プロローグ 終焉
雪が降っていた。
音のない世界だった。
崩れ落ちた尖塔。砕けた石畳。誰も祈らなくなった神殿。
白い雪だけが、静かに世界を覆っていく。
レインは肩で息をしながら、剣を地面へ突き立てた。
刃は欠け、柄は血に濡れている。
もう戦う力は残っていなかった。
「……終わったのか」
誰に向けた言葉でもない。
目の前には、黒い外套をまとった男が倒れていた。
世界中を恐怖へ陥れた魔王。
その身体は少しずつ光となり、雪の中へ溶けていく。
最後まで笑わなかった。
最後まで憎まなかった。
ただ静かに、レインを見つめていた。
『……遅かったな』
その一言だけを残して、
魔王は消えた。
世界には静寂だけが残る。
「遅かったって……なんだよ」
勝ったはずだった。
長い旅だった。
何度も仲間を失い、何度も絶望し、それでもここまで来た。
終わったはずなのに、
胸の奥の不安だけが消えない。
その時だった。
――ゴォォォン。
遠くで鐘が鳴った。
一度。
二度。
三度。
聞いたことのない音色なのに、なぜか知っている気がした。
空を見上げる。
二つの月が、ゆっくりと重なり始めていた。
世界から色が消えていく。
雪も。
空も。
瓦礫も。
まるで一冊の本から、絵具だけが抜け落ちるように、
「……また始まる」
背後から、小さな声が聞こえた。
振り返る。
金色の髪。
雪よりも白い外套。
青い瞳。
少女は泣いていた。
それでも、どこか諦めたように微笑んでいる。
「セレス……」
その名前を呼ぶと、少女は少しだけ目を細めた。
「あなたは約束を守ってくれた。」
ゆっくりと近づいてくる。
「魔王を倒した。」
「でも……」
レインは拳を握る。
「何も終わってない。」
空の色が消えていく。
大地の輪郭がほどけていく。
風さえ白く染まっていく。
「どうしてだ……!」
叫んでも答えはない。
セレスだけが、その景色を静かに見つめていた。
「何度やっても。」
彼女は震える声で言う。
「同じ結末だった。」
「……何?」
レインは聞き返す。
意味が分からない。
「ごめんなさい。」
セレスは泣きながら笑った。
「今は、まだ話せない。」
世界が白く染まる。
足元から、
空から、
すべてが消えていく。
セレスはレインの前まで来ると、その両手をそっと包み込んだ。
冷たい手だった。
「お願い。」
青い瞳が、真っ直ぐレインを見つめる。
「次は……私を信じて。」
レインは何も答えられない。
世界が崩れていく。
雪が消える。
空が消える。
セレスの輪郭まで白くほどけ始める。
それでも彼女は最後まで微笑んでいた。
「今度こそ。」
「未来へ行こう。」
その言葉と同時に、
世界は、真っ白になった。
――パタン。
まるで本を閉じるような音だけが、静寂の中へ響いた。




