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特別休暇

 省が主催するシャトー・ホテルの視察を兼ねた特別休暇を、前にして、アレンは微かな違和感を感じていた。思い当たる原因が無くて途方にくれるが、諦めるわけにはいかず、懸命に謎に挑むが……

 車寄せで警備担当者にキィを渡すと、いつもと違って少し鬱々とした気分のまま執務室へ向かった。ドアを開けて、中を見た途端躰が固まって動かなくなった。専属秘書のエドナと和やかに話していた人物が振り向いた。


 「おはよう。アレン」

 「おはようございます。伯爵」


 呆気にとられて言葉を失っている俺を、微笑みを乗せた口の端が自嘲に歪む。視線を外して傍を通り抜けざまに囁いた。


 「仕事に集中しろ。昨夜のことを思い出すなよ」

 

 心拍がはねあがって息が止まる。


 「俺に要求が有るならはっきり言って下さい」


 言った声が震えてしまわないかが案じられたが、何とか踏みとどまった。やはり昨夜の違和感は錯覚では無かった。


 「何が?!……昨夜ってのが気に障ったのか?!……考えてみりゃ可笑しなもの言いだったな。すまない、ジョークのつもりだった」


 ジョーク?!貴方が?!この内容で?!

 その上、アウルの意識に作意が無い。


 「おい!アレン、早くエドナを捉まえろよ。私は彼女の父上に早く孫をと言われてるんだからな」


 あらまた、何を言い出すんだろう。


 「んな、突然言われたって。ねぇ、エドナ」


 気付かないまま、フラストレーションを抱えて居るのか。俺に対してちょっかいが来るという事は、俺とのプライベートが起因と言う事に成る。


 「ふ~ん、こいつじゃ気に入らないか?!」

 「そんな!閣下!」


 エドナ、巻き込んだ上申し訳ないが、気に入らないと言ってくれ。


 「そっか、ならいっそ、私というのはどう?!」

 「#*&、&。@!!!」


 駄目だ。悪ノリしてる。

 なのに、彼は本当にジョークの積もりだったらしい。言うだけ言うと、笑いながら部屋を出て行ってしまった。


 「驚きました。どう…なさったんでしょう?!」

 「どうしたんでしょうね?!」


 余りの事に呆然としてエドナが困っている。

 だよな。俺も暗澹とした気分だった。


 「あの……申し訳ありません。父も公にお願いするなんて……」


 誠実な秘書嬢はそう言って俺に謝罪した。


 「安心なさい、僕を揶揄う為の嘘ですよ。父上は養子を考えていると仰って居た。先週コンペでご一緒しましたからね」

 「ええっ?!」

 「頼みます。口外しないで下さいね。疲れて頭のネジが1本飛んだらしい」

 「……そうですわ。お忙しいんですもの。ええ、きっと!仰る迄も有りませんわ」


 申し訳ない。君には何の落ち度も無いものを。何に疲れたんだか、仕事の量も質も変わっていない。


 「特に君の父上にはね。気を悪くされる」

 「いいえ。そんなこと」


 言いながら和やかに笑って、俺にスケジュールを伝えるためにタブレットを取り出して言った。


 「父は王室付の文官でしたもの。殿下のおいたと笑いましてよ」


 柔らかな微笑に誠実が滲む。向けて居た笑顔を少しはにかむ様に傾げた。


 「それに……私も嬉しかったんです。どう言う理由でも、他の方で無くて貴方でしたから」

 「エドナ……」


 世を欺くこの身が不誠実なのだと自覚するのはこういう時だ。


 「気になさる事では有りませんわ。私だけでは無くて庁舎の女子は恐らく皆言うことですから」

 「はは……有難う。エドナ、コーヒー下さい」


 エドナが俺の依頼に応えてコーヒーを淹れに席を外すと、1人に成った俺の心情は最悪だった。


 「好きな娘でも出来た……かな?!」


 何も俺に気を遣うことは無い。式の当日に知っても驚きもしない。アウルの行動には必要の他に理由は無いからだ。


 ……どうして、女だって言い切れる?!

 ……駄目だ。

 ……目の前にしたら殺しかねない。男なら?!

 女でも同じかな?!……まさか……

 

 んじゃ俺は、アウルの相手なら、引っ叩きも出来ない女ってものを殺すかも知れないって事か?!


 ……ジェラシー……

 今の今まで気付きもしなかった。

 ……馬鹿な話だ!!


 カチャカチャと、陶器の立てる音に、エドナが戻って居たのに気付かされた。


 「エドナ……」

 「わたくしとのお話……そんなにお嫌でしたの?!」


 涙ぐんで言われて、慌てた!!


 「全く!!そう言う事では有りませんっ!!」


 全力で否定しても、上司として彼女をフォローする為に食事の機会を持つ羽目に陥った。


 「じゃあ。7時にお迎えに伺います」

 「ええ。7時に」


 数日前のひと悶着以来、全くと言って良いほど何も無い。おかしいだろう?!彼が言った、ほんのジョークと言うそのままだったかのように。元々自分の胸の内など無いもののように振る舞うことが要求されるステージが、彼の出自では有る。


 引き換え俺は、2人がまだグラヴゼルの生徒で有った時も、彼を追って政界に足を踏み入れた今も、折に触れ言われることが有る。


 「感情が先走る。悪い癖だな、アレン」

 と。かと言って、彼の口調は非難でも無く、叱責でも無かった。俺は俺で在らねばならないのだという。


 その本意を理解できないまま、俺は今も彼と共に居る。印象も姿もいっこうに変わらない彼の傍で。

 

 出逢った時、俺は12。彼が13。9月生まれの俺より早い5月生まれの彼は、ひ弱で病がちだった俺より当時頭1つ越していた。


 体格だけで無く、何もかもに秀でた大人だった。たった4ヶ月の差とは到底思えなかった。


 見上げ続けて居た俺の視線が少し俯いたのは、15か、16の頃か……秘書室のドアが開く音がして、想いに落ち込んでいた意識が浮上した。


 あげた視線が、先に有ったアウルの視線とぶつかった。何故と問い掛けたかった俺の意志はノックに邪魔をされた。


 アウルの応えに、公爵付きの秘書で有るルイザが勢い込んで飛び込んできた。


 「ボス!申し訳ございません。ああ……良かった。まだおいでで」


 仕立ての良いダークスーツの上に、帰宅しかけていたのだろうコートを羽織ったまま、息せき切って駆け込んできたのだ。


 「とっくに出発なさっているかと……明日、どうしても発注しなければならない書類に、サインを頂くのを失念して居りました」


 まだ治まらない息を沈めようと努力している横で、差し出された書類にアウルが目を通す。


 「君らしくないね」

 「お邪魔を致しまして」


 軽口を叩く俺とルイザが感に触ったのか、アウルのサインの手が止まる。

 ついぞ見ない反応に俺の目も止まった。


 「これで良いかな?!申し訳ないね。明日此方へ顔を出しても良かったんだよ」

「1日目は、お二人でシャトーホテルの視察でございますよ。職員管理と言うわたくしの職務の内でもございますし、わたくしも他の職員も適宜に休日の申請をさせて頂きます。どうぞお気兼ねなく。お気を付けておいでくださいませ」

 「有難う」


 遣り取りは思いの外普通だった。


 ルイザは、俺の大学の先輩で、その年の首席で、俺の母が、伝をたどって目付に据えるほど評判の良い人だった。見ての通り、この上ない美人で、学術優秀、秘書としての働きも申し分ない。

 今の事態は滅多に無いご愛敬だ。

 これから取る俺達の休暇も、彼女の裁量無くしてはとても実現しないものだった。


 大学での関わりの中で、好意を寄せてくれて居たらしい事に気づかず、周りを見ていなかった俺が知らない間にふっていたのだそうで、傷心を抱えて赴任した此処で、アウルに憧れともつかない恋心を抱いたんだそうだ。


 と、言うのも、憧憬と、恋情を錯覚していた俺のアウルへの想いを、当の俺より先に気付くような洞察に優れた人だったからだが、その彼女をして、関わりの有った俺とアウルの間を隠しおおせるはずもなく。

 後朝の朝、あっさりと看破された。


 俺もアウルも、その朝、其れまでの身上は総て喪う筈だった。が、彼女は言った。

 わたくしが選べなかっただけ……だと。


 ルイザが出て行くのを見送ってから聞いてみる。


 「アウル。予定通り出かけますか?!」

 「狩小屋にか?!お前の気が変わったのなら他でも良いが?!」


 気のせいだろうか?!声がよそよそしい?!


 「ようやく23に成るんだろう?!」

 「4ヶ月ぶりに貴方に追い付く。大っぴらに2人で休暇を取れることに成る何てね。ルイザに甘えすぎな気もするけど」

 「構わないさ」


 意外な一言に気を取られた俺の、ネクタイをぐいと引いて、アウルの唇が重ねられた。祝いにくれると言うならイニシアチブも寄こしなさいって。


 先王に世継ぎの御子が無いまま崩御されたので、先王の弟であるオルデンブルク公の双子の公子の1人、アウルの兄君マルグレーヴが即位された。

 従って兄王が玉座に有る限り、アウルの誕生日は生誕祝日で式典なども有り休暇は取り得無い。で、俺の誕生日に一緒に取ることに成ったのだ。


 この事を決めたとき、ルイザは職員達の前で、必要な休息を取らない俺達の矯正を目的にすると進言した。職員総ての誕生日に特別休暇を取る省令を作り、祝日に当たるアウルの誕生日は俺の誕生日の翌日にすると。


 当時、2人同時に省を空けることを躊躇っていると、溜息と共に言ったものだ。


 「ほら。言った傍からその様に仰るでしょう?!政情はひと段落したとは言え、何時また別の危機が訪れ無いとは限りません。万全の態勢を調える事を考えて下さらなければ。わたくしの提案に賛同して下さる方!」


 採決されては従う他は無く。全く彼女の配慮には舌を巻く。今回も省が手懸ける事業の視察を兼ねているので半分仕事だ。そう言う使い方も考えてと言う事だった。


 「……馬鹿。動けなくなるだろうが」

 「抱いてってあげます」

 「殴るぞ」


 言い置いて、先にドアへ向かう。手前で追い付いて灯りを消すと、抱き寄せて口付けた。


 「…止せって……」


  ……この…忘我の淵へ落ちかけるアウルは絶品なんだよなぁ……背を這い上がる痺れに眉を寄せて抗う様を見過ごせる男が居たらお目に掛かりたい。

 何時もならとうに観念しているのに……


 「俺に追い付かれるのが気に入りませんか?!」

 「…判っているなら言うな。私が……」


 もう抗えない。背に回した腕に重みがかかり、抱き込む胸に頽れて、甘い吐息が揺蕩う。愛撫に溶けたアウルを抱いているという至福に俺が満ち足りる。


 お読みいただき有り難うございました!

 遂にここまで来ました。18作目で漸く危うい2人を書くことが出来て、とても嬉しく思っています!

 以後も宜しくお願い致します!

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