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ベーコンを焼く

「お前最近やつれてきてない?」


 そう言ったのは目の前にいる姉だった。私の姉は地元では知る人ぞ知る狂人として知られており、また、我が一族では常にトラブルメーカー扱いされている。嫁入りするまでは決して目を離すなと先代の当主である我が祖父は次の当主である息子に言い残して亡くなったほどのお転婆なのである。目を離せば何をしでかすかわからず、姉に出し抜かれて地団駄を踏んだろくでなしは数知れぬ。

 その姉は一昨年とうとう嫁に行き、親族一同は皆胸をなでおろした。嫁に行った途端、姉は聖人のような夫に導かれ、びっくりするほど落ち着いた。毒気が抜けたと言えば聞こえはよろしかろう。

 今は東京に住んでいるが、私たち姉妹が会うことは滅多にない。帰省したときがせいぜいで、しかもこのご時世ではなかなか帰省することはかなわないので今年は全くと言っていいほど会っていない。精々、家族でリモート飲み会をするときくらいである。今日久しぶりに会うことになったのは、どうしても直接顔を合わせないと片付けられない用事が発生してしまったからである。

 用事が済んだ後、私たちは姉おすすめの北欧風カフェでコーヒーを飲み、緑色のケーキを食べた。


「そりゃ、仕事が忙しいからね」

「ちゃんと栄養取らないとだめだよ」

「食べてるつもりなんだけど」

「おつまみとお酒はまともな食事とは言わんのよ」


 姉は料理することと食べることが大好きだ。地元にいたとき起こしたトラブルは七割が食がらみで、そのせいで格式ある料亭が一軒息絶えてしまったこともある。後継ぎで五代目のドラ息子が姉に喧嘩を売らなければ、料亭はもう少し寿命があったかもしれない。

 彼女の夫も料理をすることが大好きで、彼の作るビーフシチューは一度食べさせてもらったが、頬がとろけそうなほど濃厚で美味しかった。

 その反面、私は料理を作ることにあまり執着していない。酒がらみであれば作ったりもするのだが。


「最近はね、燻製にはまってて」

「燻製とな」

「ベーコン作ったのよ。持っておいき」


 そう言いながら姉は後生大事に抱えていたクーラーバッグを私に押し付けた。反射的に受け取ったが、ずっしりとして重い。姉を見るとにこにこ笑って言った。


「作りすぎちゃったのよねえ」

「だからと言ってこの量は」

「大丈夫よ、半分は保冷剤だから。クーラーバッグは返さなくていいわ、ビールのおまけだもの」

「……さよけ」

「自分で言うのもなんだけどよく出来たの、パンにもご飯にもパスタにも合うよ」


 姉がそう言うなら間違いない。私が姉に決して勝てないものの一つが料理だからだ。子供のころ、不在がちな両親に代わってよく料理を作ってもらったが、どれも失敗したことなどなかった。


「ありがとう。帰ったらさっそく食べるよ」

「生で食べちゃだめよ。よく焼いて食べて頂戴ね」



 帰ってきた私は、さっそくベーコンを食べる分以外は冷凍庫にしまい、スーパーで買ってきた“切れていない”タイプのカマンベールチーズと分厚い食パンと共に、いそいそと調理に取り掛かった。と言ってもやる事は簡単だ。フライパンでベーコンを両面良く焼き、カマンベールチーズを輪切りにして食パンにベーコン、チーズの順で載せ、はちみつと黒コショウをかけてトースターに入れれば完了である。

 私が作っていると、傍らに黒い扉がゆっくりと出現した。そう、今日は金曜日なのである。仕事は有給を取って休んだ。やがて扉が開き、そこから黒い髪の少年と金髪の少女が顔を出した。私を見て仰天している。


「そなた、どうしてそこにいるのだ?勤めはどうしたのだ」

「今日は休んだんですよ。さあさあ、おはいりなさいな」

「お休みですの、いいですわね。たまには休むことも大事ですわ」


 そう言いながら二人が部屋の中に入ってきた。心なしか王太子イサークのほうはしょんぼりして見える。私の居間兼寝室の方につながるドアにちらちらと視線を向けているところをみると、どうやら今日も私が帰ってくるまで異世界の知識を書物から取り入れようとしていたらしい。そういえば、フランス革命の本と自給自足の本をいまだに返してもらっていない。

 勉強熱心なことはいいことだが、私の本を勝手に持っていかれるのは困る。今度ルールでも決めるか、と思いながら王太子夫妻となんとなく会話をした。


「今日は良い香りがするな。豚肉を焼いておるのか?」

「そうです、ベーコンを姉からもらったのでお二人にご馳走しようとおもいまして」

「ベーコン?とは?」

「ベーコンと言うのは、塩やスパイス、ハーブなどが入った液体に漬けた豚肉を乾燥させて、煙でいぶした保存食のことです」

「ほう!塩漬け肉か!」


 そう言ってイサークは目をキラキラさせた。

 ピーっと音が鳴ってトースターがパンが焼きあがったことを教えてくれる。私はやけどしないようにパンを取り出して、二人に渡した。


「熱いな、だが旨そうだ」

「チーズの香りがたまりませんわね……!」

「そういえばお二人には、ご兄弟はおられるんですか?」

「わたくしには兄が一人、姉が一人おりますの。お兄様は公爵家を継ぐことになっております。お姉様は隣国の大公家へ嫁いでいかれましたわ」

「余には兄弟はおらぬ。一人っ子というやつでな。父上には弟である叔父上がいるが……」


 そう言ってイサークは一瞬、渋い顔をした。叔父に何か含むところでもあるのだろう。が、そのままパンにかぶりつくと途端に笑顔になった。


「うむ、これは……このように香り高く、やわらかいチーズは食したことがない……!この鼻に抜けるふわりとした風味がたまらぬ……!余はリンゴ酒を所望するぞ!」

「まあ、塩漬けになっていたというのになんてジューシィなお肉なの……!はちみつの甘みとこの黒いピリッとした粒がアクセントになっておりますのね……!」


 私も食べてみたが、滴るような脂が浸み込んだ白いパンにかぶりつくと、少々しょっぱいがスパイスの風味と、燻製の香りが混じりあってたまらなかった。燻製はおそらくヒッコリーを使ったのだろう。とてもかぐわしい香りがする。それとカマンベールチーズの柔らかい旨味が絡み合い、もう何も言うことはなかった。


「うむ、これは……旨い!」


イサークがそう呟き、リディアが無言でうなずいて賛同した。



 「素晴らしい馳走であった。これは今宵の礼だ。金細工師が手慰みに作ったものでな、大したものではない」


そう言いながら渡されたのは黄金で細かな細工のなされている、はばたく鳥をかたどったブローチだった。大したものではないとイサークは言ったが、びっくりするほど大きな紫の輝く石がはめ込まれている。


「でもこの大きい石は?」

「それは我が国の鉱山でごく当たり前に取れる石だ。綺麗だが大した価値は無くてな、子供のおもちゃなどにもよく使われているのだ」


 この前もらった装身具も素晴らしかったが、こちらも素晴らしいものであることは一目見てわかった。明日はホームセンターに金庫を買いに行こうと心に決める。そろそろ二人にもらったお礼の山のしまい場所に悩んできたのだ。


「それでは余とリディアは帰るぞ。そうそう、そなたに借りた本だが実に素晴らしかった。おかげで我が国の食料自給率が上向いてな。今度返しに来るが、その時その礼も持ってくるのでよろしく頼むぞ」

「え?ちょ、ちょっと」

「それでは失礼しますわ。おやすみなさいませ」


 私が慌てている間に、二人は帰っていった。

 次の日、私はブローチを鑑定に出したが、使われているのは純度の高い金だということだった。

 石については鑑定士はこう言った。


「ここまで大粒で、濃い紫色のアメジストは滅多に出ませんな。半貴石とはいえ、かなり高価なものですよ。これをどちらで?」

「……友人のヨーロッパみやげです」

「太っ腹なご友人ですなあ」


 鑑定士はそう言って笑ったが、私は早く金庫を買いに行きたくて気もそぞろだった。




自家製ベーコン、手間はかかりますが美味しいんですよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうの、好きだな・・。 ヤキの廻りかけたジイジだけどね。
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