エッセイ『誤解を招かれた話』
『誤解を招かれた話』
以前、コントのネタにもしたのですが、塾講師時代の話です。
授業が終わり、帰ろうとしたら塾の前に女子生徒が一人立っていました。
「河野先生」
「あら?Qさん。どうした?」
「ちょっと話があるんだけど」
「はぁ……そこのファミレスでも良い?」
「何でも良いよ」
ファミレスに移動すると彼女はどこか重い雰囲気になっていました。
「で、どうしたの?」
「出来ちゃった……」
「何が?」
「赤ちゃん……」
一瞬フリーズしました。だって身に覚えが無かったので。そもそも肉体関係を持った事も無いし、当時彼女がいたし、大学も忙しくてそんな事してる暇も無かったしで本当に意味が分かりませんでした。
「え?俺、君と関係盛った事無いよね……?」
そう聞くと彼女は「当たり前じゃん」と応えました。
「彼氏との子だよ」
「あ、そう……良かった……あ、いや、良くはないんだけど……」
「これからどうしたら良いと思う?」
「どうしたらって……産むか堕ろすしかないんじゃない?」
「だからそれをどうしたら良いかって聞いてんの!」
「(何で怒られなきゃいけないんだ……)この事は彼氏君は知ってるの?」
彼女は黙って首を横に振りました。
「じゃあちゃんと話し合って二人とご両親達で話し合いなさい」
「でもウチのお父さん、滅茶苦茶怖い人だから……」
「そっか……これはあくまで俺個人の意見ね?」
「うん」
「堕ろした方が良いと思う」
「何で?」
「あくまで個人の意見ね?肉体的負担はあるとは思うし、もう子供を生めなくなる可能性はある。だけど、君はまだ中学生だし、受験の事もある。青春を味わう権利が君にはある。だから、ここでガンジガラメに子供に振り回される人生を選ぶよりも、まだ遊ぶ期間を楽しんでも良いと俺は思う」
「……分かった」
「お父さんにもお母さんにもキチンと話して相談しなさい」
「分かった」
その日は私が会計をし、家に帰りました。
後日、いつものように塾のバイトを終えて帰ろうとした時、またQさんがやって来ました。強面の男性を連れて。
「河野先生」
「Qさん。どうしたの?」
「ちょっとお父さんが話があるって」
「あ、お父さんでしたか。初めまして。当塾の講師の河野と申します」
「ここで話は何だ。場所を変えよう」
そして先日のファミレスに向かいました。
親子二人は珈琲を頼み、私はコーヒーとパフェを頼みました。
「この状況でよくパフェなんて食べられますね」
「すみません。頭を使ってたので甘い物が食べたくなっちゃって。で、何か御用ですか?」
「『御用ですか』はないでしょう?貴方、娘の事をどう思ってるんですか?」
「へ?一生徒としか思ってませんけど?」
「何だとテメェ!?」
お父さんは胸倉を掴んできました。
「ちょ、ちょっと!?暴力は止めて下さい!」
「テメェがそんなだから娘は妊娠なんかしたんだ!どう責任を取ってくれるんだ!?」
「私は関係ありませんよ!?」
「何だと貴様!?お前、この子に何て言ったか覚えてるか!?」
「え?えーっと、どの話で……?」
「子供の事だよ!」
「あぁ、堕ろした方が良いって言いましたね」
「その身勝手さは一体何なんだ!?」
「ちょ、ちょっと待ってもらって良いですか!?Qさん!ちょっと!」
私は彼女を連れて少し離れました。
「Qさん。お父さんに何て話したの?」
「赤ちゃんが出来て、先生に堕ろせって言われたって言った」
「はぁ!?な、そ、そんなの誤解が生まれるに決まってるだろ!?早く訂正してきなさい!」
「もう無理だよ!あそこまで怒ったらお父さん、手が付けられないんだから!」
「そんな事知るか!」
「おい!話はまだ終わってないぞ!」
私とQさんは席に戻りました。
「あのですね、よーく聞いて下さい?」
「何だ?まだ白を切るつもりか?」
「そもそもですね?私とQさんに肉体関係はないんですよ」
「は?おい、話が違うぞ?」
「別の男との間に出来たお子さんなんです。そこで私は先日、Qさんに相談を受けて、軽はずみな回答とは思いましたが『堕ろす』よう提案したんです」
「そ、そうだったんですか……!この馬鹿娘!最初からそう説明せんか!」
「うぅ……!」
「詳しくは娘さんから聞いて下さい。私はこれで失礼します!」
代金を置いて私は帰りました。「あ、パフェ喰い損ねた」と思いながら。
後日「ご迷惑をお掛けしました」とQさんのお父さんが謝罪しに来ました。菓子折りの一つでも持っていれば好印象だったのですが、それが無く、単純に謝って来たので「この親にしてこの子有り」と思いました。
その後の話ですが、彼氏君は家出したそうです。茨城県あたりまでバイクで逃走したらしいのですが、そこで無免許無ヘルメット運転で捕まってこっ酷く叱られたとの事でした。
現実は小説より奇なりとはまさにこの事か、と思った出来事でした。




