第四十三話 王都からの返書
学院の門に魔物が現れてから、
三日が過ぎた。
巡回の騎士が周辺を調べたが、
同じ魔物は見つからなかった。
防護の魔法陣にも異常はない。
それでも、
門の外を見るたび、
レインは茂みの奥にいた黒い影を思い出した。
学院の外は、
記録の中ではない。
◇
「もう一度。」
ガレスの声が訓練場へ響く。
レインは木剣を構え直した。
正面には、土で作られた人形が立っている。
表面を薄い魔力の膜が覆っていた。
「剣だけで破ろうとするな。」
「先に魔力の流れを見ろ。」
レインは人形の胸元を見つめる。
膜は均一ではない。
肩から腹へ流れ、
左脇でわずかに薄くなっている。
一歩、踏み込む。
木剣へ魔力を流した。
刃の代わりに、淡い光が木の表面を走る。
左脇へ剣を当てた瞬間、
土の人形を覆っていた膜が消えた。
「止まれ。」
ガレスの声に、レインは剣を振り切る前に止める。
「今の感覚を覚えておけ。」
「魔物も魔力で身体を守るものがいる。」
「力任せに打てば、先に剣が折れる。」
「分かりました。」
隣では、トーマが別の人形と向かい合っていた。
「薄いところを狙えばいいんだろ。」
「見つけてから言え。」
「見えてます。」
トーマが勢いよく踏み込む。
木剣が人形の肩へ当たり、
魔力の膜が大きく揺れた。
だが、消えない。
「惜しい。」
セレスが言った。
「今のは本当に惜しかっただろ。」
「薄いところの反対側でした。」
「それは惜しいって言わない。」
少し離れた場所で、
セレスは水の輪を土人形へ巻き付けていた。
流れを乱さず、
魔力の膜が薄い場所だけを静かに押さえている。
「戦い方に性格が出るな。」
トーマが呟く。
「何か言いましたか?」
「何も。」
ガレスが三人を見る。
「学院の外へ出るなら。」
「剣と魔法を別々に考えるな。」
「相手を倒すことだけでもない。」
「退く道を残せ。」
レインは木剣を下ろした。
「許可が出たんですか?」
「まだだ。」
「では、どうして外へ出る訓練を?」
セレスが尋ねる。
「許可が出てから始めていては遅い。」
ガレスはそれだけ答えた。
◇
訓練が終わる頃、
学院の鐘が二度鳴った。
授業の合図ではない。
門へ使者が到着した合図だった。
「まさか。」
トーマが木剣を抱えたまま走り出す。
「片付けてから行け。」
ガレスに襟をつかまれ、その場で止まった。
「急いでも許可の内容は変わらん。」
「でも、早く知りたいじゃないですか。」
「気持ちは分かります。」
セレスも、いつもより片付ける手が速かった。
レインは木剣を棚へ戻す。
胸の奥が、落ち着かない。
王都の記録院。
百年前の街道報告の原本。
名前を失った誰かの、
次の足取り。
◇
学院長室には、封を切られていない書状が置かれていた。
厚い紙に、王都の印が押されている。
学院長が三人の前で封を開いた。
「閲覧申請は、受理されました。」
「やった。」
トーマが小さく拳を握る。
「ただし、条件があります。」
学院長は書状を読み進める。
「閲覧できるのは、申請した記録のみ。」
「原本の持ち出し、複写、魔法による直接解析は禁止。」
「修復術具も使えない?」
レインが尋ねる。
「記録院の許可なく使うことはできません。」
「クロニクルで見るのは?」
トーマが言う。
「それは魔法じゃないんだろ?」
「分かりません。」
レインは正直に答えた。
「向こうから見れば、魔法に見えるかもしれない。」
「不用意に使うな。」
ガレスが言う。
「記録を見る前に追い出されたいなら別だが。」
「使いません。」
少なくとも、
許可を得るまでは。
「出発は二日後の朝。」
学院長が続ける。
「同行者はガレス先生。」
「レイン、セレス、トーマの三名を、調査補助として許可します。」
「俺たちも行っていいんですか?」
「三人で見つけた記録です。」
「ただし、学院の代表として行動すること。」
「勝手に動かない。」
ガレスが先に言う。
「一人で記録を探しに行かない。」
「一人で魔物を追わない。」
「分かってます。」
「返事が早い。」
「本当に分かってます。」
トーマの言葉に、学院長がわずかに笑った。
レインは書状へ目を落とす。
下部に、閲覧を許可された記録が並んでいる。
討伐後の街道報告。
北方救護所からの搬送記録。
そして、
魔王が初めて確認された時の報告。
三つ目を見た瞬間、
視界に青い文字が現れた。
【新しい情報取得地点を確認】
【王都記録院】
【関連項目:役割変更記録】
【取得可能な情報があります】
禁書庫へ導いた時と、
同じ表示だった。
「クロニクルが出た。」
レインが言う。
「何と?」
「王都の記録院に。」
「取得できる情報があるって。」
部屋が静かになる。
ガレスは書状とレインを交互に見た。
「今度は、扉がお前だけを通す場所ではない。」
「だからこそ。」
「一人で先へ進むな。」
「はい。」
今度は、ゆっくり答えた。
二日後。
学院を出る。
王都へ向かう道の先に、
百年前の勇者と魔王をつなぐ、
失われた時間が待っている。




