開けられなかった扉
2話連続投稿の2本目になります
暗闇の中で、男は目を覚ました。
銃声、頭蓋を撃ち抜かれる感覚。
脳を掻き回されるような激痛の残滓が、未だ、こめかみの奥に焼き付いている。
「…………」
男は、暫く天井を見つめていた。
視界の端には、既にログアウト済みであることを示す青白いUIが表示されている。
《REVELATION ONLINE》
《デスペナルティを確認しました》
《24時間ログイン制限》
《所持SCの50%を喪失》
《アイテムロスト》
淡々とした文字列。
まるで事務的な死亡通知だった。
男はゆっくりと身体を起こす。フルダイブ用のヘッドギアを外すと、いつも通りの視界のはずなのに、妙に情報量の少なさを感じた。
喉が渇いていた。
酷く。
空腹感もある。
現実の身体は、数時間もの間、まともに飲食をしていなかったのだろう。
「……はぁ」
部屋は暗かった。
時計を見る気にもならない。
男は電気をつけないまま、裸足で部屋を出る。フローリングの冷たさだけが、現実へ戻ってきたことを嫌でも認識させた。
静かだった。
冷蔵庫の駆動音だけが、やけに耳につく。男は無言でその扉を開いた。
中には、コンビニ弁当の空容器と、ミネラルウォーター。そして、安酒が数本。
それだけ。
男は迷うことなく、瓶を一本取り出した。
蓋を捻ると、たちどころに炭酸の抜けていく音が響く。男はそのまま瓶へ直接口をつけると、喉へ流し込んだ。
胃が焼けるようだった。
だが、その感覚だけが、現実感を担っていた。
ふらつく足取りでリビングへと向かう。
そこにあるのは、散らかった机。吸殻が山のように積み上がった灰皿。整理されていない書類。
そして、机の端へ置かれた煙草。もう何年も銘柄は変えていない。細い煙草。
男は一本咥え、火をつけた。紫煙が、暗い部屋へゆっくりと広がっていく。吸って、吐く。その動作でさえ酷く緩慢なものに思えた。
そのまま、ソファへと身体を沈める。
テレビをつける。
砂嵐の後、深夜ニュースへ切り替わった。
『──次のニュースです。厚生労働省は本日、フルダイブ技術を利用した神経接続型リハビリテーションについて──』
『近年では義肢制御技術との併用により、事故による身体欠損患者への新たな治療法として期待されており──』
女性キャスターの声が、淡々と部屋へ響く。
男はただ、煙草を吸いながら、ぼんやりと、その光を見つめていた。
暫く経ってニュースが通販番組に切り替わったところで、男はテレビの電源を消す。部屋の中を、再び暗闇が支配した。
空腹のせいなのか、目の前が霞んで見えた。先の見えない、暗い廊下。男は寝室に戻ろうと思った。
ふと、足が止まる。
廊下の奥。長いこと開けることのなかった部屋の扉。
気づけば、目の前に立っていた。
視界が揺れる。呼吸が、徐々に、止まっていく
扉には『アズサ』と、丸い文字で書かれたネームプレートがかかっている。男は無意識に、その文字を指でなぞっていた。
「…………」
男はドアノブに手をかける。冷たい金属の質感は、まるで男に何かを問うているように感じた。
その瞬間、頭の中で花火が弾けたように、激しい耳鳴りが男を襲った。酷く不快な音が、何度も、何度も、脳の奥で反響していく。
視界が揺れる。
グラつく足元。男は扉に手をかけたまま、深呼吸を始めた。
開けてはいけなかった。そう思う。あの日も。だから、男は、その部屋に背を向けた。
寝室に戻る。放り投げられたヘッドギアと、飲み掛けの水。男はそれを一気に煽ると、枕元に置いてあった携帯端末を手に取った。
「ToxicKICK……あった」
目にしたのはリベオンの攻略Wiki。ギルドのようなものだと、モニカ……あの女は言っていた。あの規模の兵力を有する企業だ。さぞかし有名なのだろうと思った。
案の定、イエローファクトリーで最も力のある企業、と説明されていた。だが、肝心の何をしている組織なのかははっきりとは分からない。焼け落ちた義体工場と、軍用ヘリが、男の中ではイマイチ繋がらないままであった。
「……?」
ページの最下部までスクロールした男は、【諸説あり】と書かれ、縮小されたリンクを見つける。
タップすると、小さなネット記事が見つかった。
『ToxicKICKは、過去に類を見ない速度で成長した企業だ。プレイヤーの質、知識、どれをとっても既存の大企業に負けずとも劣らない』
『しかし、奇妙な点がある』
『ToxicKICK絡みの事件は、このゲームが始まってから数多く起こっている。だが、その事件の関係者の多くは、ToxicKICKに所属するか、その後一切ログインしなくなるか。どちらかのケースが多い』
取るに足らない都市伝説のようなそのページは、最後に、こんな言葉で締めくくられていた。
『いずれにせよ、ToxicKICKに目をつけられることだけは避けたい。我が国には便利なことわざがある』
「触らぬ神に祟りなし……か」
男は呟く。たかがゲームの一組織が、こうも大仰に書かれているのは、あの世界の特徴なのだろうか。
「……兎に角、調べてみるしかないな」
今後のことについても。男はあの世界について知る必要があった。開けられなかった扉を、開ける覚悟が必要だった。
そんなことを考えているうちに、瞼が重くなってくる。
生きている実感がなくても、腹は減る。眠くもなる。それが人間の機能なのだとしたら。
それは、極めて、残酷な設定だと、男は思った
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