第百二十四話 名前を届けるために
出発の前夜。
レインは。
ロイドとミリアを禁書庫へ呼んだ。
黒い本は閉じている。
学院長と司書。
ガレスとリディア。
トーマとセレスもいた。
「二人に話しておくことがある。」
レインが言うと。
ロイドは盾を壁へ立てた。
「北へ行く理由ですか。」
「うん。」
◇
どこから話せばいいのか。
最初から全部を説明すれば。
長くなる。
だから。
戦うために必要なことから伝えた。
「北にいる魔王を、倒しに行くんじゃない。」
ロイドの顔が動く。
「魔王は、世界を壊している敵ではないんですか。」
「壊れないように支えてる。」
「では、なぜ魔物が白くなるんです?」
ミリアが尋ねる。
「支える力が足りなくなってる。たぶん、魔王自身も。」
確かなことと。
まだ決められないことを分ける。
「分からない部分も多い。でも、倒せば終わる。」
「異常が?」
「この世界が。」
◇
禁書庫が静かになる。
ロイドは。
すぐには答えなかった。
「それを。」
盾の傷を見る。
「トーマとセレスは知っていたんですか。」
「全部ではないけど。」
トーマが答える。
「一緒に禁書庫で見た。」
「黙っていて悪かった。」
セレスが続けた。
「私たちだけの秘密ではなかったから。」
ロイドは頷くまでに。
少し時間をかけた。
「今、教えたのは。」
「北で、二人にも選んでもらうから。」
何も知らないまま。
盾を構えさせたくない。
傷を治させたくない。
◇
「魔王には名前がある。」
レインは黒い本へ手を置く。
「神崎蓮。」
ロイドが。
聞き慣れない音をゆっくり繰り返す。
「カンザキ、レン。」
ミリアは。
一度では口にしなかった。
「その名前を呼べば、元に戻るんですか。」
「分からない。」
レインは首を振る。
「名前だけでは足りないと思う。」
「それでも、届ける?」
「あの人が、まだ自分を思い出せる場所まで。」
◇
ロイドが盾を持ち上げた。
「なら、俺の役目は変わりません。」
「魔王の攻撃も受けることになる。」
「全部は受けません。」
訓練で答えた言葉。
「受ける場所を選びます。レインが、その人へ届くために。」
ミリアも頷いた。
「私は、倒れた人を見ます。」
「敵でも?」
「色だけで決めるなと教わりました。」
白くなった魔物も。
魔王と呼ばれた神崎も。
名前だけで。
助ける相手から外してはいけない。
◇
黒い本の表紙に。
青い文字が浮かんだ。
【利用者以外への表示:なし】
ほかの誰にも見えない文字。
レインは。
それを声にして伝えなかった。
今、伝えるべきことではない。
代わりに。
神崎の名をもう一度口にする。
自分だけが知っていればいい名前ではない。
北へ向かう五人が。
倒す相手ではなく。
届ける相手として覚えるために。




