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∞クロニクル・アルディア∞ ~101年目の未来~  作者: 空乃真芽
目覚め編

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第二話 金髪の少女

 時計塔での出来事から数十分。


 レインは教室の窓際の席に座り、春風に揺れる校庭の木々を眺めていた。


 王立アルディア学院。


 王国中から優秀な若者が集まるこの学院は、騎士や魔導士を目指す者にとって憧れの場所だった。


 だが今のレインには、その景色を楽しむ余裕はなかった。


(入学初日から、あんなことになるなんて……)


 入学式へ向かう途中、時計塔の石造りの翼が崩れ落ち、危うく巻き込まれそうになった少女。


 気づけば体が勝手に動き、レインは彼女を突き飛ばしていた。


 今思い返しても、自分でも不思議だった。


「おーい、レイン。」


 後ろから肩を叩かれる。


 振り返ると、幼なじみのトーマが満面の笑みを浮かべていた。


「助けた相手、美人だったな。」


「……いきなりそれか。」


「いや、教室中その話だぞ。」


 周囲を見ると、確かに時計塔の出来事を話題にしている生徒が多い。


「落ちてきたなんて怖いよな。」


「怪我がなくてよかった。」


「助けたあの男子、すごかったよ。」


 ひそひそと聞こえてくる声に、レインは居心地悪そうに頭をかいた。


「別に大したことじゃない。」


「いやいや、普通できないって。」


 トーマは笑う。


「俺だったら固まって終わりだ。」


 レインは苦笑するしかなかった。


 その時、教室の扉が開く。


 一人の男性が入ってきた。


 三十代半ばほどだろうか。


 短く整えられた黒髪に、落ち着いた紺色の制服。


 静かな空気をまとっている。


「席についてくれ。」


 教室はすぐに静まり返った。


「今日から一年A組を担当する、リヒトだ。」


 穏やかな声だった。


「まずは入学おめでとう。」


 教室を見渡しながら微笑む。


「この学院では剣術も魔法も学ぶことになる。努力した者ほど強くなれる世界だ。」


 少し間を置き、


「だが、一番大切なのは仲間だ。」


 そう続けた。


「一人では越えられない壁も、仲間がいれば越えられる。」


 その言葉には、不思議と重みがあった。


「では、自己紹介を始めよう。」


 前の席から順番に立ち上がっていく。


「ロイド・ウェインです。騎士団長を目指しています。」


「ミリア・ノースです。回復魔法を勉強したいです。」


 それぞれが夢を語る。


 拍手が起こり、少しずつ教室の緊張がほぐれていった。


 やがてレインの番になる。


「レイン・アークライトです。」


 一瞬だけ言葉に詰まる。


 何を話そう。


 そんな様子にトーマが小さく笑う。


「頑張れ。」


 レインは照れ笑いを浮かべた。


「えっと……。」


「剣も勉強も、一生懸命頑張ります。」


 教室から小さな笑いが漏れる。


「よろしくお願いします。」


 拍手。


 ほっと息をついて席に座る。


「次。」


 静かに立ち上がったのは、時計塔で助けた少女だった。


 陽の光を受けて、長い金色の髪が輝く。


「セレスです。」


 透き通るような声。


 それだけだった。


 教室が少しざわつく。


「名字は?」


 誰かが尋ねる。


 セレスは少し困ったように微笑み、


「セレス、と呼んでください。」


 そう答えて席へ戻った。


 それ以上は何も語らない。


 不思議な空気だけが教室に残った。


 レインは無意識に彼女を見つめていた。


(どこかで……。)


 そんなはずはない。


 今日が初めて会った日だ。


 それなのに胸の奥で、説明のつかない懐かしさが静かに揺れていた。


 午前の授業は、学院での生活についての説明が中心だった。


 授業の進め方、訓練場の利用方法、図書館の規則。


 そして、実技試験について、


「剣術も魔法も、基礎から始める。」


 リヒトは教壇の前で話を続ける。


「焦る必要はない。昨日までできなかったことが、今日できるようになる。それを積み重ねることが大切だ。」


 教室のあちこちで真剣にメモを取る姿が見える。


 レインもノートを開いてはいたが、どこか集中できなかった。


 ふと視線を向ける。


 一列前に座るセレスは、静かに黒板を書き写していた。


 金色の髪が陽の光を受けて淡く輝く。


 あの時計塔で見た姿とは違い、今はただ一人の新入生にしか見えない。


 それなのに、なぜか目が離せなかった。


 授業が終わる鐘が鳴る。


「昼休憩だ。」


 リヒトの声と同時に教室が一気に賑やかになった。


「食堂行こうぜ!」


「売店のパン、早く行かないと売り切れるぞ!」


 生徒たちは思い思いに席を立っていく。


 トーマが勢いよく立ち上がった。


「レイン、飯!」


「そんなに急がなくても逃げないだろ。」


「甘い! 人気のパンは戦争なんだ!」


 半ば引っ張られるように教室を出る。


 食堂へ向かう廊下も、新入生たちで溢れていた。


 ようやく昼食を手に入れ、中庭のベンチへ腰を下ろす。


「やっぱ学院は広いな。」


 トーマはパンを頬張りながら辺りを見回す。


「午前中だけで迷いそうになった。」


「俺も。」


 二人は笑い合った。


 その時だった。


「……失礼します。」


 聞き覚えのある声に振り向く。


 そこにはセレスが立っていた。


「隣、空いていますか?」


「あ、もちろん。」


 レインは慌てて荷物を寄せる。


 セレスは小さく会釈をして腰を下ろした。


 一瞬だけ沈黙が流れる。


「改めて……。」


 セレスが口を開く。


「時計塔では助けていただいて、ありがとうございました。」


「いや、本当にたまたまだよ。」


「それでも、助けてもらったことには変わりありません。」


 そう言って微笑む。


 その笑顔は教室で見たものより柔らかかった。


「あの時は、時計塔を見上げていたら急に大きな音がして……。」


「何が起きたのか分からないまま、気づいたら助けられていました。」


「本当に、ありがとうございました。」


「怪我がなくて本当によかった。」


「はい。」


 短い返事。


 それでも、不思議と居心地の悪い沈黙ではなかった。


 トーマが立ち上がる。


「俺、飲み物買ってくる。」


 そう言って意味ありげな笑みを浮かべると、足早にその場を離れていった。


「……。」


「……。」


 二人とも思わず苦笑する。


「幼なじみなんですか?」


「うん。物心ついた頃から一緒。」


「素敵ですね。」


 セレスは空を見上げた。


「そういう人がいるのは、少し羨ましいです。」


 その言葉に、レインは少しだけ引っかかった。


「セレスは、一人で学院に?」


「はい。」


 少しだけ間を置いて答える。


「昔から祖父と暮らしていました。でも、その祖父も去年亡くなってしまって……。」


 穏やかな口調だったが、その瞳には寂しさが滲んでいた。


「……ごめん。」


「謝らないでください。」


 セレスは首を横に振る。


「祖父は、『学院へ行きなさい』と送り出してくれました。」


 その笑顔には、どこか強さがあった。


 レインは自然と微笑み返す。


「じゃあ、おじいさんの期待に応えないとな。」


「はい。」


 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。


 その瞬間だった。


 レインの胸がまた、不思議な感覚に包まれる。


 初めて会ったはずなのに、


 もっとずっと前から、この笑顔を知っているような気がした。


 しかし、その理由は思い出せない。


「どうしました?」


「いや……何でもない。」


 レインは首を振る。


 セレスもそれ以上は聞かなかった。


 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。


「そろそろ戻りましょうか。」


「うん。」


 二人は並んで教室へ向かった。


 その後ろ姿を、二階の渡り廊下から静かに見つめる人影があった。


 担任のリヒトだった。


「……また会ったか。」


 誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。


 その視線は、二人の背中を静かに追い続けていた。

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