天敵
仕事が長引いて遅くなってしまいました。申し訳ありません。次回の更新を少し早めて23時の投稿を目指します
仄暗い墓の中で、恐ろしい怪物の唸り声が聞こえる。
「だから来たくなかったんでさぁ!」
その重圧に耐えかねたように少女が叫ぶ。男は未だに、身動きが取れないままでいた。
「モニカさん、お久しぶりです。お連れの方は………恋人さん?」
発する言葉一つ一つが、心臓を締め付ける鎖。その女は、この空間を、纏う空気一つで支配している。
「はぁ!?相変わらずふざけたことばっか言いやがりますね……! 」
「申し訳ありません。貴女が人を連れて出歩いているところを、最近見かけませんでしたので」
啖呵を切っている少女も、いつもの勢いがない。拳銃を取り出す動作すら見られず、ただ女の一挙手一投足を観察している。
真っ黒な軍服を模したようなロングコート。手には同色の手袋を嵌めており、そしてその髪は、紅蓮色に燃えていた。
「アンタが、灰墓か」
「まぁ。知られているとは。光栄です」
「おっさん……」
少女は視線で訴える。ここは浅層の入口。つまり、出口からはそれほど距離がない。走れば、或いは。
「……一つ、聞きたい」
「はい。なんでしょう」
女の言葉からは悪意のようなものは一切感じなかった。それどころか、優しさ、善意、ドス黒い力の奔流の中で、暖かさすら覚える。
だが、男には、見えていた。
女の身振り一つ、服の衣擦れ一つから、悍ましい量の黒い軌跡が生まれているのを。
故に、不気味でならなかった
「……俺も掲示板で見ただけだが、何故アンタは、初心者を狩る?」
「ちょ、おっさん!何聞いてやがるんですか!」
「ふふっ。構いませんよ」
男は思考する。この化け物相手に少しずつ後退するのは無理だ。少女とタイミングを合わせて、一斉に飛び出すしかない。
「そうですね、分からない、ですよね?」
「……どういう意味だ」
「まだ右も左も分からない、この世界の歩き方すら知らない」
女の足音が響く。重厚な軍靴が、地面を踏み鳴らす。
「だから、少しお節介を」
「イカれてやがります……」
その言葉の意味を察した少女が呟く。男は、まだ図りかねていた。
「悪意を持ったPK、終わらない企業の小競り合い……そして、完璧な狂人。様々な方が、このゲームにはいらっしゃいます」
「言葉では伝えられないことも、たくさん、ありますから」
言葉を噛み砕くように、貪るように、女は語る。つまり、女なりの洗礼……激励。この世界がどういう場所なのかを、その身に刻み込むための、ボランティア。
「では、そろそろ、ご準備できましたか?」
女の纏う空気が、一段、重くなったように感じた。
「モニカ!!」
「っ!!このアバズレ廃人がァ!!!!」
世界が、動きを止める。
コンマ数秒。
少女がP.devilを空中に展開。取り出した拳銃の引き金を引く。
男は視線を向けずに、一歩、その足を後ろへ下げようとした。
────その、刹那
男の瞳に黒い閃光が──────
““死””
その軌跡より早く、死、そのものが、女の拳が、男の鳩尾へと突き刺さった。
この世界の対人戦には、独特の文化がある。
勝負とは、何を持って勝ちとするのか。それは、デスペナの強要であったり、或いは、戦闘不能に追い込むことであったり、相手の心を折ることであったり。
このゲームにおいてそれは、如何に“相手にログアウトさせないか”
その一点のみ。
格闘ゲームにおいての、負けが濃厚になった試合を、通信を切断することでなかったことにしたり。或いは他のジャンルにおいても、対戦ゲームは、常に、ちゃぶ台返しのリスクがある。
このゲームにおいて、デスペナルティは重い。死ぬ前に身体の一部を欠損すれば、それは永久に付きまとう傷となる。だから、死ぬ危険のある攻撃を、ログアウトを連打することで回避する。そのシステムは、一種の戦略として認められていた。
ならば、そんな邪法が横行するゲームで、対人戦の頂点に立つ方法とは?
答えは、シンプル
相手がログアウトするよりも速く、
────ただ一撃をもって、決着をつけること。
男は、自分がおかしな軌道で後方に吹き飛んでいくことに気づいた。背中に走る、強い衝撃。どうやら壁に激突したらしい。理解より先に、痛みが到達する。
「は…………っ……?」
「おや、目がいいんですね。音ゲー経験者ですか?」
轟音。壁に亀裂が走る。
男の目に、初見殺しは通じない。それよりも早く、男は自分の死を確信することができる。故に後は避けるだけでいい。
そう、本来であれば。
「インパクトの瞬間、僅かに拳の位置がズレました。咄嗟にしてはいい反応です。VRゲームの適性が高いですね」
女の声が次第に遠ざかっていく。自分が気を失いかけているということに気づいた。
「おっさん!!!!!」
少女の叫び声。何処か、他人事のように聞こえる。
「安心してください。モニカさん。貴女は初心者ではありませんから、狩りの対象に含まれていませんよ」
「なに……がっ……!!!こんの……イカれ野郎!!!」
女は確かに、黒い軌跡よりも速く動いていた。エントロピー、その許容量を見る男の目。つまり、ある種の未来予知能力。そして、それを圧倒的に上回る、女の純粋なスピード。
「あの方をきちんとキルしてから、無事に送り届けてあげますからね」
男は、確信した。この女が、自分の、この世界における、“天敵”、であると。




