第1話
長きに渡る戦争に魔族も人間も疲れ果てていた。
魔王は常に寝不足で、人間の王も胃痛と抜け毛に悩まされていた。
ある日、魔族の子供と人間の子供がこっそり遊んでいるところを目撃した両者は『これだ!』と閃いた。
戦争からは何も生まれない。子供達の明るい未来のためにも武器を捨て、互いに手を取り、助け合うべきだと綺麗事をほざいて、強引に平和条約を締結した。
戦争をやめるきっかけが欲しかったのは、みんな同じだったので、反対する者はなく、盛大に喜んだ。
遺恨が全くないわけではない。だが、この数年間は睨み合いと悪口合戦だったので、被害はほとんどなかった。
そんなことより、田畑を荒らす害獣や兵器として生み出された魔獣のほうが厄介だった。特に脱走した魔獣が魔界や人間界の村や町を襲うので、その討伐に手を焼いていた。
共通の敵がいると、魔族も人間も一致団結する。
災い転じて福となす。魔族と人間は仲良く暮らしていた。
魔界の四天王が一人、荒ぶる稲光の異名を持つケイトは魔王城の医務室で目を覚ました。
ケイトはぼんやりとした頭で何度か瞬きをする。
どうやら、狭いベッドで眠っていたようだ。
「あねご!」
真っ白な髪にピンと尖った耳だけなら、とても可愛らしい少年が大きな瞳に涙を浮かべていた。四天王が一人、白銀の牙と恐れられているダンだ。獣人で巨大な狼に変身する。
「僕を庇ったばかりに四肢粉砕するなんて、今度こそは死んだと思いました。生きててよかった!」
ダンが大声で泣きだす。枕元で泣かれてもうるさくて迷惑なだけだ。
そもそもダンを庇った覚えはない。勝手に怯えてケイトの背中に隠れたのだ。
そのせいで、ケイトは死にかけて医務室の固いベッドの上にいるのだが。数えきれないほど同じ目にあっているので、泣き顔を見ているだけで殴りたくなってくる。
本人に悪気はないので、無神経に「あねご」と呼ぶ。恥ずかしいのでやめてほしいのに、注意しても聞かない。あねごとは肉壁という意味なのだろうか。
臆病なくせに正義感だけは一人前なので、いつも巻き込まれて酷い目にあわされてしまう。
「よかった。傷一つなく綺麗に元に戻って」
サラサラのピンクの髪にキラキラの青い瞳が眩しい美女はポリン。四天王が一人、永久の操り人形と呼ばれ、多くの男性を虜にしている。一部の兵士からは避けられているが。
回復魔法が得意で、心臓さえ動いていれば細切れになっても元に戻すことができる。
おっとりとした美女で、可愛いものには目がないので、いつもお洒落なドレスを着ている。
「ケイトちゃん、気をつけてよね。今回は脳みそまで吹っ飛んで、本当に危なかったんだから」
「そうですよ、あねご。脳みそをかき集めるのに苦労したんですよ」
心配してくれるのは嬉しいが、人を盾にしておいて無傷の小僧には言われたくない。
「ようやくのお目覚めか! だらしないぞ、相棒!」
諸悪の権化が偉そうに言ってきた。こちらは怪我人なのだから、枕元で叫ぶなと腸が煮えくり返る。
「お前は子供のころから、おっちょこちょいで俺がいないと何もできないからな」
豪快に笑っているのが、たまたま近所に住んでいた赤の他人だ。赤の他人に毎日、振り回されて、ケイトには苦い思い出しかない。
ケイトが四天王になったのも、この赤の他人のせいだ。
四天王が一人、爆炎の刃と勝手に名乗っているスカールの母親に頼まれて、断ることができなかったのだ。
うちの子、ちょっとアレだから……と言われたら、誰もが同情するだろう。
ケイトに荒ぶる稲光というふざけた異名をつけたのもスカールだ。
普通なら馬鹿にされるのだが、スカールは無駄に美形なので、何をしても素晴らしいと称賛される。暑苦しいところもカッコイイと男性からの支持も厚い。
相棒でも幼馴染でもない非常識な赤の他人に、ケイトは頭が痛くなってきた。
ダンは反省しているから、まだ許せるが、元凶であるこの野郎だけは百発殴っても怒りが収まらない。
この爆炎の刃が勇者と勝負をしなければ、ケイトは四肢粉砕にはならなかったのだ。
思い出すだけでも忌々しい。
早朝、勇者が決闘を申し込んできたのだ。平和条約を締結しているのにも関わらず、釣りに誘う感覚で魔界までやって来たのだ。
はっきり言って、人間の勇者も頭がおかしい。勇者一行も困り果てている様子だった。
そして、売られた喧嘩は買うのが男だと爆炎の刃が飛び出してしまったので、慌てて仲裁に入ったら、勇者の攻撃に巻き込まれてしまったのだ。
二人にとっては軽い稽古のつもりだが、本気で戦えば辺り一面が焦土と化す。それを防ぐために何度も仲裁に入り、ケイトは死にかけていたのだ。
給金がよくなかったら、四天王なんてとっくに辞めている。
誰が好きこのんでスカポンタン(スカール、ポリン、ダン)の世話を焼くものか。
世の中は金が全てなのだ。
暑苦しい友情を語っているスカールは無視して、ケイトは上体を起こして、ポリンに尋ねる。
「あたし、どのくらい眠っていたの?」
ポリンの瞳にも騒がしいスカールは映っていないのだろう。おっとりとした口調で答えた。
「うっかり手を滑らせた勇者の剣が頭に突き刺さっちゃったから、丸一日は眠っていわよ」
「勇者の剣か……。回復に時間がかかってもしかたないわね。ポリン、いつもありがとう」
頭を下げると、ポリンは慌てて手と首を同時に振る。
「ケイトちゃん、頭を上げてちょうだい。わたしはいつものようにメイド服に着替えて、膝枕をしてくれたら、それで充分だから」
「…………」
それが一番、嫌なのだが。ケイトは頭を抱えてしまう。
なぜか、ポリンの中ではケイトは可愛いものに分類されるらしい。金色の髪と菫色の瞳が気に入っているようだ。
最初のころは無理やりドレスを着せられたが、魔獣の討伐には動きづらいと言ったら、貴公子の格好をさせられた。ドレスよりはマシだったので、よけいな装飾品は取り除いて、普段からよく着ている。
メイド服はお礼みたいなものだ。なにがそんなに嬉しいのかわからないが、ポリンが喜んでくれるのなら、このくらいの我慢はできる。
ケイトはうーんと背伸びをして、ぐるぐると腕を回してみる。肉体は完璧に治っている。ぐっすり眠ったので体力も有り余っている。これだけ元気なら、今日の魔獣討伐も余裕だろう。
スカールが暴走しないで、ダンが怖気づいて足を引っ張らなければの話だが。
「いろいろ心配かけてごめん。あたしはもう大丈夫だから、さっさと魔獣をやっつけに行きましょう」
今日中に三頭は倒しておきたい。せっかく平和になったのに兵器として生み出された魔獣が人間界まで襲ったら、新たな戦争が勃発してしまう。
ついでに人間界の畑を荒らしている熊も退治しようかと考えていると、泣いたり笑ったり騒がしかった三人が押し黙ってしまった。
ケイトは不思議に思って首を傾げる。
三人は顔を見合わせて、スカールが思いきって口を開いた。
「俺達、お前の見るも無惨な姿に考えを改め、話し合って決めたんだ」
「──何を?」
好きこのんで無惨な姿になったのではないのだが。元凶が何を言っているのだとは思ったが、言葉が通じる相手ではないので話を促す。嫌な予感しかしない。
スカールは珍しく厳しい顔つきで言った。
「お前は戦うな。魔獣は俺達で倒す」
「は?」
ケイトの口から素っ頓狂な声が出た。頭の中は大混乱だ。
「僕、あねごに死んでほしくないんです」
「わたしもケイトちゃんの傷つく姿は見たくないの」
ダンもポリンも複雑な表情をしている。
死にかけたのはダンがケイトを盾代わりにしたから。誰だって怪我はしたくない。
ちゃっかりメイド姿は見ているくせに、今さら善人面されても納得できるか。
「お前は無茶しすぎだ。おとなしく寝ていろ」
トンとスカールに人さし指で額をつつかれる。燃えるような赤毛に宝石のような緑の瞳で見つめられたら、普通の女性は胸がときめくだろう。
だが、ケイトには侮辱でしかなかった。
(あんたの無茶についてこれないあたしが悪いってこと? 死んでほしくないって、もっと頑丈な盾がよかったとでも言いたいの? メイド姿は飽きたってこと? だから、治療が面倒くさくなったの? 弱いあたしは必要ないってこと?)
ケイトは血の気が引いていく。
(これって解雇!?)
今までスカポンタンの面倒を見てきたのに、役に立たなければ、あっさり解雇は酷すぎる。給金だけしかいいところはなかったが、自分なりに必死に尽くしてきた。
それなのに、こんな仕打ちはあんまりだ。これではスカポンタンより、自分が劣っているようではないか。
それはプライドが許さない。どうせなら、こっちから見限ってやる。
ケイトは起き上がり、三人を乱暴に押しのけた。
「ケイト、まだ安静に──」
「うるさい!」
肩を掴まれて、ケイトは眉をひそめる。全力でスカールの手を払いのけた。
スカールは幼馴染には手加減をしないので肩がズキズキと痛む。
ケイトはキッと三人を睨みつけて言った。
「四天王なんて辞めてやる!」
電撃の魔法は使ってないが、三人は雷に撃たれたような衝撃を受けていた。
大きく目を見開いたまま、立ち尽くしている。
ふっとケイトは鼻で笑ったが、それでも怒りは収まらない。
(こうなったら、とことん復讐してやる!)
ケイトは拳を握り締めて、心の中で決意を固める。
復讐には人手が必要だ。
一人心当たりがあるので、さっそく医務室を後にする。向かうは近衛騎士団の官舎だ。
ケイトがいなくなった医務室ではダンが泣きじゃくり、ポリンが放心して、スカールが叫んでいた。




