見覚えのある表示
眩い光の中に包まれ、男は、どこか遠い記憶を見ていた。
──『ねぇお父さん、見てこれ』
脳裏に、少女の笑い声が過る。
カラフルなUI。 嬉しそうに端末を見せてくる、自分によく似た目元を持つ少女。 “侵食型”という文字。
『私は、平気だから』────
「……」
──────
次に男の視界へ飛び込んできたのは、どこまでも続くネオンの海だった。
空を見上げれば、高層ビル群の隙間を巨大なホログラム広告が泳いでいる。高熱に魘された時の悪夢のように。ここが現実世界ではないと、まざまざと見せつけてくる。
周りを見渡せば、溢れんばかりの人、人、人。
スーツ姿の男。露出の多い女。獣耳のアバター。全身を機械化したような異形。誰もが好き勝手な格好をしている。
それなのに妙な統一感があった。奇妙な感覚に、男は目の前がチカチカと点滅したように感じた。
《ようこそ、来訪者様》
背後から声がして振り返る。そこには、真っ白な衣服に身を包んだ女のアバター。人間離れした容姿、その所作も分かりやすく、作り物のそれであった。
《ここはグリーンテンペスト》
《この世界の中心に位置するエリアです》
《現在確認されている四大エリアの中で最も人口が多く、最も安全な区域として知られています》
「お前は?」
《初回ログイン時に自動再生される音声ガイドです》
《申し訳ありませんが、個別の質問には回答出来ません》
女は微笑みを絶やさない。どうやらこの女は自分にしか見えていないらしい。チュートリアルの指南役といったところだろう。
気味が悪かった。
《グリーンテンペストには行政区画、商業区画、居住区画が存在し──》
説明は続く。だが男の興味はそこにはなかった。意識は別の場所へと向いている。
止まない音声を聞き流しながら、男はステータスウィンドらしきUIと、外部端末とリンクした項目を開く。視界の端に、ユーザーデータと、この世界に来る前に見ていた掲示板が映った。
──────────────────
NAME:《カラスマ》
SOUL SKILL:《■■■■■》
CLASS:《ERROR》
CATEGORY:《??????》
TYPE:《破綻型》
TOTAL SOUL:27
──────────────────
「……分類、破綻型」
男は小さく呟く。人間をたった数文字のラベルに押し込める、見覚えのある表示。
──侵食型
脳裏に浮かびかけた言葉を、男は振り払った。
フルダイブ型人格診断。ネットではそう揶揄されていた。一度でもプレイしたことのある人間は、その呼び名を笑えなくなる。
この世界の根幹とも言えるソウルスキル。千差万別であることは勿論だが、システム的に大きく3つのカテゴリーに分けられている。
POSITIVE、NEGATIVE、UNIQUE
ユーザー間では、善性、悪性、特異性などと呼ばれている。実際のところ公式がそう明言したわけでは無いが。
街の喧騒が男の耳にも入ってくる。
「いいじゃーん、ちょっとくらい、……ね?」
「やだよ、だってお前侵食型じゃん。ネカマだろ?」
シッシッと手を振って、やたら露出度の高い服を着た女性アバターを追いやる男のプレイヤーは、うんざりとした顔をしていた。視界の端に映ったそれを、男は見ない振りをした。
ポジティブカテゴリーには、『共鳴型』、『規範型』、『観測型』が存在し、ネガティブカテゴリーには『支配型』『侵食型』『破壊型』が存在している。
どの分類にも当て嵌まらないスキルは、“ユニークカテゴリー”と呼ばれている。もっとも、サンプル数が少なすぎて、実態は誰にも分かっていない。
男はもう一度、自分のステータスウィンドに視線を向ける。
TOTAL SOUL:27
数値の意味は、調べたが分からなかった。スキルクラスについても同様に。
実の所、事前に調べた情報は、真偽不確かなものばかり。
攻略wikiを名乗るサイトも、実際にはユーザー同士の考察と配信者情報を継ぎ接ぎしただけの代物で、半ば落書き帳と化している。
それでも。
男のステータス画面には、確かに表示されていた。
《ERROR》
《破綻型》
そのどちらも、男が見たどの情報にも存在しなかった文字列だ。
視界の端に外部ブラウザを展開する。
【REVELATION ONLINE 破綻型】
検索結果、十数件。
匿名掲示板。与太話。考察動画。
『ネガティブカテゴリーのプレイヤーについて』『人格破綻者限定スレ』。……ぼくのかんがえた最強のスキル?
まともな情報は一つもない。
次。
【REVELATION ONLINE ERROR】
こちらは数百件。
だが内容は、回線不良やスキルバグ、不具合報告ばかりだった。
スキルクラスに絞って再検索。
結果、なし。
「……なんなんだ、これは」
《なお、初心者向け講習会は毎日──》
横から響いた音声に、男は苛立たしげに顔を顰める。
「もういい。止まれ」
《音声ガイドを終了します》
ようやく訪れた静寂。男は小さく息を吐いた。
一度ログアウトして情報を整理するべきか。
いや、今更、慎重になってどうする。ここで何をすべきか。それはもう随分前から決めていたのに。
そう考えた時だった。
掲示板の一文が、ふと目に止まる。
『ユニークカテゴリって要は、測定が上手くいかなくてシステム側でも分類出来なかったってことでしょ?』
測定不能。分類も不可能。そんなシステムと数値の外れ値。だが彼らにとっては、一年もの間、見続けた数字でもある。
「……レッドストリートのアイツ」
男は深いため息を吐く。自分でもどうかしていると思った。だが男には、まともではない方法をとる理由があった。
まともな方法で辿り着ける場所なら。
──最初から、娘は死んでなどいなかった
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