↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
∞クロニクル・アルディア∞ ~101年目の未来~  作者: 空乃真芽
禁書庫編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/138

第二十三話 第二区画

 翌朝。


 レインは机の前で、開いた本を見つめていた。


「……ない。」


 昨日、日本語を書いた紙。


『これを読める者へ』


 そう書いて、本の間へ挟んだはずだった。


 けれど。


 何度ページをめくっても見つからない。


「どこにやったんだ……。」


 机の下。


 ベッドの脇。


 鞄の中。


 どこにもない。


 昨日は考え事をしながら学院へ向かった。


 教室で本を開いた時に、落としたのかもしれない。


 ただの紙なら、それで終わる。


 だが、


 そこに書かれているのは、この世界では誰も知らない文字だった。


「……まずいな。」


 レインは急いで本を鞄へしまった。


     ◇


 教室へ着くと、すぐに自分の席を調べた。


 机の中。


 椅子の下。


 窓際の床。


 やはり、紙はない。


「何探してるんだ?」


 後ろからトーマが覗き込んでくる。


「紙。」


「課題?」


「似たようなもの。」


「それなら昨日、先生が拾ってたぞ。」


 レインの手が止まった。


「……先生が?」


「お前の机の近くに落ちてたって。」


 トーマは何でもないことのように答える。


「見たことない文字が書いてあるから、誰のか分からないって言ってた。」


「それで?」


「学院長へ見せるとか言ってたかな。」


「学院長……。」


 思わず声が低くなる。


 昨日。


 学院長から呼ばれた時には、まだ何も言われなかった。


 紙が届けられたのは、その後なのかもしれない。


「大事な紙だったのか?」


「うん。」


 レインは小さく頷いた。


「ちょっとだけ。」


「だったら先生に聞けばいいだろ。」


「そうする。」


 簡単に言うトーマへ、レインは苦笑した。


 その時。


 前の席にいたセレスが、静かに振り返る。


「何かあったんですか?」


「紙を一枚なくしただけ。」


「見つかりそうですか?」


「たぶん。」


 そう答えると、セレスは少し安心したように微笑んだ。


 けれど。


 青い瞳は、レインの表情を確かめるように見つめていた。


「また、一人で抱え込んでいませんか?」


「……え?」


「最近のレインさんは、何かを話そうとして。」


 一度、言葉を止める。


「いつも途中でやめてしまいます。」


 レインは返事ができなかった。


 その通りだった。


 桐谷玲の記憶。


 クロニクル。


 禁書庫。


 話したいことは増えている。


 それなのに、


 話せないことは、それ以上に増えていた。


「ごめん。」


 自然と言葉が出た。


「でも、今はまだ。」


 セレスは少しだけ目を伏せた。


「分かりました。」


 無理に聞こうとはしない。


 ただ。


「話せるようになったら、教えてください。」


「うん。」


「約束です。」


「約束する。」


 答えた瞬間。


 胸の奥で、何かが小さく揺れた。


 以前にも。


 同じ約束をしたような気がした。


 だが、


 今はまだ、思い出せない。


     ◇


 午前の授業が終わった直後だった。


 教室の扉が開く。


 入ってきた教師は、まっすぐレインの席へ視線を向けた。


「レイン・アークライト。」


「はい。」


「学院長がお呼びだ。」


 教室が少しざわつく。


 トーマが小声で囁いた。


「やっぱり、その紙じゃないか?」


「たぶん。」


 レインは立ち上がる。


 扉へ向かう途中。


 セレスと目が合った。


 彼女は何も言わない。


 けれど。


 その表情には、はっきりと心配が浮かんでいた。


 レインは大丈夫だと伝えるように、小さく頷いた。


     ◇


 学院長室には、三人が待っていた。


 学院長。


 ガレス。


 そして、図書館の司書。


 机の上には、一枚の紙が置かれている。


 見間違えるはずがない。


 レインが書いた日本語だった。


「失礼します。」


「座ってください。」


 学院長はいつもと変わらない声で言った。


 レインが椅子へ座る。


 ガレスは壁際で腕を組んでいた。


「この紙に見覚えはありますか?」


 学院長が尋ねる。


 誤魔化すこともできた。


 知らないと言えば、それで済むかもしれない。


 けれど。


「俺が書きました。」


 レインは正直に答えた。


 司書が息を呑む。


 ガレスの眉がわずかに動いた。


 学院長だけは静かに頷く。


「やはり、そうでしたか。」


「驚かないんですか?」


「昨日、君は禁書庫の文字を読めると言いました。」


 学院長は紙へ視線を落とす。


「ならば、書けても不思議ではありません。」


「私は十分に不思議だと思いますが。」


 ガレスが低い声で言った。


 レインは返す言葉がなかった。


「ここには、何と書かれているのです?」


 司書が尋ねる。


 レインは紙を見る。


「『これを読める者へ』です。」


 禁書庫の壁に刻まれていたものと同じ言葉。


 部屋に沈黙が落ちる。


「間違いないのですね?」


「はい。」


「あの壁を見ながら書き写したのですか?」


「いいえ。」


 レインは首を横へ振る。


「部屋で、思い出して書きました。」


「一度見ただけで?」


「この文字を知っているんです。」


 司書は紙を見つめたまま動かない。


「ニホンゴ。」


 確かめるように、その名を口にする。


「昨日、君が言っていた言語ですね。」


「はい。」


「どこの国の文字です?」


 レインは答えようとして、止まった。


 日本。


 桐谷玲が生きていた世界。


 遠い記憶の中にある場所。


 それを、


 どう説明すればいいのだろう。


「……分かりません。」


 結局。


 今のレインに言えるのは、それだけだった。


 ガレスが何か言おうとする。


 だが、


 学院長が静かに手を上げた。


「今は、それで構いません。」


「学院長。」


「本人にも整理できていないのでしょう。」


 レインは小さく頷いた。


 信じてもらえたのかは分からない。


 ただ。


 否定されなかったことに、少しだけ救われた。


     ◇


「もう一つ。」


 学院長が言った。


「昨日、学院長室を出たあと。」


「何かを見ませんでしたか?」


 レインの胸が跳ねる。


【禁書庫 第二区画】


 クロニクルが表示した文字。


「どうして、それを?」


「君が時計塔を見上げて、しばらく動かなかったと聞きました。」


 学院長はレインを真っ直ぐ見つめる。


「以前にも、同じことがありましたね。」


 隠すべきか。


 レインは迷った。


 クロニクルのことは、まだ話していない。


 自分にしか見えない文字。


 検索。


 認証。


 どれも説明するには、あまりにも分からないことが多い。


 それでも。


「第二区画。」


 その言葉だけは、口にした。


 三人の表情が変わる。


「何?」


 ガレスが聞き返す。


「禁書庫には、第二区画があるみたいです。」


「誰から聞いた?」


「誰からも。」


「では、なぜ分かる。」


「見えたんです。」


「どこに?」


 レインは自分の目元へ手を当てる。


「ここに。」


「青い文字が。」


 ガレスは黙った。


 司書も紙を持ったまま、動きを止めている。


 学院長だけが静かに尋ねた。


「以前から見えていたのですか?」


「はい。」


「禁書庫の扉が開く前も?」


「……はい。」


 初めて、


 レインは少しだけ真実を話した。


 全部ではない。


 けれど。


 今まで誰にも言えなかったことだった。


「その文字が、君を禁書庫へ導いた。」


「そうです。」


 ガレスが深く息を吐く。


「なぜ黙っていた。」


 責める声ではなかった。


 それでも。


 レインは俯く。


「信じてもらえるか分からなかったからです。」


「俺にも、何が起きているのか分からなくて。」


「だから……。」


 言葉が続かない。


 しばらくして、


 ガレスが低い声で言った。


「分からないことを話すのは難しい。」


 レインが顔を上げる。


「だが。」


 ガレスは腕を組んだまま、まっすぐレインを見ていた。


「危険を感じた時だけは、隠すな。」


「お前一人では判断できないこともある。」


「……はい。」


 胸の奥にあった重さが、


 ほんの少しだけ軽くなった気がした。


     ◇


「第二区画については。」


 司書が静かに口を開く。


「学院の記録に記載がありません。」


「やはり、ですか。」


「ですが。」


 司書は机の上に置かれた古い本へ目を向ける。


 昨日見た、学院創設時の記録。


 一枚だけ頁が失われている本。


「禁書庫について書かれていたと思われる箇所が、欠けています。」


「その頁に、第二区画のことが書かれていた可能性はあります。」


「確かめる方法は一つですね。」


 学院長が言った。


 ガレスの表情が険しくなる。


「また彼を入れるつもりですか。」


「一人では入れません。」


「結界は我々を拒みます。」


「だからこそ危険です。」


 短い沈黙。


 レインは三人を見る。


「行かせてください。」


 自然と口から出た。


「昨日の場所には、まだ続きがあります。」


「俺にしか読めないものもある。」


「だから。」


「確かめたいんです。」


 ガレスはすぐには答えなかった。


「怖くないのか。」


 以前。


 セレスにも同じことを聞かれた。


 あの時と、


 答えは変わらない。


「怖いです。」


「でも。」


 レインは紙に書かれた日本語を見る。


「知らないままの方が、もっと怖いです。」


 ガレスは長く息を吐いた。


「条件がある。」


「はい。」


「前回より奥へ行くなら、勝手な行動はするな。」


「何か見えたら、すぐに話せ。」


「はい。」


「触るなと言われたものには触るな。」


「分かってます。」


「本当だな?」


「本当です。」


 昨日と同じやり取りに、


 学院長が小さく笑った。


     ◇


 放課後。


 レインは図書館の前に立っていた。


 隣にはガレス。


 少し先では学院長と司書が話している。


「レイン!」


 振り返る。


 トーマとセレスが、こちらへ歩いてきていた。


「また先生に呼ばれてたのか?」


「うん。」


「今日は図書館?」


「少し調べることがあるんだ。」


 トーマは図書館の奥を見た。


 何か聞きたそうな顔をする。


 けれど。


「分かった。」


 それだけ言った。


「終わったら来いよ。」


「訓練場にいるから。」


「今日は自主練?」


「模擬戦、忘れてないだろうな。」


「……忘れてない。」


「今、少し迷ったよな?」


「気のせい。」


 二人は笑う。


 その横で、


 セレスは静かにレインを見つめていた。


「気を付けてください。」


 前にも聞いた言葉。


「うん。」


 レインは頷く。


「今度は、ちゃんと話すから。」


 セレスは少し驚いたあと、


 柔らかく微笑んだ。


「待っています。」


 二人の背中が遠ざかっていく。


 レインは一度だけ深く息を吸った。


「行くぞ。」


 ガレスの声に頷く。


「はい。」


     ◇


 禁書庫の扉は、


 レインが近付くと、昨日と同じように開いた。


 青白い光。


 重い音。


 地下へ続く石造りの階段。


 そして、


 レインだけを通す結界。


「異変があれば戻れ。」


 ガレスが言う。


「はい。」


「返事だけではなく、本当に戻れ。」


「分かってます。」


 結界へ手を触れる。


 中央に、人一人が通れる穴が開く。


 レインはその中へ足を踏み入れた。


 一段。


 また一段。


 壁の魔石が、近付くたびに灯っていく。


 昨日と同じ道。


 それなのに、


 今日は違って見えた。


 自分が何を探しているのか。


 少しだけ分かっているからかもしれない。


     ◇


 階段を下りきる。


 円形の部屋。


 壁を埋め尽くす無数の文字。


 一番奥には、日本語。


『これを読める者へ』


 その言葉は、昨日と変わらずそこにあった。


「……戻ってきた。」


 レインは小さく呟く。


 視界へ青い文字が浮かぶ。


【第一区画】


【認証済み】


 続けて、


【第二区画への経路を表示します】


 青い光が、床へ一本の線を描いた。


 部屋の奥へ、


 昨日、黒い本が落ちていた本棚の前へ続いている。


「あの本……。」


 床にあったはずの黒い本は、


 今日は本棚へ戻っていた。


 誰かが片付けたのだろうか。


 そんなはずはない。


 この部屋には、レイン以外入れない。


 近付く。


 触れない。


 ガレスとの約束を思い出す。


 青い線は本の前で止まった。


「まさか。」


 黒い本を取れというのか。


 そう思った瞬間。


 線が、そのまま本棚の下へ潜り込んだ。


「……違う?」


 レインは少し離れたまま、本棚を見る。


 何の変哲もない古い棚。


 何冊もの本が並んでいる。


 だが、


 一番下。


 床との間に、細い隙間があった。


 そこから、


 青白い光が漏れている。


「ここ……?」


 レインが一歩近付く。


 ――コン。


【対象を確認】


【第二区画】


【アクセス可能】


 次の瞬間だった。


 ゴゴゴゴゴ……。


 本棚が、ゆっくりと横へ動き始める。


「……!」


 レインは思わず後ろへ下がった。


 床を擦る重い音。


 舞い上がる埃。


 やがて、


 本棚の向こうへ、細い通路が現れた。


 石造りの壁。


 天井は低い。


 奥は暗く、先は見えない。


「こんな場所が……。」


 昨日は気付かなかった。


 学院長も。


 司書も。


 学院に残る記録にもない場所。


 レインは入口の前へ立つ。


 その瞬間。


 胸の奥が強く脈打った。


 懐かしい。


 また。


 その感覚だった。


 初めて見るはずなのに、


 この暗い通路を、


 自分は知っている。


「……前にも来た?」


 問いかけても、答えはない。


 代わりに、


 通路の奥で、


 ――パラッ。


 本の頁がめくられる音がした。


 レインの身体が固まる。


 誰かがいる。


 そう思った。


「誰だ!」


 声が暗闇へ響く。


 返事はない。


 ただ。


 少し遅れて、


 もう一度。


 ――パラッ。


 頁をめくる音だけが聞こえた。


 そして、


 クロニクルが静かに告げる。


『未確認の記録を検出しました。』


 レインは暗闇を見つめる。


 第二区画。


 その奥で、


 何かが、


 レインが来るのを、待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。