尋ねる。
「お前たちを妨害する。」
「壊した場合は失格だ。」
「三体とも?」
「三体ともだ。」
倒せる相手を。
倒さずに止める。
レインは土人形を見る。
魔力の流れは三体とも同じに見えた。
「始め。」
◇
三体が同時に動いた。
中央の一体が、真っ直ぐレインへ向かう。
左右の二体は、トーマとセレスへ。
「まず止める!」
トーマが木剣を振る。
風が走り、土人形の足元を払った。
だが。
人形は片膝をついただけで、すぐに立ち上がる。
「硬いな!」
「壊すなよ!」
「分かってる!」
レインも木剣を構える。
振り下ろされた一撃を受け流す。
土人形の胸が近づく。
赤い印へ手を伸ばした。
指先が触れる。
印は赤いまま。
「違う!」
「なら、次です!」
セレスの声。
足元の水が細い帯になり、人形の腕へ巻き付く。
動きが止まった一瞬に、セレスが印へ触れた。
「これも違います!」
残る一体。
トーマの前にいる人形だけが、まだ確認できていない。
「こいつか!」
トーマが手を伸ばす。
その横から、レインが確認した人形が迫った。
「危ない!」
身体が先に動く。
木剣を横へ振る。
魔力の薄い場所を狙えば、一撃で止められる。
けれど。
壊せば失格。
軌道を変える。
剣の腹を、人形の手首へ当てた。
木剣が弾かれる。
そのまま肩を押し、進む方向だけをそらす。
「今!」
トーマが残る印へ触れた。
赤い光が、青へ変わる。
「当たり!」
「外へ運びます!」
セレスが水の帯を、青く光る人形の腰へ巻き付ける。
三人で引こうとする。
だが。
人形は外へ進まない。
木剣を振り上げ、トーマへ打ち込む。
「情報を持ってても、味方じゃないのかよ!」
トーマがぎりぎりで避けた。
「情報を持つ者が、協力するとは言っていない。」
訓練場の外から、ガレスが言う。
「先に言ってください!」
「聞かなかっただろう。」
「絶対わざとだ!」
◇
青い印の人形は、三体の中で最も強かった。
水の帯を引きちぎり。
トーマの風を、木剣で散らす。
残る二体も動き続けている。
「このままじゃ運べない。」
レインは距離を取った。
「足を止めよう。」
「壊さずに?」
「関節だけを狙う。」
土人形の身体を、細い魔力が巡っている。
胸元から肩へ。
腰へ。
膝へ。
流れが細くなる場所がある。
「セレス。」
「右の膝に水を。」
「はい。」
「トーマは、左から風を当てて。」
「倒していいのか?」
「倒すだけ。」
「壊さない。」
二人が頷く。
セレスの水が、右膝へ絡む。
トーマの風が、左肩を押す。
人形の身体が傾いた。
レインは懐へ入り。
木剣の先を、膝裏へ差し込む。
力を上へ逃がす。
人形が地面へ倒れた。
「今度こそ運ぶぞ!」
三人で人形を引く。
重い。
倒れたままでも、腕を振って抵抗する。
残る二体が近づいてくる。
「トーマ、押して!」
「やってる!」
「セレス、もう少し左!」
「はい!」
訓練場の端。
白い線まで、あと少し。
背後から木剣が迫る。
レインは振り返り。
自分の木剣で受けた。
腕に衝撃が走る。
それでも。
相手の胸は狙わない。
一歩。
もう一歩。
青い印の人形が、白線を越えた。
三体の動きが同時に止まる。
◇
「成功だ。」
ガレスが訓練場へ入ってくる。
トーマはその場へ座り込んだ。
「倒した方が絶対早い。」
「そうだな。」
「否定しないんですか?」
「倒すだけなら、もっと早く終わった。」
ガレスは停止した土人形の胸へ触れる。
三体を覆う魔力の膜は、すべて残っている。
「だが。」
「必要な情報を持つ相手まで壊せば、何も聞けない。」
レインは青い印を見る。
情報を持っている。
けれど、味方ではない。
攻撃もしてくる。
それでも。
倒す以外の方法はあった。
「北方で会う相手が。」
ガレスが言う。
「敵か、味方か。」
「お前たちにすぐ分かるとは限らない。」
「魔物も。」
「人も。」
「役割だけを見て剣を振れば、取り返しがつかん。」
雪原で。
自分は魔王へ剣を向けていた。
何も聞かずに。
名前も知らずに。
「倒さないためにも。」
レインは木剣を見つめた。
「剣が必要なんですね。」
「場合によってはな。」
「剣を抜かない強さも必要だ。」
ガレスはそう言って。
訓練場の外を示した。
「今日は終わりだ。」
「三人とも、午後の授業に遅れるな。」
「え。」
トーマが顔を上げる。
「これで終わりじゃないんですか?」
「一時間目の実技だ。」
「北方へ行く訓練なのに?」
「まだ行くと決まっていない。」
ガレスは先に歩いていく。
トーマが地面へ倒れ込んだ。
「北方より、午後の授業の方が遠い……。」
セレスが小さく笑う。
レインも。
木剣を抱えたまま、笑った。
けれど。
手の中の重さは、前とは少し違っていた。
倒すためだけではない剣。
その使い方を。
まだ、覚え始めたばかりだった。




