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《REVELATION ONLINE》 ―人格診断みたいなVRMMOで、最悪の適性が出た―  作者: 如月 爐
綻びの中で

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欺瞞

 店の中へ足を踏み入れた瞬間、男は思わず顔を顰めた。


 蒸し暑い。


 熱気、と言うより湿気だった。肌へ纏わりつくような重たい空気。油と香辛料、それから海産物特有の生臭さが混ざり合い、呼吸をするだけで肺の奥がべたつくような感覚を覚える。


 店内は薄暗かった。


 天井から吊るされた赤提灯が、ぼんやりと橙色の光を落としている。壁には意味不明な漢字のメニュー札が大量に貼られており、その幾つかは文字化けのように崩れていた。


 《麻婆龍蝦》

 《魂力炒飯》

 《深層級海鮮麺》


 どれも料理名なのだろうが、生憎、男には読むことができなかった。


 カウンター席は五つ。丸椅子はどれも油で黒ずみ、床には乾いた海老の殻が散乱していた。


 閑古鳥が鳴いているようなこの店は、だが不思議と、人の温度を感じ取れた。


 カウンターの端には飲みかけのジョッキ。食べ終えた皿。乱雑に積まれた小籠包の蒸籠。壁際には誰かの忘れ物らしき武器ケース。


 つい数分前まで、誰かがここに居た痕跡。


 レッドストリートという無秩序の中で、この店だけは妙に生活感があった。


 水槽を押しながら、女は慣れた様子で店の奥へ入っていく。


 キャタピラが床を軋ませるたび、海老の群れがぶくぶくと泡を立てた。


 奥には業務用サイズの冷蔵庫。油汚れの染み付いた換気扇。何度も継ぎ接ぎされたらしい配線コードが、壁伝いに蜘蛛の巣みたいに這い回っている。


 厨房だけは妙に使い込まれていた。


 女は濡れた身体のまま厨房へ入ると、雑に中華鍋を持ち上げる。


 ジュワ、と火柱が上がった。


 男は黙って店内を見回す。


 この世界へ来てから、初めてだった。


 誰かがここで生きていると感じられる場所を見たのは。


 彼が見てきたシステムや、この世界のプレイヤー達は、まるで巨大なシステムの部品みたいだった。


 だがここは違う。


 汚れていて、

 臭くて、

 雑然としていて、

 不快で。


 だからこそ、妙に現実味があった。


 現実世界の路地裏にある、中華料理屋。終電後の酔っ払い。治安の悪い繁華街。そういう、生々しい生活の臭いが、この場所には残っている。


「炒飯なら作れるエビよ」


 火柱の向こうから、女が気怠げに呟く。


 その声を聞きながら、男はぼんやりと考える。どうやら本当に、異世界に来てしまったらしい、と。


 「で、どうやってレッドストリートまで、ガイドも付けずに歩いてきたエビか」


 「それは……」


 女は答えを急かすように、鍋を振り回す。あの華奢な身体の何処にそれほどのパワーがあるのか。ひょっとしたら、アレこそがシステムによる恩恵なのか。


 「エビに適当な事抜かしたらただじゃ……」


 「わかってる。……少し、整理させてくれ」


 男は思考する。可能性として考えられるのは大きく分けて3パターンだろう。


 まず第一に、女が出鱈目を言っている、という線。これはどう考えてもバツだ。


 実際、あの大柄な男たちも、同じような反応をしていた。それにあの怪物……ゴースト。真っ当な方法では無事に辿り着くことは難しいだろう。


 次に、男のソウルスキルの能力であるという線。目下のところこれが最有力候補だろう。しかし、自分のソウルスキルを使った、と女に教えることはできない。


 何故なら、男は先程、ソウルスキルが使えないと明言しているからだ。それにここに来た理由を考えても、原理もわからずそのまま伝えることは難しい。


 そして最後に。第三者の介入があったという線。男と、女以外の誰かの力によって、ここに導かれた。流石に都市伝説じみている。その場を誤魔化すことは可能だろうが、追求されると後がない。


 店内の電球が揺れる。風邪もないのに揺れるのは、店の前を通る人々の足音。それが振動となって店の建物に伝わり、微かに灯りを曇らせる。



 “ 振動はどこから生まれる。俺は何故、あの攻撃を避けることができたのか────”



「さっさと答えるエビ!」


 バン!と大きな音を立てて、女が中華鍋を放り投げた。その振動は男にも伝わり、全身に駆け巡る。


「……その前に、アンタに言わなきゃならないことがある」


 「当然エビ。だから早く教えるエビ。エビの気はそんなに長くないエビよ」


 「その事じゃない。俺は嘘をついていた」


 「なにが……エビ?」


 男は黙って歩き、厨房の中に入る


 「ソウルスキルが使えないと言っただろう……アレが、嘘だ」


 「……どういうことエビ?」


 「俺はソウルスキルを使ってここまで来たんだ。原理は……波。振動だ」


 「やっぱりエビを騙そうとしてるエビね……!そっちがその気ならこっちにも考えがあるエビ」


 次の瞬間、女は卓上に置いてあった肉切り包丁を手に取ると、恐ろしい速度で男に投げつける。女との距離は多めに見積って三歩、と言ったところ。普通ならどう転んでも避けることはできない。


 しかし


 男の瞳に、黒い閃光が走る


 女の手元から離れた包丁の軌跡。それは綺麗な直線を描いて男の脳天をかち割ろうとしていた。それを視認した男は、ただ首を傾けるだけでよかった。



 一瞬の静寂。


 ズドンッ!と、包丁が壁に突き刺さったとは思えない音が、店内に響いた。



 「……これが俺のソウルスキルだ。俺は他者や物が起こす波を増幅し、感知する。ソレによって次に起こる現象をほぼ正確に予測することができるんだ」


 「…………一度なら、運任せの二択当てエビ」


 「一度じゃない。俺はあのゴーストの攻撃を避けている。証拠の動画も確認するか?」


 男はそう言いながら、携帯端末を取り出して女に手渡す。これは初回ログイン時に全プレイヤーに付与されるもので、様々な機能があるが、その中の一つに、ゲーム内の配信をリアルタイムで録画、再生することができるというものがあった。


 そこには、男より先にゴーストの攻撃に反応した大柄の男が呆気なく殺され、男がスレスレでそれを避ける映像が映し出されている。


 「……それで?それを使ってどうやってここまで来たエビか」


 「それは単純な話だ。ただ波の少ない道を選んで進んできただけ。ゴーストも人も、動けば波が生まれる。逆説的に、波が起こらない場所は、比較的安全だということだろう」


 男は淡々と答える。冷静に、焦らず。ただ事実を並べるように。男は自分の脳みそが、いつにない速度で回転しているのを感じた。


 「お前はゴーストが現れる所を見たエビな?アレは神出鬼没エビ。何もない空間に、瞬きをする間に発生するエビ。波が起こることもないエビ」



 「あぁ……本来なら、な」



 「……?」


 「俺はゴーストが現れる直前、黒いノイズのようなモヤが、空間に集まるのを見た。直後にアレは目の前に立っていた。あのモヤは強烈な波を発生させている。……相対するだけで、目眩が止まらないほどのな」


 実際の所、男がゴーストの出現に気がついたのは突然鳴り響いたアラーム音によるもの。だが、その事実は伏せたまま、男は落ち着いて言葉を紡ぐ。



 「そんなの見た事ないエビ。ハエかなんかが集ってただけエビよ」


 「そうだな。俺も調べたが、ゴーストが強すぎるとプレイヤー間で言われている理由は、不回避の不意打ちを仕掛けてくるところ、と言われていた。アンタの言う通り、予兆はないんだろう」


 「だったら……」


 「そうだ。だが実際、俺には見えた。その仕組みは俺にも分からない。説明はできないが……この世界はそもそも説明がつかないことが多い、らしいな?


 ソウルスキルに関しては、現状その殆どがブラックボックス。


 つまり、俺がそう認知しているだけで、俺のソウルスキルには、その見えない予兆を拾える能力もついている……そう考えるのが自然じゃないか?」



 男にとって、この発言は賭けであった。そんなものはただの言いがかりだと撥ね付けられてしまえばそれまで。しかし、女にはそれをしづらい理由があることを男は知っていた。



 「……カテゴリー不明のソウルスキル……ユニークカテゴリーの……サンプルデータの少なさ……確かに、そういうことが起こっても不思議じゃない……エビか……?」


  ここだ。男はその隙を逃さない。


 「アンタのスキルがただ海老を無制限に生み出す、“だけではない”ことがそれを証明している」


 「……ずっと見てたエビか」


 「あぁ、ずっとだ」


 「面と向かって言われると……ちょっと気持ち悪いエビね」


 失礼な女だ。しかし、噂で聞くよりも随分話ができる。男はそう考える。だが結論を急がせない。ここは敢えて、女の有利な土俵で戦う。


 「だが、残念ながら俺のソウルスキルは第一段階。解禁が進んでいない現状で、複数の能力を所持しているとは考えにくいかもな」


 「……いや、そんなことも無いかも、エビ。確かに解禁が進めばスキルは進化するエビ。けど、トッププレイヤーの中にも、第一段階で複数の能力を所有するスキルを持ってる奴らもいるエビ」


 「ユニークカテゴリーである、アンタもそうだと?」


  「エビは第一段階から、生成したエビを群体で操ることができたエビ」



 勝負を仕掛けるなら、このタイミングだろう。



 「なら、俺がゴーストの発生を予知できる能力を持っていることを否定できないわけだ。否定できない時点で、アンタはその可能性を捨てることはできない」


 少しだけ長い沈黙が、二人の間に流れた




 口火を切ったのは、女の方からであった。


 「はぁ〜〜〜……お前、超絶面倒臭いエビ。それで……改めて聞くエビ。このエビに、一体なんの用があって、この魔境まで来たエビか」


 「それは勿論──」



 男は自分に与えられた力を正しく知る必要があった。それが目的の為に必要なことであるから。だからこそ、常に己の全てを賭ける。



 「──アンタと話をする為さ。俺の名前はカラスマ。ついさっき、この世界に来たばかりのルーキーだ」



 「エビはエビ。お前の長い話、聞いてやるエビ」



 例えそれが欺瞞に満ちた世界であろうとも、それを利用するだけだ。


ストックが切れたので次回の更新は少し遅れます


お陰様で日別SFジャンルランキングにランクインしました。見てくださった方、ありがとうございます!読良ければブックマークしていただけると嬉しいです。

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