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第5話

 翌日、騎士団長がこっそりキースの家を訪ねてきた。

 ケイトは暴れすぎて疲れたのか、昼を過ぎても起きてこない。

 団長はケイトを起こさないように声を潜めて、手短に用件を伝えた。

 ポリンを眠らせた薬は頭痛薬にも使われている薬草で、アルコールと一緒に飲むと強力な幻覚作用を起こすようだ。

 ポリンはその薬草が盛られた料理とワインを別々に飲んだため、体が受け入れてしまったらしい。しばらくして、毒だと気づいた体が驚いて機能停止──睡眠状態になってしまったそうだ。

 本来なら依存性があり、入院しなければならないのだが、もともと毒が効かない体質なので、寝たら治ったと本人はピンピンしていた。まったく、冗談みたいな体だ。

 その幻覚剤に使われている薬草には、あることをしないと効果がないらしい。そのあることを知っている人物は、もうこの世にはいない。

 ポリン以外は──。

 昨夜、ポリンが連れ込まれた店は、朝には跡形もなく消えていた。団長はポリンの命令で幻覚剤の被害者を保護して、キースにも事情を聞きにきたのだ。

 一晩で解決してしまうとは、さすがは四天王の一人と言うべきか。キースは団長に何も知らないと答えた。 

 団長はほっと胸を撫で下ろして、近衛騎士団の官舎に戻った。

 口外したら互いに命はないと言いたかったのだろう。団長が少しだけ老けたように見えた。



 日の出と共に目を覚ましたキースは服に着替えて、階段を下りる。

 まだ卵が残っていたので、朝食はオムレツを作ろうとしていたキースは、台所でハムや野菜を切っているケイトの姿に驚いてしまった。

「どうしたんですか? 熱でもあるんですか?」

 いつも寝起きが悪いケイトが自分より早く起きているのだ。しかも、料理まで作っている。

「あんたね……。あたしを何だと思っているの?」

「正直に答えてもいいんですか?」

「そういえば、ちょうどケチャップがきれていたわね」

 ハムを切っていた包丁を突きつけられて、キースは両手を上げて後ずさる。

「ところで、何を作っているんですか?」

 早起きしてまで料理を作っているのだ。キースが気になって尋ねると、ケイトはにっこりと笑って答えた。

「サンドイッチよ。いつも美味しいって言ってくれるの」

 キースは目を瞬かせる。

「ケイト様も女らしいことができるんですね」

「差別発言とかうるさいから気をつけなさい」

 キースはげんなりとため息をつく。

「平和って窮屈ですね」

「暇だとくだらないことまで考えてしまうものなのよ」

 ケイトはゆで卵をフォークで潰しはじめる。

「ところで、そのサンドイッチは誰のために作っているのですか?」

「武器屋のディオンよ。この前、ダンのせいで剣が折れたでしょう」

「闇討ちなんて卑怯なことをしなければ……」

「だから、剣を直してもらおうと思って」

「あ、俺の話、聞いていませんね」

 いつものように都合の悪いことは聞き流しているのかと思っていたら、ケイトは鼻歌まじりで卵サンドを作っている。うきうきしていて楽しそうだ。

 キースは怪訝な顔つきになる。ケイトの機嫌がよすぎて不気味だ。

「俺も同行していいですか?」

「新しい剣でも買うの?」

「いえ、最近、包丁の切れ味が悪くて」

「それって金物屋じゃない。でも、ディオンはお人好しだから包丁、研いでくれるわよ」

「それは助かります」

 本当はディオンに興味があるのだが、包丁の刃こぼれも気になっていたので好都合だ。

 キースまでわくわくしてくる。早く武器屋に行きたくて、手伝おうとしたら断られた。

「あたしが作らないと意味がないの」

 キースは目をぱちくりさせる。これではまるで恋する乙女のようではないか。

 キースはぶるりと震え上がって、化け物を見るような目でケイトを見ていた。



 手提げ籠の中に手作りのサンドイッチと折れた剣を詰め込むと、ケイトは軽い足取りで武器屋へと向かった。

 キースは、今にもスキップしそうなケイトの後ろ姿を見ながら歩いている。

 恋人のふりをしたときのヒラヒラのワンピースでも着るのかと思っていたのだが、いつもの貴公子のような男装だ。

 人のことは言えないが、お洒落には興味がないようだ。ポリンが選んだ服しか持っていない。

「さっきから、視線を感じるんだけど」

 ケイトが怪訝な顔つきで振り返る。

「ワンピース、もう着ないのかなと思いまして」

 正直に答えると、ケイトは明るく笑った。

「あのワンピースなら、返り血で真っ赤になったから、捨てたわよ」

「…………」

 物騒なことを笑顔で言わないでほしい。ケイトは上機嫌で石畳の道を歩いていく。

 キースは物珍しそうに辺りを見渡した。人通りは少ないが趣のある建物が立ち並んでいる。

 武器屋は大通りから離れたところにあった。

「まるで隠れ家のようですね」

 かなり年季の入った店構えだ。他の店と比べると頑丈に造られている。

「ディオンは目立つのが嫌いだから」

「それでは商売にならないのでは?」

「勇者の剣に触れて平気なのはバカとディオンだけなの。勇者の剣はバカと一緒に暴れることが多いから、ディオンも忙しいのよ」

「もしかして、勇者の剣を封じることができるのですか?」

「甘いわね」

 ごくりとキースは喉を鳴らす。封印よりも強力な何かができるのか。

「説教よ」

「え……?」

 キースはきょとんとしてしまった。

 だが、ケイトは真剣そのものだ。

「普段、穏やかな人が本気で叱るのよ。それも何時間も勇者の剣が心の底から反省するまで。封印なんて生温いわ」

「──確かに精神的には効果抜群ですね」

「バカなんてディオンの姿を見ただけで逃げ出すほどよ」

「それなのに同じことを繰り返すんですか?」

「だから、バカなのよ」

 ケイトが勇者をバカと呼んでいるので、キースも勇者の本当の名前を忘れてしまった。

「人間界の王も頭を痛めているのでしょうね」

「毎回、ディオンに謝罪して迷惑料を支払っているわ」

「それはそれで迷惑な話ですね」

「そうなのよ。受け取らないと相手が安心しないから、こっちも気疲れしちゃって。本人は平凡な生活を送りたいだけなのに……」

 ケイトは我が事のように、うんざりした様子でため息をついている。

 キースは首を傾げる。

「ところで、店に入らないのですか?」

 店の前でずっと立ち話をしているので、不思議に思っていると、ケイトがあからさまに狼狽した。

「わ、わかっているわよ。でも、やっぱり心の準備が……」

「心の準備?」

「なんでもないわよ! さっさと入るわよ!」

 ケイトは勢いに任せて武器屋の扉を開ける。

「いらっしゃい」

 落ち着いた声に、ケイトはびくっと体を強張らせる。

 キースは僅かに目を瞠った。武器屋の主が穏やかな好青年だったのだ。

 栗色の髪に榛色の瞳、優美な立ち振る舞いは剣や盾よりも花や本が似合う。

 ディオンはケイトと目が合うと、嬉しそうに微笑んだ。

「やあ、ケイト。そろそろ来ると思っていたよ」

 なにもかもお見通しのように言われて、ケイトはぷくっと頬を膨らませる。

「どうせ、スカポンタンから聞いているんでしょう。あたしが四天王を辞めたって」

「うん。みんな、すごく悲しんでいたよ」

「そういう気遣いはいらないわ。陰口は慣れているから」

「本当に泣いていたんだけどなぁ」

 ディオンは困ったふうに眉を下げる。

「でも、お互いのためにも距離を置くべきだと思っていたから、僕は君を責めたりしないよ」

 意外だったのだろう。ケイトは目を丸くしている。

 キースも表情には出さないが、激しく驚いていた。

「怒らないの?」

「どうして? 僕はケイトの意志を尊重するよ。それに、ダンくんはケイトにべったりで甘えているところがあるから、彼のためを想うのなら突き放したほうがいいよ。ポリンさんも君に依存して周りが見えなくなっているし」

 キースは思わず感心してしまう。にこやかに微笑んでいるが、ディオンの言葉はダンやポリンには耳が痛いはずだ。

「スカールくんには何を言っても無駄だとは思うけど……。たまには嫌なことは忘れて、のんびりするのも悪くないよ」

 ディオンもスカールには手を焼いているらしい。さりげなく、嫌なことだと言っている。

「ディオンがそういうのなら……」

 今日のケイトはやけに素直だ。これで復讐を諦めるとは思えないが、しばらくは平穏な日々が過ごせるだろう。

「僕は君を信じているよ。だけど、城を飛び出して、急にいなくなったら、誰だって心配するよ」

 僅かだが口調が厳しくなっている。ディオンが怒っているようだ。

 ケイトも気づいて、慌てて頭を下げた。

「ごめんなさい。今は近衛騎士団の副団長と一緒に住んでいるの。ちゃんと家賃は払っているから、安心して」

 金銭の問題ではなく、男と一つ屋根の下は誤解を招くのではないだろうか。

「それはこちらの方かな?」

 ディオンがキースに視線を向ける。にこやかな笑顔なのに、ディオンを前にすると、なぜか緊張してしまう。

「キースと言います。ケイト様が路頭に迷っていたので空き部屋を貸すことになりました」

「誤解を招くようなことは言わないでよ」

 ケイトの目が、復讐のことは黙っていろと脅している。

 キースもこれ以上の面倒事には巻き込まれたくないので、よけいなことは言わない。

「僕はディオン。ケイトがお世話になっているようだね。何かあったらいつでも相談に乗るよ」

「あたしが問題を起こす前提で話を進めないでよ」

 ぷりぷりと怒っているケイトに、くすくすとディオンが笑っている。

 本当にケイトのことを信頼しているようだ。それに、ケイトだけ呼び捨てなのも気になる。

 キースが不思議そうに見ていると、ケイトが手提げ籠を後ろに隠す。

「せっかくサンドイッチを作ったのに、意地悪なディオンにはあげない」

「それは残念だな。ケイトのサンドイッチは世界一、美味しいのに」

 ケイトの頬が赤く染まる。思わず喜んでしまったのが悔しいようだ。

「し、しかたないわね。どうしても食べたいって言うのなら、あげないこともないけど……」

「どうしても」

 ディオンがにっこりと微笑む。この笑顔はキースもずるいと思った。

 ケイトはどさっと手提げ籠をカウンターに置く。

「そこまで言うなら、食べていいわよ」

「ありがとう。でも、その前に折れた剣を見せてくれないかな」

 ケイトは気まずそうに目を逸らす。本来の目的は剣を直すことだ。

「それもダンから聞いたの?」 

「剣を折ることしかできなかったって、落ち込んでいたよ。かなり成長しているね」

「ダンのくせに生意気よ」

 ケイトは小さく舌打ちして、手提げ籠から折れた剣の柄と刃を取り出す。

「これは驚いた。てっきり、ケイトが油断したのかと思っていたけど……」

「手加減なんてできなかったわ」

「それは末恐ろしいね」

 折れた剣を見ただけで、ダンの実力がわかるようだ。

「ケイトの悔しい気持ちもわかるけど、ここは素直にダンくんの成長を喜ぶべきじゃないかな。僕は君をみっともないとは思わない。四天王を辞めたことも怒らない」

「……わかっているわよ、そんなこと……」

「本当かな? うじうじ悩むくらいなら、僕に話せばよかったのに」

「それができないから、困ってるんでしょう」

「僕はもっと頼ってほしいんだけどね」

 ケイトはディオンに認められたい。ディオンはケイトの力になりたい。

 だから、ケイトは武器屋に入るのを躊躇していたのか。

「あたしは同じでいたいの……」

 ケイトがぽつりと呟く。ディオンの耳には届いていなかったが、キースにははっきりと聞こえた。

 予想外の反応にキースが目を丸くしていると、ケイトが気づいて顔を赤らめる。

 わざとらしく咳をして、ケイトは真剣な表情でディオンに尋ねた。

「今回も直すのは難しい?」

「スカールくんの爆炎で粉々にされたときと比べたら簡単だけど……。そろそろ新しい剣に変えたほうがいいんじゃないかな」

 店内には剣の他にも槍や斧もある。甲冑や盾も充実している。しかも、どれも一級品のものばかりだ。

 ケイトは首を横に振る。

「この剣はディオンがあたしのために初めて作ってくれたものだから、大切にしたいのよ」

「嬉しいことを言ってくれるね。新しく買ったほうが安いのに」

 金の問題ではないことくらい、ディオンもわかっているはずだが、あえてケイトを茶化して楽しんでいる。

「鍛冶師の腕は一流なのに商人としては三流ね」

 どうやら、店内の武器はディオンが作ったものらしい。キースは改めて感心してしまう。

「手厳しいな。でも、実力不足の人に売っても使いこなせず死期を早めるだけだからね」

 ディオンは穏やかな表情で辛辣なことを言う。キースには耳が痛い話だ。

「今回は綺麗に折れているから、五日で直るよ」

「本当に!? よかった。スカールに粉々にされたときは一ヶ月以上かかったから……」

「あれには僕もカチンときたよ」

「スカールが泣いて謝っていたわね。ちょっとだけ、スッキリしたわ」

 四天王の一人を泣かせるなんて、とんでもない人物だ。

 その四天王も恐れているディオンがキースに視線を向ける。

「キースくんはどんな剣が欲しいのかい? 君なら氷剣も使えるんじゃないかな」

 子供のように呼ばれるのはどこかこそばゆい。だが、不思議と嫌な気分はしなかった。

「いえ、俺も間近で氷剣を見ましたが、あれは努力や根性で扱えるものではありません」

「そんなに謙遜しなくても……」

「ケイト様と違って、俺は化け物ではありませんから」

 ディオンが思わず吹き出す。

「あんたは本当に口が悪いわね。ディオンも笑わないでよ」

 ケイトは唇を尖らせて、手提げ籠から布にくるんだ包丁を取り出す。折れた剣と一緒に入れてもらったのだ。 

「キースは包丁を研いでもらいたくてきたのよ」

「どれどれ」

 ディオンは布を取って、まじまじと包丁を眺める。

「かなり使い込んでいるね。ちょっと待ってて」

 包丁を持ったまま、店の奥へと姿を消す。それから、三分も経たずに戻ってきた。

「はい。これでいいかな?」

 渡された包丁を見て、キースは大きく目を瞠る。刃こぼれしていた包丁が買ったときよりも鋭く、光り輝いている。

 包丁ではなく立派な武器だ。

「すごい……」

 キースは感嘆のため息を漏らす。一瞬で包丁を武器にしてしまうとは恐ろしいほどの腕前だ。

「どう、参ったかしら?」

「完敗です」

 なぜかケイトのほうが誇らしげなのだが、キースは素直に認めた。

「お代はいくらになりますか?」

「ケイトがご迷惑をかけているから、ただでいいよ」

「しかし……」

「失礼ね。あたしが面倒を見てあげてるのよ」

「それじゃ、遠慮なく」

「それって、どういう意味?」

 キースを睨みつけるケイトを、ディオンは楽しそうに目を細めて眺めていた。



 ディオンにサンドイッチを渡して、武器屋を出ると、太陽は中天で輝いていた。

「我々もお昼にしませんか?」

「そうね。この前の屋台も美味しかったけど、米の上に生魚を乗せて食べるお店も気になるわね」

「俺はタコの足を入れた丸い食べ物に興味があります」

 人通りの少ない路地を歩きながら、ケイトとキースが料理店を探していると、若い男が何かを叫びながら、ものすごい速さでこちらに向かって走ってきた。

 二人は反射的に身構える。戦争が終わって平和になっても悪人はいなくなるどころか、じわじわと増えている。

 ポリンに一服盛るような愚か者が調子に乗っているのだ。

「さっさとぶっ殺して、苺と餡子のお菓子を食べるわよ」

「それはおやつでは? 善良な人かもしれないので殺しては駄目ですよ」

 どんどん若い男が迫ってくる。ケイトは露骨に顔をしかめた。

「ケイト!」

 手を振りながら駆け寄ってくる若い男に、ケイトは思いっきり舌打ちする。

 キースも複雑な表情になってしまった。

「ぶっ殺してもいいわよね?」

「気持ちはわかりますが、人が見ているので我慢してください」

 若い男の大声に通りすがりの人達が驚いて振り返っている。

 若い男は二人の前で立ち止まると、いきなり、ケイトの肩をバンバンと叩いた。

「やっと見つけたぞ。ケイト、どこに行ってたんだ? 心配して探し回ったんだぞ」

 馴れ馴れしい態度に、ケイトはげんなりしている。

 キースも話したことは一度しかないが、上司である四天王の一人、爆炎の刃とこんなところで出会うとは頭が痛くなってきた。

 ケイトは鬱陶しそうにスカールの手を振り払う。

「あんたには関係ないでしょう」

「何を言っているんだ? 俺達は幼馴染だろ。お前が四天王を辞めて勇者一行に寝返ったのかと思って、人間界まで殴り込みに行ったんだぞ」

 スカールがとんでもないことを口走っている。

 ケイトは頭を抱えてしまった。

 キースも額に手を当てて、天を仰いでしまう。

 ケイトの勘違いなんて可愛いものだ。スカールのやっていることは一歩間違えたら戦争勃発なのだから。

「──あんた、戦争がしたいの?」

 ケイトも同じことを考えていたようだ。

 スカールはきょとんとする。

「ケイトを賭けて、勇者に決闘を申し込んだだけだぞ」

「勝手に景品にするんじゃないわよ」

「だけど、勇者もケイトを欲しがっていたからな」

「単に強い奴と戦いたいだけでしょう」

「それでどうなったのですか?」

 キースが話を促す。このままでは口喧嘩で日が暮れてしまう。

「勇者はやる気満々だったが、人間界の王様が反対して、魔王様もなぜか怒っていて、転移魔法で無理やり魔界に戻されてしまった」

「そりゃ、あたしがいないと人間界が焼け野原になってしまうからね」

「ケイト様って貧乏くじばかり引かされてますよね」

「アホとバカを止められるのが、あたしと魔王様しかいないのよ」

「ディオンさんを頼るのは心苦しいですよね」

「そうなのよ。四天王の問題だから、自分で解決しないとね」

 ケイトが大きなため息を漏らす。

 スカールはケイトとキースを交互に見て、不思議そうに尋ねた。

「ケイト、こいつは誰だ?」

 今までキースのことは眼中に入っていなかったらしい。それが自分を無視して楽しそうに話しているように見えたのだろう。あからさまに不機嫌な顔をしている。

「近衛騎士団の副団長キースよ」

「副団長……?」

 スカールが腕を組んで考え込む。

「気にしなくていいわよ。あいつ、団長の顔もうろ覚えだから」

「それで今までよくやってきましたね」

「無駄に顔がよくて、無駄に強くて、無駄に人気があったら、大抵のことはうまくいくのよ」

「敵に回したくないタイプですね」

「尻拭いさせられるこっちの身にもなってほしいわよ」

 ケイトがもう一度、ため息をつくと、スカールが怪訝な顔つきで尋ねてきた。

「ケイトはその副団長とずっと魔界にいたのか?」

 ケイトとキースは目を瞬かせて、互いの顔を見る。

「そうなるわね」

「そうですね」

「なん……だと……?」

 スカールは大げさなほど驚き、ずいっと顔を近づけてくる。混乱して距離感がおかしくなっている。

「俺達に愛想つかして、勇者に寝返ったのではないのか?」

「あんたにはとっくの昔に愛想つかしているけど、勇者に寝返った覚えはないわ」

「それじゃ、今までどこにいたんだ?」

「だから、この町にいたんだって」

「本当に?」

「嘘ついてどうするのよ」

 スカールがガックリと肩を落とす。全てが無駄骨だったのだ。落ち込むのもしかたがない。 

 だが、スカールはガバッと顔を上げ、キッとキースを睨みつけてきた。

「お前、ケイトとはどういう関係なんだ?」

 キースはきょとんとしてしまう。改めて考えると、元上司が雇用主になっている。それで自分は家主だ。説明するのが面倒くさい。

 どうしたものかと悩んでいると、ケイトが代わりに答えた。

「友人よ」

 そんなことで納得するとは思えない。

「ゆ……友人だと……」

 だが、スカールはあっさり信じている。なぜか苦しげな表情をしている。

「ええ、そうよ。とても仲のいい友人よ」

「そ、そんな……バカな……」

 驚きたいのはこっちだ。よくわからないが、スカールは精神的に深手を負っている。

「嘘ついていいんですか?」

「本当のことは言えないでしょう」

 ひそひそと小声で話し合っているのもスカールには堪えられないようだ。

「俺の他に友人がいるなんて……」

「四天王がいるじゃないですか?」

 思わず口にしてしまうと、スカールはカッと目を見開く。

「四天王は仲間だ!」

 何が違うのかわからない。ケイトに目で訴えると、無言で首を横に振った。ケイトにも意味がわからないらしい。

「あたしは、あんたのことを友人だと思ったことは一度もないわ。それに、もう四天王じゃないから、仲間でもないわ」

 グサグサと見えない刃がスカールの心を突き刺している。

「そ、それでも俺達は幼馴染で……」

「たまたま近所に住んでいた赤の他人のことを幼馴染って言うのね。知らなかったわ」

 ぐはっとスカールが血を吐く。触れてもないのにどういう体質なのだろう。

「だ、だが、こいつより、俺達のほうが付き合いは長い……」

 なぜか意地の張り合いになっている。しかも、見当違いなことを言いはじめた。

「人との関係は長さではなく深さでしょう」

 言っていることは正しいが、膝から崩れ落ちるスカールは痛々しくて見ていられない。

「言っておくけど、キースはただの友人ではないわ。親友よ!」

 これにはキースもぎょっとしてしまう。そんなことを言ったら、スカールはどうなってしまうのか。

 スカールは縋るようにケイトを見上げる。

「親友は幼馴染より上なのか?」

 この人は真顔で何を言っているのだろう。キースが横目でケイトを見ると、にやりと口の端を吊り上げていた。

「てっぺんよ」

 ぐはっとスカールがまた吐血する。もしかして、これは復讐なのか。

 キースが頭を捻っていると、スカールが両膝をついたまま、びしっと人さし指を突きつけてきた。

「俺は親友なんて認めないからな」

 結婚を反対する娘の父親のように言われても、キースは困惑するばかりだ。

「赤の他人が口出ししないでちょうだい」

 ケイトが淡々ととどめを刺す。

 スカールは血溜まりの中に倒れてしまった。

「騒ぎになる前にずらかるわよ」

「充分、大騒ぎですが……」

 ケイトとキースはその場から走って逃げる。

 肩越しに振り向くと、白目を剥いて倒れたスカールの周りには人が集まっていた。

「悔しいけど、あの程度では死なないわよ」

「──全く心配してないんですね」

「するわけないでしょう」

 当然のように言われて、キースは返答に困ってしまう。

「復讐が成功してよかったですね」

 スカールに精神的な大打撃を与えられたので、ケイトも満足だろう。

 しかし、ケイトは苦虫を噛み潰したような顔で、吐き捨てるように言った。

「アホはね、寝たら忘れてしまうのよ」

 この後、キースはスカールの恐ろしさを嫌というほど思い知るのだった。

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