8話 第六階層 (仮)と友達との雑談
自衛隊の小隊がダンジョン内から去り、空は静謐とし照明の行き届いたマスタールームで第六階層を追加するべく、宙に浮く半透明なウィンドウを操作していた。
「これもか……これも、これも……。何でこんなに高いんだよ……」
空はウィンドウを隅から隅まで確認し、頭を悩まして居た。
「神様……値下げしてください……」
空が『高い』というのはしかたのない話だ。
まずダンジョンの階層を増やすには10000DPが必要になる。
これだけでもいささか多いような気も知れないが、その後が鬼畜設定であった。
はいじめに『10000DP消費すれば階層を1つ増やせる』が、それはただ階層が増えるだけでそこには何もーーそもそも空間すらない。
『階層を増やす』と言うのは、『最下層の下に新たな次元の歪みを生成する』と言うことだ。
ダンジョンは次元の歪みを利用して存在している。それ故にどれだけ下に階層を作ろうが地球の反対側に出ることはない。実際に黒い門の下をいくら掘り返したとしても『それらしいものは発見できず』となるだろう。
階層をーー次元の歪みを生成したとして、そこには歪みしかない。階層のデザインを考えるのはダンジョンマスターの仕事で、洞窟を伸ばしたり、広大なフィールド型にしたり、小さなところでは草木を生やしたりなど、それら全てにDPを使うことになる。
また、六階層以降は1〜3階層の間隔で挑戦者様に水飲み場かつ周辺が安全地帯となる『噴水』を設置しなければならない。噴水は1つ5000DPである。
それに加えて魔物やトラップ宝箱などなど……。
階層を空の好きなように設計するためにはDPをもっと稼がなくてはならない。
「どうしよう……六番目は草原のフィールド型にするって決めてたのに……」
やっとボスを倒して次に進んでみると、そこは平原でした! となるよう空は企み、挑戦者を驚かせたいと考えていた。
しかしそれはDPが足りず、今回までで得たDPでは叶わなかった。
「しょうがないか……五階層クリアなんてまだまだだろうし、なんならDPが貯まるまでボスにデブ猫置いて攻略不可にしてやろうか……」
空は悪い笑顔を浮かべながら変なことを考えているが、ダンジョンルールブック(脳内)にはキチンと『その階層にあった難易度にすること』とあるのだが、スッカリ頭から抜けているようだ。
「それじゃあ内部をフィールドに設定して、少しだけ草とか木を生やしとこう。……それと噴水も」
それだけするのにかかった経費、合計45000DP。
内訳は以下の通り。
階層内をフィールド型に設定 (35000DP)。
噴水の設置 (5000DP)
草木の一部配置(5000DP)
残ったポイントは5020DPとなった。
「少なくなったな……いや、0よりかはいいんだけどな。自衛隊がもっと多く入ってきてくれて居たら、後5時間くらい中にいてくれてたら……」
六階層完成させれたのに、と空の言葉がルーム内に澄み渡る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
空が第六階層の一部分を作ってから一週間後。ダンジョンマスターになってから2回目の月曜日を迎える。
空は珍しく早くに学校に着いた。
「なあ空! あの噂どうなんだろうな!」
「どう……思う?」
空が学校に着くや否や誠司と睦月、ついでに実里が空の下に集まって来て、話しかけてきた。
それに空は返事をしながら自身の席に向かう。
「なんだよ藪から棒に……噂? なんかあったっけ」
「ええ⁉︎ 空知らないの⁉︎ オタクなのに!」
「おい実里さんや? 今オタクがどうの関係ないよね? それよりオタクが蔑称のように使われてません? どうなんですか?」
空がいかにも怒ってますよ? と顔をしながら、口調はあくまで冷静を装うために敬語を使う。
一方の実里は「あははー」と言いながらそっぽを向いた。
「まあオタクはどうかとして、空本当に知らないのか? 」
「だから知らないって、何のことかさっぱり」
「ほん、と? かなり、さわがれてる……のに。SNS、の……全部、で」
空は学校に来るまでのこの一週間、SNSの類ーーもっと言えばインターネットに繋げる必要のあることをしていない。
先週の金曜日に噂のことを誠司達は話していなかったはずなので、土日の間で知ったのだろうと空は予想する。
また、空がこの一週間何をしていたのかと言うと、DPを使って宝石類を出し、それを換金して、欲しかった物を一通り買い、そしてマスタールームでテレビゲームを延々としていた。
「俺ここのところゲームしかしてなかったから……見てないな」
「おい、それはそれでダメだろ」
「でも、空らしい……」
「そうね、まあそのせいで話題についてこれないんだけどね」
「うっさい。……で? 噂って何だ?」
四人はいつも通りの調子で会話を楽しんでいる。
「ほら、この前黒い門を見に千葉駅に行っただろ?」
「ああ、人がゴミだったのは覚えてる」
「人混みな……。っと、それはどうでもよくて、帰る前に自衛隊が来て門の中に入って行っただろ?」
「そういえば、どこでものやつって言った記憶がある」
空はぼんやりと思い出すように少し上を向きながら答える。
「そうそれ。で、それに入っていった自衛隊がしばらくしてから出て来たらしいんだ」
それで、と頷きつつ空は先を促す。
「それで出て来た自衛隊の一人がちまみ……傷を負っていたそうだ」
「っ! そ、それは本当か?」
空はごく自然に身を強張らせ、戸惑いつつ言葉を返した。
「だから噂だって、自衛隊が門から出て来るときに、外にいた隊員がそれを見えないようにしていたらしいし……。だけどな? ビルの上から望遠鏡を使って見ていた酔狂な奴がいてな、そいつが言うことがどこか真実味があってな」
「なんだよ、そんなの作り話だろ。証拠が無いのに信じたのか?」
「今すごく話題の的になってるんだよねそれが」
誠司から話を聞いた空は困った事になったと内心思った。
空としては、今はまだダンジョンが危険なものだと世間に認識させたくはなかった。
ダンジョンの旨味ーー貴金属や未知の金属、宝石類や様々な武器。魔法が使えるようになる。そう言った『旨味』を世間に植え付け、より多くの人間がダンジョンに来るようになって欲しいと考えているのだ。
人類進化という目標が空にはある。
(危険を犯してでも価値のある富、みたいな感じになれば良かったんだけど……)
空は一人悩む。
「人の噂も七十五日って言うからな、証拠もないんじゃいつか消えるだろうよ」
誠司はそれに「そうだね」と返すが、新たに声をあげる者がいた。
「証拠……なら、ある」
「は、博士⁉︎」
「証拠?」
「へー、どんなどんな!」
空は驚き、誠司と実里は興味深げに睦月の話の先を聞く。
「きのう……政府の情報を……まとめてるとこ、に……ハック……した」
「おい、それ犯罪」
「バレてない」
キリッとした表情で睦月は言い放ち続きを話し出す。
「それ、で……隊員、が……しーー負傷した……とあった」
「まじかよ……」
「博士は相変わらずだねー」
「それでそれで!」
「ん……写真、もあった……けど、流石に……持って、こなかった。代わりに……これ」
すると睦月はシャツの胸ポケットから写真を取り出し、三人に見えるように空の机の上に出した。
「…………なにこれ?」
「青い宝石? サファイア、アウイナイト……似ているけど違う……かな? それに、光ってるように見えるな……」
「ねえねえ! これどんなくらいの大きさなの? 綺麗だし欲しいなー」
「大きさ……確か、テニスボールサイズ……だった、気がする……」
「いくらになるんだろ……」
「傷はないし、とても澄んでいるから……結構いい値段になるね」
誠司と実里は写真に夢中だが、空は違った。
(それかぁぁ‼︎ 六階層いじった分と換金用に宝石だした分のDPをどう計算しても残りのDPと合わないわけだ!)
「どう、か……した?」
「いや、なんでもない。ちょっと驚いているだけだ」
「そう……なら、いい」
写真の中に写っている青い宝石のような玉。その正体は第一階層ではランクC10の宝箱から出る物だ。
手に持ち『これを使う』のように念じると、簡単な水魔法が発動する魔道具だ。
宝箱にはF〜A、S、SS、SSSのランクがあり、その後に12〜1までの数字がつく。
ランクはSSSに近づくほど良くなり、数字は1に近づくほどいいものになる。
また、階層にあった物が出るようになるという優れものだ。その分ランクや数字が大きくなるにつれ異常にDPも高くなる。
(はぁ……あの玉1つで5000DP。もっと安いのにしときゃ良かった……)
空は自衛隊に宝箱を上げる計画をすっかりと忘れ、自衛隊が帰り出したのを見て、あせって手元も確認せずに宝箱を置いたことを後悔していた。
そんな空をよそに三人は盛り上がっている。
空はそれを見て「まぁいいか」と思ったところで、チャイムがなり、それに少し遅れ先生が教室に入ってきて朝のホームルームが始まった。