シャーロック
2話連続投稿2本目です。次の投稿は18時を予定しています
イエローファクトリー中央区画。
《ToxicKICK》本社。最上階
モニカが連行されたその部屋は、企業の応接室というより、どこかの洋館じみていた。
赤黒い絨毯。壁際に並ぶアンティーク調の調度品。巨大な窓の外では、工場街の赤色灯が、夜景のように明滅している。
その中央。
長いソファへ腰掛けたモニカは、露骨に顔をしかめていた。
「……で?」
机の上には、英国式のティーセット。高級そうなケーキスタンドには、これでもかとカラフルな洋菓子が盛られている。紅茶から立ち上る湯気の向こう、
対面に座るのは、一人の男。
──否。
見た目こそ、中性的な美少年アバター。しかし、その実態が全く別のナニカであることをモニカは知っていた。
金髪碧眼。
黒いコートの隙間から覗くのは、金属製の脊椎義肢。皮膚の下では、黄色いラインが微かに脈打つように発光している。
《PLAYER RANKING:15位》
モニカはそれを見て、心底嫌そうにため息をついた。
「こんなとこに連れてきやがりまして、尋問でもするつもりですかい?」
「尋問?」
少年は紅茶へ口をつける。
「そういうのもたまには悪くねぇなァ?だが、今日はちと違う用事だ」
「へぇ。軍用ヘリまで持ち出して大捕物を仕組んだ上で、あーしになにか用がありやがるんで?」
「口の利き方がなってねぇなぁ。腹でもいてぇのか?」
「ふざけるのもいい加減にしやがれです」
少年は答えない。ただ静かに、ティーカップを置いた。
カチャリ、と。
その小さな音だけで、空気が変わる。
「……あの片腕の男。何モンだ?」
モニカは頬杖をついたまま、視線を逸らした。右眼のモニターには、《怠》の文字。
「知らねぇですよ。ただの初心者の憐れなオッサンで」
「初心者、なぁ」
コン、コン。少年の指先が机を叩く。
規則的な音。
「見た目通りの冴えないおっさん。ランキング未登録。企業所属でもない。……にも関わらず、ToxicKICKの追跡班から逃走」
少年は鼻で笑う。
「運が良かったんじゃないですかい」
「運だけで軍用ヘリは落ちねぇ。お前も知ってんだろ」
静かな声だった。だが、それだけに圧がある。
モニカは内心で舌打ちする。昔から、この“女”はこうだった。
感情を表に出さない癖に、妙なところだけ異様に鋭い。
「……まぁいい」
ヴィルニアはソファへ深く腰掛け直した。
「別に今すぐ吐けとは言わねぇよ」
「天下のToxicKICK……その礎を作りやがった伝説の傭兵様が、随分優しいことで」
「はん」
少年は興味なさげに息を吐いた。その称号は、少年にとってなんの価値もないただのレッテルであった。
「まァいい。今は折角の再会を喜ぼうじゃねぇか」
「あーしは別に金輪際会いたくありやせんでしたがね」
その言葉に、少年の眉がピクリと動く。俯いたまま立ち上がると、そのままツカツカとモニカの方に歩み寄って来る。
「……な」
モニカが露骨に顔をしかめた、その瞬間。
少年は────
──否。“ヴィルニア=モーン”は
勢いよく、モニカに抱きついた
そして
「んもぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!!!!」
「うわ来た」
「なぁんでそんなにつんつんしてるんだぁい我が妹よぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
「うるっせぇです!!近い近い近い!!!触んな!!」
「お姉ちゃん悲しい!!久々の再会だよ!?もっとこう!感動とか!」
「軍用ヘリで追い回してきたやつが何言ってやがるんです!!」
「可愛い妹を迎えに行くんだから当然だろう!?」
「いちいち!大袈裟!過ぎるんですよ!アンタは!!!」
モニカは頭を抱えた。ヴィルニア=モーン。モニカの実の姉である。
「さぁ昔みたいに呼んでご覧?お、ね、え、た、ま!さぁ!さぁ!」
「誰が呼ぶかこの腐れ外道スットコドッコイバカ姉貴!!」
昔からこうだ。超が付くほどの筋金入りのドシスコン。思い切りがよく、なんでも自分の思い通りになると思っている。その癖都合が悪いことはあの手この手で揉み消してしまうのだからタチが悪い。
その時。
「ふふっ。相変わらず騒がしいですわねぇ」
鈴のような声。ゆっくりと扉が開く。入ってきたのは、一人の少女だった。
金髪碧眼。
フリルまみれのゴスロリ衣装。その上から無理やりパンクファッションを縫い付けたような奇抜極まりない格好。
黒、蛍光ピンク、チェーン、リボン、レザー。
全てが喧嘩していた。
《ベルカ=モーン》
──モニカの実の姉。モーン三姉妹の次女に当たる。
「げっ」
「まぁ。久しぶりに会った姉への第一声がそれですの?」
「増えやがりましたよ面倒臭ぇのが」
ベルカはクスクス笑いながら、モニカの隣へ腰掛ける。
この2人はリアルの仕事の関係で、離れ離れで暮らしている。長女は父の会社を継ぎ、大企業の社長に。次女はイラストレーターをやりながら、取材と称して世界を放浪している。姉妹がこうして相見えるのは、ゲームの中でだけ。
ベルカはひとしきり笑ったあと、妹の顔をまじまじと覗き込んだ。
「でも安心しましたわ。ちゃんとそのダサい帽子、まだ被ってらっしゃるのね」
「ダッ……!?てめぇ今このハンチング馬鹿にしやがりましたか!?」
「だってわたくし達、わざわざ貴女へ寄せてアバターを作って差し上げましたのに」
「そうだぞ!折角ゲーム内でも姉妹になれたのに!」
「誰も頼んでねぇですよ!!」
そう。
先にこの世界へ来たのはモニカだった。
後から始めた姉二人は、わざわざ妹へ容姿と名前を寄せるようにして、現在のアバターを作ったのである。
モニカに言わせれば、気持ちの悪いことこの上ない。人格を暴かれるようなゲームを、血の繋がった家族とプレイする。そんな経験をしているのは、きっとこの広い世界で自分だけだと思う。
もっとも、この二人を同じ人間だと思ったことは、生まれてこの方一度たりともありはしないが。
閑話休題
「それで?」
ベルカは脚を組みながら尋ねる。
「その片腕さん、本当にただの通りすがりに会った初心者ですの?」
「知りやせんって」
「へぇ〜」
「なんですかその反応」
姉たちはクスクスと笑う。その笑みが、モニカは嫌いだった。何かを見透かしているようで。
何かを、期待しているようで。
「……あーもう!!好きに勘繰ってやがれです!!」
モニカは勢いよく立ち上がる。
「帰りやす!!あーしは忙しいんで!!」
「えぇ〜〜〜!?もっとお話しようよ妹ぉ!!」
「うるせぇです!!」
勢いよく閉まる扉。
こうして、豪奢な部屋の中に、再び静寂が訪れた。
数秒後。
ベルカが、小さく笑った。
「……ふふ、モニカがあんなに楽しそうなのはいつぶりかしら」
「あぁ」
ヴィルニアは窓の外を見る。
赤色灯が、工場街を不気味に照らしていた。
「だが、あの男は、俺の妹の“シャーロック”にはなれねぇ」
「ええ。確かに特異な存在。けれども、私たちの見立てにかなうような魅力はありませんわ」
ヴィルニアは口元を歪める。それから、試すような視線をベルカに向けた。
「ところで妹よ」
「はいお姉様」
「“あの計画”は、順調か?」
この世界の全てを掌握するような眺めの中で、ある野望が、ゆっくりと、音を立てて蠢いていた。
「万事抜かりなく、ですわ」
「そうか。ならいい。引き続き進めてくれ」
ヴィルニアはそう言うと、机に置かれた紅茶を煽る。まだ温度の残るそれを飲み干し、口を拭う。その瞳は、肉食獣のそれに似ていた。
「このゲームも、面白くなるかもしれねぇな」
思惑の坩堝の中、低い笑い声が響いていた。
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