第三十八話 同じ過ち
学院長室。
机の中央には、
二つの魔石が並べられていた。
一つ目は、
勇者と呼ばれていると語った声。
二つ目は、
倒しても終わらなかったと語った声。
どちらも日本語。
どちらも、
同じ男の声だった。
「再生します。」
司書が一つ目の魔石へ触れる。
『――これを、聞いている人へ。』
『俺は、この世界で。』
『――勇者と、呼ばれている。』
一度止める。
次の魔石へ触れた。
『――聞こえて、いるか。』
『城を、出た。』
『戻ることは、できない。』
声の弱さは違う。
息遣いも。
周囲の音も。
けれど、
同じ人物であることは疑いようがなかった。
「クロニクル。」
【はい】
「二つの音声を照合して。」
【照合を開始します】
【記録番号:0002】
【記録番号:0003】
【同一人物の音声と判定】
レインは表示を読み上げた。
「同じ人です。」
「一つ目の声は、自らを勇者と呼ばれていると言った。」
学院長が確認する。
「二つ目は、何かを倒したあと、城を出た。」
「はい。」
「初代魔王を倒したとは言っていない。」
ガレスが続ける。
「城も、魔王の城だとは限らん。」
「そうです。」
まだ、断定はできない。
けれど。
点は、少しずつ近付いている。
「役割変更記録は?」
レインが尋ねる。
【音声照合を確認】
【履歴情報を更新】
【役割変更記録】
【基本情報の閲覧条件を達成しました】
青い文字が、
ゆっくりと形を変える。
【閲覧しますか?】
部屋の空気が張り詰めた。
「ここで見ても大丈夫か。」
ガレスが尋ねる。
「表示だけなら。」
「記憶への接続ではないんだな。」
「はい。」
レインは学院長を見る。
学院長が頷いた。
「表示してください。」
「閲覧する。」
【役割変更記録:基本情報を開示します】
◇
【変更前属性】
【勇者】
【変更後属性】
その下で、
青い光が乱れた。
【情報欠損】
「欠けてる。」
トーマの声が、
扉の近くから聞こえた。
いつの間にか、
セレスと一緒に学院長室へ入っている。
「入っていいって言われた。」
ガレスを見る。
「私が呼んだ。」
「二人も音声の内容を知っている。」
レインは頷き、
もう一度表示を見る。
「変更後の役割が読めない。」
「魔王ではないんですか?」
セレスが尋ねる。
「分からない。」
【補助情報を表示】
【役割変更理由】
【維持対象の喪失を回避するため】
「維持対象?」
「何を維持するんだ。」
トーマの問いに、
表示は答えない。
【詳細情報:閲覧権限不足】
【名称情報:欠損】
【変更記録の対象者名が必要です】
「また名前。」
レインは拳を握る。
役割が変わったことは分かった。
勇者だった誰かが、
何かを失わせないため、
別の役割を引き受けた。
だが、
何になったのか。
何を守ろうとしたのか。
その人が誰なのか。
一番大切な部分だけが欠けている。
◇
「今の記録だけなら。」
学院長が慎重に言った。
「勇者が、何らかの役割へ変わった。」
「そこまでが確認できた事実です。」
「現在の魔王になったとは。」
「まだ言えない。」
トーマが続きを引き取る。
「でも、勇者のまま消えたわけじゃない。」
「役割を変えた。」
「自分で選んだんでしょうか。」
セレスが表示を見つめる。
「理由には、何かを失わせないためとあります。」
「選ばされた可能性もある。」
ガレスが言った。
「他に手段がなかったのかもしれん。」
レインは、
二つ目の声を思い出す。
『俺は、間違えた。』
『倒せば、終わると。』
『そう、思っていた。』
間違いに気付いたあと、
失わせないために、
別の役割へ変わった。
もし、
その役割が魔王なら、
雪原で剣を向けていた自分は、
何をしていたのか。
◇
「クロニクル。」
【はい】
「役割変更した人と。」
「俺が雪原で会った人を照合できる?」
【名称情報が不足しています】
「声では?」
【利用者記憶との音声照合が必要です】
ガレスの表情が険しくなる。
「また記憶へ入るのか。」
「照合しなくても。」
レインは答えた。
「前に聞いた時、似ていました。」
「今回は、同じかどうか確認できます。」
「体調は。」
「大丈夫です。」
「今日は二度、記録を再生しています。」
学院長が言った。
「明日にしましょう。」
「でも。」
「急ぐ理由はありますか?」
答えようとして、
止まる。
今すぐ知らなければならないわけではない。
ただ、
怖かった。
答えが遠ざかることが、
「ありません。」
「では、今日は休みなさい。」
レインは頷いた。
◇
学院長室を出る。
廊下には夕日の光が伸びていた。
トーマが隣を歩く。
「なあ。」
「何?」
「もし、本当に同じ奴だったら。」
声を落とす。
「勇者が、今の魔王になってたら。」
「うん。」
「お前は、どうする?」
レインはすぐに答えられなかった。
魔王を倒す。
それが勇者の役割。
誰もが知る物語。
けれど。
百年前の勇者は、
同じことをするなと言った。
「まず。」
レインは言う。
「名前を探す。」
「その人が誰だったのか。」
「何を守ろうとしたのか。」
「それを知る。」
「剣を向けるかは?」
雪原の記憶が浮かぶ。
傷ついた黒い外套。
『……遅かったな。』
「そのあとで決める。」
トーマは、
静かに頷いた。
前を歩いていたセレスが振り返る。
「今度は。」
青い瞳が、
真っ直ぐレインを見る。
「間に合うといいですね。」
その言葉に、
胸の奥が強く痛んだ。
今度は、
なぜ、そう言ったのか。
セレス自身にも、
分かっていないようだった。
夕方の鐘が鳴る。
一度。
二度。
三度。
その音を聞きながら、
レインは思う。
同じ過ちを、
繰り返さないために、
次に探すべきものは、
役割ではない。
まだ呼ばれていない、
その人の名前だった。




